今年もどうやら残ってくれてありがとう

 

いつか無くなる前に会いに来るのは薄情なので

 

ちょこちょこ帰ってこようと思ってそっと勝手口からひっそりとただいま....

 

何年かに一度、古いサイトにログインしては、古いメールを読み返してはセンチになる

 

大体最後にたどり着くのがここ

 

あの頃は想像もしなかった今日の日がここにある

 

年末年始に京都の外れでこれを書いていることに そんなことになるとは

 

なんだかんだで 結構大人な日々を生きているよ じぶん

 

良かったことってなんだろう 悪かったことってなんだろう

 

全部過ぎていったこと 全部どうすることもできなかったこと

 

今年も時間の流れゆくままにすいすいふらふらと流されていくわけですが

 

ちょこっと あたらしい場所に 飛び出してみないか

 

 

朝起きたとき 窓を開けたとき 

 

 

ちょっとわくわくするような

 

 

そんな場所 ね!

 

 

ニューヨークは粉雪の中らしい

この街はまいにちうだるような直射日光

ここにやってきたのもちょうど10年前で、ピグに出会ったのも10年前くらい

小さな島から大都会へ 狭い四畳半から電脳のおおきなはこに

あの頃はまだ社会に守られた学徒であり、ただただ大きな空と漠然とした未来を見上げてた

なにか色々なすべてがきっと時間をかけても叶うと思ってた たくさんの時間がまだあるとおもっていたから

まあ、じぶんの 個人的な 感傷はおいておいて ピグです ピグのおはなし ピグのおもひで

代々木公園三角ベンチというエリアがあって、よくそこにあそびにいっていたことをおもいだす

そこの真ん中にごはんやらおかしやらをおいたら そそそと木の裏にすぐかくれて 

そこからだれかたべないかな とおもってずーっとみているのがすきでした へんなやつだ

たべたあと、「ありがとう」と言うひとがいると それはそれはとても感動して うれしかった

仲良くなりたいだとか そういうことはすなおに言えないたちであるので、せいいっぱいの伝えかたが

ひとさまのおうちに ふうせんを置いたりすることだった よろこんでくれるかなァとおもいながら へんなやつだ

ほんとうのふうせんじゃなくても、形がなくっても、心のなかにはちゃんとふうせんのおもいでがのこっていく ふしぎ

ピグは青春のすべてだとは言わないけれど、そこには現実と同じくらい楽しい事や大切な出会いと別れがあって

電脳の中だといえどそれが幻だったともおもわないし、それもちゃんと立派な思い出の一つとしてずっとのこっていくはずである

さよならいうのがおそくなってしまったのは、自分が薄情だとおもって、逃げてきてしまったからだよ

もうあまり帰ることのなかった実家のはずなのに、いざいなくなるとなるとこんなにさみしい気持ちになるなんて

おわりだなんてうそだって言ってほしかったのかもしれないけれど、もう目を背けてもよくないから やっといえる

ありがとう、さようなら ピグ 



とーーーーってもたのしかった!


ほんとうにおひさしぶりにじぶんのブログを読みかえしてみたら


いがいとなつかしいナァという気持ちはせずにそれよりももっと


「なんだこのひとは」みたいな感じになってしまったのだ


約3年もすればそれはそれは人柄も気持ちも変わっていくだろうし 人間だもの


だからたとえじぶんがそれを前に言ったとしても行っていたとしても


ぜんぶのぜんぶ責任なんてとれないよっておもった


あの時きみはこう言ったじゃないか あの時きみはこうしたじゃないか


と言われてもじぶんてきにはもうわりとおぼえていなかったり


だから何かをするときはみらいのこともかんがえてあげないととってもたいへん


その日ぐらしのその日だけの言葉などどこにもそんざいしないね 


たとえ覚えていなくても一度自分から出たものはずっと空にうかんでて


ある日ひょいっとかえってきたときにおかえりって受け止められるよう


気をつかってだいじに生きていかなきゃいけないね


そんなことむかしのじぶんに学ばされたかんじでした

カラオケに行ったら三時間待ちって言われたけど一応予約だけとって


近くの公園のベンチで座ってまったりしてたら


小学1年生くらいの女の子がお父さんと一緒に自転車乗る練習してた


懐かしいなーがんばれーって思いつつ本読んでたら


おなかがすいたので近くのマックに行くことにした


そんなに空いてなかったので(おなか)ポテトのL一つだけにした


んで一人でテーブル席に座るのも迷惑かなと思ったので


窓際の一人用っぽいとこに座った
でもこれが間違いだった


もはや夏はすぐそこなのを忘れていたので直射日光あびまくりだった


しかもポテト熱いので日光と合わさってサウナ状態だった


はたからみたらあの人なにチャレンジしてるんだろう・・って感じだったはず


いてもたってもいられないので早くポテト食べて脱出した


んでまだ時間があったのでさっきの公園のベンチに行った


んで本の続き読もうとしたらさっきの女の子が一人で自転車乗ってた


あぁ乗れるようになったんだおめでとーって思いながら感動してた


自分がマックであほなことになってる間に


女の子は一つ大人になったって考えてみると


時間の流れというのはとても不思議なものだなあとおもった


自分が寝ている時間に誰かが起きて
自分が起きてる時間に誰かが寝てる


みたいななんかそういうかんじ


あーあと一時間もあるー だるー



たとえば自分は日本に生まれて日本で今日まで生きてきたけど


自分の一回きりの人生を日本でしか今日まで過ごせなかったのが


なんだかとってももったいないような気がしてる


たとえば


日本で暮らした12歳の頃の風景とか街の雰囲気とか感じていたことと


アメリカで暮らした12歳の頃の風景と街の(略 はだいぶ違うはずだよね


なんていうか 国の数だけ自分の人生が用意されてる気がして


でも一生は一回しかないうえに自分はずっと日本だからとてももったいない気がした


だから子供の頃から色んな国を生きた人はとてもうらやましい


一回だけの一生の内で一つ以上の国の雰囲気を味わえたから


そこの帰国子女のみなさんとってもうらやましいです


最近外国への憧れがとても高まっています


とにかく日本とは違う雰囲気と雰囲気と雰囲気をとても味わいたい


外国だと朝起きたときの気分も風景も日本とは違ってて


少しお買い物に行くときも日本とは違ってて


もうきっと全てがやっぱり日本とは違うのでしょうね


でもべつに日本嫌いなわけじゃ絶対ないです日本大好きです


あと、外国に行ってあちらの人たちがたくさん歩いてる所に行って


「あっ、日本人だ」みたいな視線を超受けたい


これ結構わかるひといるとおもうけどどーかなー!


ずぅーっとまえの話


テレビの、歌詞見ないで一曲歌いきったら~みたいな番組で


えなりかずきが出てて歌う曲がスピッツのチェリーだったのね


それで別に歌はぜんぜんうまくなかったけどすっごい一生懸命に歌ってたから


(がんばれ~)って心の中で応援してたのね


それでえなりかずきがCメロまで歌いきって、もしかして本当に歌いきれるんじゃないかなー?ってぽつぽつ思いはじめて


最後のラスサビの所でえなりかずきがちょっと高いとこ苦しそうになったのね


そこで涙腺うるってきて(がんばれー!)ってめっちゃ思って見てたら


最後の最後に「いつか~また~こーの~場所で~きみと~めぐーりー会~い~た~い~♪」で、

なんと全部間違えずにえなりかずきが歌いきったのだ!


そこでめっちゃくちゃ感動してえなりかずきは全然興味なかったし歌もうまくなかったけど


あの一瞬だけですごく惚れた覚えがあった(´ω`)


あれ絶対もう一回見たいなあー

だからえなりかずきがテレビに出てるときは頭の中でチェリーが流れるし、


カラオケでチェリーが流れたら頭の中にえなりかずきが出てくる


きみもわたしも宇宙人-120525_1237~01.jpg

amazarashiのCD届いてたぁあ


0.6はつじつま合わせに~を聞きたいだけに買った!


千年幸福論は初回生産限定盤!

でもAmazonさんで見たら通常盤より安かったってどゆことだろーね


までもよかったよかった ブックレットついてるから 幸福幸福


CDとかって出てからすぐはあんまり買いたくなくて


だいぶ落ち着いたらまったり買おーってなる


流行りものは時間がたったらメッキがはがれるからね!

友達のブログをふとみたときに自分のことが書いてあって


嬉しいような悲しいようなそんな気がした


もしかしたら他の友達も自分のこと書いてるかもしれないし


知らない誰か例えば


しゅんってすれ違っただけの人とか


バス・スーパーとかで一緒になった人とか


そゆひとのブログついったに自分が登場してるかもしれない


でも なんていうんだろー


自分自身の?自分を証明する、何か?


名前!そう 名前がかいてなきゃそれは自分じゃないんだ


例えば


「あの人、髪の毛オシャレで可愛い」って書いても


他の人からしたらそれは髪の毛がオシャレで可愛い人ってだけで


その人の~なんだろう その人そのもの?その人だとは認識されてないわけで


でもじゃあ、その髪の毛オシャレで可愛い人はどこに行ったの?


ってなんだかふわふわな感じになるから面白いなーって


ちょっとおもった。


いつにも増してわかりにくいお話だっだ( ̄・・ ̄)


5年前くらいから余った小銭入れる箱に小銭に入れつづけてるのだけど


最近よくよく見てみたらものすごいたまっててびっくりした


とくに一円玉は世界中の一円玉が全体で1000だとしたらの0.5くらいはあるとおもう
(わかりにくい)

これって結構すごいよね


もし世界中かららうもるのうち意外の一円玉が溶けたりしたら


もうみんならうもるからしか一円玉もらえないわけだよー


なんかいいよねそゆの


でもみんなに普通にわけてあげるから早い者勝ちだよ


あと自分の部屋に小銭ちらほら隠れてることすごい多いから


みんな部屋で小銭探しできるよ


そのあと片付けしよーよ