幸せを造形することが出来るなら

始めからそこにあったようなものだろう。

小さな世界ではなく、内在することが普遍にも

単一な存在である。

 

幸福とは常に存在していて、それが身体に触れることで

初めて理解出来るようになる。

目には見えないことであっても

風や雨などの物理的な流動で動くことはなく

決定された人間の道ではないのかと思う。