こんにちはrayです。
前回に続いて家族の事を書いていきたいと
思います。
今回は、小学校・中学校の時のことについて
書きます。
私が小学生になって4年たった頃から、
両親の喧嘩(親喧嘩)が頻繁に起き始めました。
(お互いの愚痴を言い合っていましたね。話が噛み合ってないし、いつも同じ内容でした。)
頻繁といっても、この時は、
1ヶ月に1回あるかないかぐらいです...
小6の時に、私はいじめを受けました。
教室で男子にカッターで腕を切られそうに
なったり、コンパスの針で指を刺されそうに
なったりしました...
危ないとおもって避けてました...
勿論、刺されたりもしましたが.....
周りの人は、男子を止めないし、
物事を穏便に済ませたいから親には言えないし、
先生に相談しても遊びでしょと言われて、
頼れる人が居ませんでした。
この時から私は、人間不信になりました。
同じく小6の時に、兄は受験生でした。
兄は志望校が決まっていたのですが、
お父さんが志望校よりも偏差値が上の学校へ
行けと言っていました。
そのことで、親喧嘩がおきたり、兄とお父さんの
争い(お父さんが一方的に怒鳴ってるだけ)をしていました。
お父さんが兄の胸ぐらを掴んで
「俺の言うことを聞け」と言っていた時は、
空気が凍っていました...怖かったです。
(兄が1番怖かったでしょう...)
結局、兄はお父さんが決めた学校へ行きました。
それをみて、私も同じなんだろうなぁ...と思いました。
中学に入って、学年の人数が大幅に増えて、
私はコミュ障になりました。
人前に立って話す時、頭が痛くなったり、
目眩がしたり、吐き気が凄かったです。
避けられない自己紹介の時間は、
凄く怖かったです。
1年生の時、勉強を頑張ってもどんどん点数が
低くなり、どうしてこんなにできないんだろう、と自分を責めました。
(小学校の時は、クラスで上位に入る程の点数は採れていました)
兄弟と比べると、私だけが点数が低くて、
親にはテストの結果を隠してました。
点数がバレてしまった時、「ちゃんと勉強してるの?」と言われて、
私はちゃんと勉強してるのに、どうしてこんなにできないんだろう、もっと頑張らないと、
という気持ちが大きくなりました。
この時に、リストカットというものを知り、
自分を責めた私は、誰にも頼れず、
リスカ(アムカ)をはじめました。
中2の時は、集中力が下がって、
ボーッとすることが増えて、またテストの
点数が下がって、リスカして、
また集中力が下がってのデフレでした。
中3になって、志望校を決める時、
私はどうせ親に決められるから、
親の望む所の偏差値の少し低い所に行こう、
と考えました。
お父さんが言った志望校は偏差値が高く、
私にはとても入ることができない所でした。
(お父さんの望む高校の偏差値は60ぐらいで、
私の中3最初の偏差値が44ぐらいなので、
とても入れない所でした...)
私の志望した所は、当時、偏差値が56の所です。
お母さんを説得して、受験校を書く時に、私の志望校を書きました。(今思うと、よくこの行動をしようと思ったなあ、と思います。今じゃ絶対にできないです...)
塾に通って、1年間必死に勉強しました。
何度も挫けて、その度にリスカして、
1人で悩んで、独りの時に泣いて、家族の前では明るくふるまって、疲れたけれど、親に迷惑かけたくないから頑張りました。
結果、1年で偏差値を10ぐらいあげて、
なんとか志望校に受かることが出来ました。
今回はここで終わりにします。
...よく、親に反抗できたなぁ.....
次の記事は、高校(今)について話したいです。