450.これから.... | マリンタワー フィリピーナと僕といつも母さん byレイスリー
母親の事で電話、メッセージ、メール、コメント等、また多数のアクセスを頂きまして感動に疎いワタクシですが、皆様のお一人お一人の温かさに感動しております、ここに改めて御礼申し上げます、これからも母親はワタクシの心の中に生きております、それと同時にフィリピーナのジョイと支え合いながら生きていきたいと思います。



現在は思っていたより少し早い母親の死を向かえて、今後をどうするかを思案中です、まず毎月毎月の生活に必要な費用を稼ぎ出さないといけません、母親生存中は年金とワタクシの昔やっていた内装の仕事プラス株式投資で暮らしておりましたが、母親へのデイサービスや訪問介護、介護ベッドなのレンタル料などの負担金額が減ると同時に母親宛に出ていた年金と恩給が今後なくなり今後は生活が苦しくなっていくでしょう、実は母親の年金と恩給を今月はしっかりと頂きました、年金と恩給は今月入金したものは8.9月の分なので貰う事が出来るのですが、母親が有難い事に10月まで頑張ってくれたので更に10月の分は12月に頂く事が出来るようなのです、しかし、これも全て手続きが必要で何度か同じような書類に同じような事を書き、それぞれの所轄の部署に送付したり持参したりと少し面倒なのですが貰えるだけましと我慢しながら手続きを行っております。


ここのところ株式投資もちょこちょこと稼げているので12月末までは仕事をしなくても貯金を崩さずに暮らしていけそうですが問題はその後です、貯金が減り始める前に、いっそのこと予定より早くフィリピンに渡ろうかなどとも考えている次第です、しかしフィリピンで暮らすとなると何処に住むかとジョイと二人で相談をしております、一つはマニラ近辺に家を買う、一つはワタクシの憧れで有名ブロガーのお一人‘ロクデナシひろし,さんがいらっしゃるカバナツァンにジョイの母親の持っている空き家で暮らす、一つはジョイの親父さんの故郷のイロコスビガンで暮らす、そして後一つはジョイの両親がいるケソンシティの家に転がりこむ、この4つの選択肢があるのですが、現実的にはジョイの子供の学校の事や両親の事、経済的な事を考えるとケソンシティで暮らす事になりそうです。


と、言ってもケソンシティのジョイのバハイ(家)はジョイの両親、兄夫婦と子供3人、弟、ジョイの子供が住んでおります、更にワタクシとジョイが加われば合計11人の大家族になってしまいます(大汗)、ただ兄夫婦の嫁さんはタレントとして日本で働いており家を購入し月々5万円の支払いをしているようなので兄家族が出て行くタイミングを見計らって家に入ろうかと考えているのです、従って兄嫁には日本人のカモの皆さんから深く騙さない程度にしっかりと稼いで貰い予定通りに家を出てもらいたいと思っております、と言いたいところですが、どうやら今日聞いた話だと家の支払いの三回目が出来ずに家の購入は中止になったようです、余りに予想通りなので笑ってしまいます。


また、ワタクシ的、或いは日本人から見てジョイの家は長屋のように連なるそこそこの貧民街でもあります、ワタクシは以前にバングラデシュやタイの貧しい人々のねぐらを見てまいりましたが、バングラデシュの貧しい人々に比べてフィリピンの貧しさはまだ家と言える物に住めるだけましだと言えるかもしれません、フィリピンでは貧しい地区としてトンド地区が有名でワタクシも一度だけ足を踏み入れた事がありますがジョイが住んでいる場所もトンド地区より多少まし程度にしかワタクシには見えませんでした、しかしジョイを始め住んでいる人たちは「冗談じゃない、あんなところより全然ましだろう」というフィリピン人特有のつまらない比較論的プライドがあるようなのです、確かに食べる事に関してはここの住人たちはトンド地区の人々よりはどうにか食べているようには見受けられますが、それでも喧嘩のようなどは日常茶飯事でたまには拳銃の玉も飛び交う事もあるらしく、そんなところに住んで「大丈夫なのか~?」とびびっております。


しかし、どうせフィリピンに住むならば庶民的に暮らしてフィリピン人たちの中に入り彼ら彼女たちの心を少しでも知っていきたいと思うワタクシにとってはいい住みかなのかもしれません、在比の方々は「そんなにフィリピンやフィリピン人は甘いものじゃないよ」と思われるかもしれませんが、ワタクシの人生も後10年、20年も生きれればいいところでしょう、例えかの地で果ててマニラ湾に沈もうともジョイや家族の為、また貧しい人々の役に少しでも立てれば考えております、しかしながらヘラヘラしたワタクシですから数年したら嫁のジョイに錦糸町の古くからのコトワザ通り‘金の切れ目がフィリピーナとの切れ目,と追い出されフィリピンでホームレスになっているか、おめおめと日本に逃げ帰っているかもしれませんが、そんなワタクシを見かけたら500ペソか1000円を恵んで下さるように今のうちからお願いしておきたいと思います。


さて、最後に母親の年金の停止と12月に後一月分をワタクシの口座に振り込んでもらう為に管轄の部署に参りますと意外な事が判りました、母親は結婚するまで銀行で働いておりましたが、その分の年金が特例で10年分一括で頂けるらしいのです、1ヶ月分は大した事はなくとも10年分ですとワタクシとジョイの数ヵ月の生活費になる位の金額になります、ワタクシには昔から時々、降ってわいたようにお金がポーンと入る事があるのですが今回は母親が天国からワタクシたちの事を心配で最後の置き土産をしていってくれたのだと思い、母親に感謝しながら残りの人生を歩んで行きたいと思っております、つまらないワタクシのお馬鹿ブログですが、これからもお付き合いを宜しくお願い宜しくお願い致します。



次回はトキメキの1970年代.レイスリー.ZERO.をリ.スタートする予定で御座います、いつもご訪問頂きまして誠に有り難う御座います、応援頂き心より御礼申し上げます。