今日昔の写真の整理をしていて自分の写真を見返し僕は少しブルーな気分になった。
2005年、僕は初めてデジタル一眼EOS20Dを手に入れた。
そして10月に開催されたF1を撮りにいった。が、チケットは高額で買えなくて場所取りもしなかった。
結果、走るF1マシンを2、3度しか見れなかった。
観客席には人が多くて見るスペースがなかったのだ。なので音だけを聞いていた。撮影なんて論外だった。
だから、僕はGPスクエアというF1のイベントやステージがあるエリアを重点的に撮影した。
当時は露出やホワイトバランス、絞り、シャッタースピードの概念を理解しておらず
(操作の仕方は理解していたがここをこうしたらこうなるということが分からなかった)
撮影時に「こうしたらどうなるのかなー?」とカチカチいじっては失敗していた。
構図も分からず、ただ自分の撮りたいイメージだけを考えながら撮影していた。




ゴミが入ってたり露出アンダーだったりぶれてたりと、人に見せれるような写真ではないけれど
6年前の僕が「こう撮りたい」と求め挑戦した姿勢が確かにあった事を今、これらの写真を見て気づいた。
今は構図はこうあるべきで露出はこれくらいでと経験が僕の頭の中で計算して自分なりのテンプレートが出来上がってしまい05年のような写真が撮れなくなっている。
つまり、僕は冒険心を失っていたのだ。
2005年、僕は初めてデジタル一眼EOS20Dを手に入れた。
そして10月に開催されたF1を撮りにいった。が、チケットは高額で買えなくて場所取りもしなかった。
結果、走るF1マシンを2、3度しか見れなかった。
観客席には人が多くて見るスペースがなかったのだ。なので音だけを聞いていた。撮影なんて論外だった。
だから、僕はGPスクエアというF1のイベントやステージがあるエリアを重点的に撮影した。
当時は露出やホワイトバランス、絞り、シャッタースピードの概念を理解しておらず
(操作の仕方は理解していたがここをこうしたらこうなるということが分からなかった)
撮影時に「こうしたらどうなるのかなー?」とカチカチいじっては失敗していた。
構図も分からず、ただ自分の撮りたいイメージだけを考えながら撮影していた。




ゴミが入ってたり露出アンダーだったりぶれてたりと、人に見せれるような写真ではないけれど
6年前の僕が「こう撮りたい」と求め挑戦した姿勢が確かにあった事を今、これらの写真を見て気づいた。
今は構図はこうあるべきで露出はこれくらいでと経験が僕の頭の中で計算して自分なりのテンプレートが出来上がってしまい05年のような写真が撮れなくなっている。
つまり、僕は冒険心を失っていたのだ。







