ラッテリアのコーヒー牛乳 -3ページ目

女の子


ラッテリアのコーヒー牛乳-女の子
女の子

「銀の髪の娘」

窓の梢から見える美しい蒼は草原の群青に熔けていた。

ルフィア、とその少女の背後から声がした。握られた弓手のような柔らかき、銀の色の髪をした少女を呼ぶ声がある。

スンガリのバクガ藩、コタイケシュの娘、銀の髪のルフィアにとっては

その声は母のもの。

空を見つめて何を見ていたの?

わたしの運命を見ていました。

あと一月(ひとつき)で、あなたの婚礼の儀よ。呪い(まじない)は必要ないわ。

そうだ。と少女は思う。

未来を見ること、つまり呪い(まじない)は血の穢れとして祝祭では避けられる。

続けて母がいう。いつものように。

あなたは銀の血よ。それは種族の血が滅びる証(あかし)なのよ。あなたの子供にはコンダリ=バクシュのように、男の血を入れねば。

コタイケシュは深い霧の谷に挟まれた森にある。そこでは時間が止まったかのように女たちの古き血が保たれていた。そのためコタイケシュからは予知能力をもった「銀の髪」、つまり血が濃くなった存在の女が出る。そしてそういった「銀の髪」の女は自身よりも、さらにか弱き子を産む。そんなときコタイケシュでは、種族を違えてさまざまな村から新しい遺伝子を持った、男を招く。そうすると銀の髪は強い子孫を残すことができる。さらに、ルフィアの一族は村で古くから続く重んじられた血の家系であるため、軽々しく婚礼の儀を無視することはルフィアにもできない。

ため息をついて、ルフィアの母が去ると、代わって彼女の部屋に幼い娘が入ってきた。

ルフィア。と母の違う幼い娘、シーリが彼女を快活に読んだ。朱がかかったうす灰の髪に楽しげな微笑を浮かべている。

「そんなに男が怖いの?」

「そうかもしれない」

と銀の髪の少女は答える。

だって知らない人だし。

あたしとしているのに?

うそよ 最近はご無沙汰じゃない。

十になるうちから近所の娘と交わることしか考えておらぬ、

シーリの母よりもはるかに強い、<乱れ者>の血を引いた、異母姉妹のシーリだが、しかし素直に見ると、可愛らしいのは確かだ。ルフィアにとっても気の許せる存在だし、そして、ルフィアに対してシーリはまだ妹のような素直さを保っている。

というよりも甘えている。それが可笑しい。ずっといっしょに育ってきたのだ。数年前まで。

あのね あなたのお婆さまのところに来てってうちの母さまが!

とシーリがいう。

「うちの母さま」というのはシーリの母のことだ。シーリの母、

ファーネをルフィアはどこかで信頼していた。というよりも

気安く話せる存在といってもいい。自分の母親のことを愛していない

わけではないが、明るく陽気な、なにか風が吹いているような

女性のファーネには幼いルフィアの病弱だった体をいたわる何かがあった。

シーラほどではないが、性的なことで異常をかかえており、シーリに

対しても淫らなことをしている。と噂されている。シーリのことをよく

知っているルフィアたちにはそれが、シーラの異常性欲を抑えるための、

ちょっとした誤解だと断言できる。それにそもそもこの村の住人は、

性的なことには大らかである。男が怖い、ルフィアのほうがおかしいのだ。そして、それでも

やや低き血のファーネが大屋根にいるのは、村のリーダーの娘、つまり

ルフィアとシーリを育て上げたことが大きい。それが一番分かっているのは、おそらく大婆さまだ。ルフィアの祖母。

いつも、シーリの母、ファーネはシーリの大叔母さま。つまりルフィアの母の母(ルフィアの祖母)の住まう住居である、

通称、精霊の森の近くの”大屋根”にいる。

ただしこれは取引なのだ。合理的でもある。

ルフィアはたいていルフィアの母の暮らす家にいるが、この家は父方のものだ。だがあまりに淫乱なのはよしても、

放蕩なシーリの母はシーリとルフィアの父とはうまく行かなかった。と”母”から聞いている。

しかし真相は不明だ。

若くして、さきに父に嫁いだのがシーリの母だが、しかしルフィアのほうが先に生まれている。(だがルフィアの母よりも、

シーリの母のほうがまだ若い。) 父はやはり、シーリの母を愛していたのだが、しかし父は、精霊の森の守主の、

高貴な祖母の血を引く、ルフィアの母を族長として、貰い

受けなければならないという手前、そうもいっていられないことが多かったのだろう。

だが、ルフィアは深いところまで気づいていないが、いつも悲しそうなルフィアの母よりも、陽気なシーリの母のほうが愛着がある。

自分に、実際に乳を与えていたのはシーリの母だったのだ。彼女には銀の血に染まらぬ、遺伝子的な生命力があったのだろう。

だから今日、この自分が大叔母さまの家に行くという行いは、「母」であるものに対する反抗なのだ。娘の。

同時に自分よりもシーリの母、ファーラのほうがこういった修羅場に対する経験値も高いに違いない。

祖母を巻き込めば婚礼を遅らせることができるかもしれない。とルフィアには、そんな期待もあった。

とルフィアは思った。だから。

うんでもいっしょにいこっか。

ありがと、やっぱりお姉ちゃんだねえ

でもルフィアはその一言で我に返る。わたしは戦争をするために

いくのではない。言葉の武器をもって母を裏切るために誘いにのったのでは、ないと自覚した。

それは無意識的なものだったのでなぜかルフィアには分からぬ。

だが母の悲しみは裏切られた悲しみなのだ。とルフィアは理解していた。

その悲しみを理解する。というのは大屋根の楽しさに比べると、ずいぶんと小さい。

だからわたしは……でも。

そのときのルフィアには答えはでない。

とシーリが大輪の向日葵が咲いたような笑顔を咲かせた。

じゃあ先行くからー。

二人は先へ進んでいる。

ルフィアがふと道の端の草原に目をやって想像した。この森は、二つの峡谷が大地を

切り分けている。ルフィアが草原だ。と思っているところは正確には森が切り開かれてできたものだ。

自分は二本の溝の先のすり鉢上の窪み(くぼみ)にいる。川がこういった地形を作った。

というところをルフィアは想像し、またその川筋へと向かっているのだが、

その小さなクレバスのような峡谷が二筋、交わったところには、聖なる森がある。

ルシファが見ている草原は正確にはただの畑で、森の女たちが体を清めたり、

予言を占ったりする場所である、魚の森、という場所のほうが村のなかではより重要だ。

「ねえさきいくよー」

自分は子供のころからご飯を食べていない娘だった。らしい。

とルフィアは自分を歓迎する宴で聞いた。

祖母の家系の大屋根に集まったのは、銀髪の細き腕の娘、ルフィア、幼いながら過剰な性欲を抱えたシーリ、

シーリの母の逞しいファーネ母さま、そしてルフィアの祖母のメルデモンド。料理を作った使用人たちや家臣たちは皆、別室にいる。

そして夕餉でふとメルデモンドがもらした一言がルフィアに問わせた。

「ねえ婆さま、わたしは長く生きられるのでしょうか?」

とルフィアは祖母に聞いた。その答えは分かっていたのに。

ルフィアの祖母はご機嫌だった。パパラコッテが食べられたのですもの。

ウィードリウージュがあれば完璧だ。

ルフィアがウィードリウージュを飲んだとき、婆さまは愉快そうに答えたもの。

「パパラコッテは甘い蜂蜜味の白玉じゃ。メチャやケルケルのような「雑穀」を”入れず”、パパラサ(米)の粉だけで作る。

ゆえにパパラコッテという。そなたも同じじゃ。雑穀がない澄んだ瓶のなかのウィードリウージュ(酒)よ」

「わたしたちの民はお酒と同じですか?」

憤ったふうでもなくファーネ母さまは笑う。銀の血のルフィアはたしかに(つまりは雑穀である)ファーネの娘ではないが、

しかしファーネにはルフィアを育てたという自負がある。さらに妙な性癖があるとはいえ、

実質的に現在の大屋根を指揮するのはファーネだ。その自信があった。

「そのとおり」

「ねえ、ママのミルク、ルフィアのおしっこ飲もうよー」

とシーリがファーネに抱きつく。まだまだシーリは甘えているのだ。十になったばかりだから無理もない。

「わたしのおしっこはちょっと……」

このルフィアのペースはシーリの性欲をコントロールできない。

「いっしょにおしっこしたいー」

「いいわ。じゃあ厠にいきましょ」

とルフィアが立ち上がる。

「やれやれ」

とメルデモンドが娘たちがいなくなった食器を見ながら、

「われらは滅びの道じゃよ。遺伝子の過剰な重複率によって我らの民は滅亡しつつある。ルフィアもシーリも

おそらく大丈夫じゃが、次の子は、己の子の顔を見れるのかどうか……」

「あの子たちを滅ぼしているのはあなたでしょう。大屋根は立ち上がることができる」

「その話はせんよ」

「我らの穀物畑からはウィードリウィージュというお酒とパパラコッテという白玉ができる。それは来年も?ですか」

ふと視線が緊張したが再度あらわれた可愛い娘の孫たちの姿に再び視線が緩む。

「おしっこしてきたかえ?」

「うん」

とシーリがうなづく。

「眠いー」

もじもじとしながら、シーリが母のファーネに抱きつく。

「ファーネ母さん、シーリちゃんっていい子ですよね。変だけど「純粋」だ」

ふっとファーネは笑って。陰り。

「あなたもそうよ。ルフィア」

その言葉でルフィアは思い出す。自分の未来を。

「ねえファーネ母さまは今度の結婚をどう思う」

「ルフィア。コンタルカンのアクネには、そうね確かに急すぎたのかもしれない。でもそれは」

それはわかっている。わたしの母さまは世継ぎがほしいのだ。おそらく長じれば、乱れ筋の娘のほうが
子孫が残せる可能性が高いので。

「わたしの子供が欲しいから?」

「そうかもしれないね」

曖昧に言葉を濁すが、村の実権はバクガ藩、コタイケシュの長たる娘にある。だが……コンタルカンのアクネ。
つまりルフィアの実母は銀の血をどう思っているのだろう。

「ねえ、ファーネ母さん、わたしの母さまはわたしのことを」

「馬鹿をいってはいけない。そなたを恐れるのもそなたを愛するが故。いいかい?」
といってファーネはルシファに対する言葉を区切る。
「女は愛されることを恐れてはいけない。そんなことができない子はいないし、そうじゃなかったら、
臆病者への道なのよ」
「……そうね。わたしもそう思う」
ルシファが笑う。でも女。わたしは女なのだろうか。
だからといって毎月の月の触りがあると自分が女だと実感するし、それを疑ったことはない。体つきも女らしく
なっている。
ただファーネの言葉には、小さい世界と自分を意識した。けれど……。

あーもう混乱してきちゃった! 今日はここで泊まろう。

世界の果てたる霧の森の娘。といわれるコタイケシュの村。でもそれを変えていかねばならない。

しかし……藩のそとには出るべきではない。

そんなルシファにやってきた男がいた。ネーク・ゲンジという男。そのような男がなにものなのか、
というのはどうでもいい。ただ一族のものを引き連れて、コタイケシュの地を離れていたルシファとシーリの父が
正式にオルドスの女帝の”腰使い”に即位したこと。オルドス藩の使者、ネークは知らせてきた。の知らせを。

そのようなものどうでもええ。そなたの父らはあの腰抜けじゃな。

とメルデモンド大婆さまがいう。それもそのはず、娘の母たち三人と離縁し、さらに村の娘をオルドスに
差し上げるのが条件。いったいどのような篭絡があったのか。しかしそのかわり餓えはないが。

こうしてコタイケシュの村は太藩である、オルドス藩の君主の娘に割譲された。銀の血

そのころ、ルシファは婚礼をむかえていた。相手は驚いたことに少年だった。母は、娘が男と
交わらない娘だ。というのを考慮していたのだろうか。

だがネークは……シーリにオルドスの都にいる、父に仕えるように命じる。

ファーネにとっては想定外だろう。シーリあってのファーネであり、それを父は取り上げようとしていた。

事実上、ファーネのいる大屋根とルシファの母の母屋は地位が逆転した。ルシファの危険な様子を見れば、
都には行かせられない。そのことで二人は一致していた。メルデモンドとシーリの母だ。

このたびのルシファの母にとって娘の婚礼は変更できなくなった。そのためにルシファは候補から外れたのだから。
あるいはシーリを愛する父の言葉があったのかもしれない。

ルシファは幼い少年と泉に入った。フィーリの森のなんなぎのための泉。銀の血が光るようにルシファになにかを
見せているのだが、それは将来のシーリの不幸だ。

自分は幸せになれる。けれどシーリは?

シーリこそこの地のものなのだ。思うに、子孫の血を残せるのは自分よりもシーリかもしれない。

だがルシファの残酷な部分はシーリへの同情とは別に、ルシファの父はシーリを愛していた。ということを知る。

だが数年前に都へと向かった父はあまりにもシーリについて知らなすぎる。

シーリはこの地を離れれば生きていけない存在なのだ。それを体中の銀の血。予言する娘であるルシファは実感として
理解する。

シーリの死を。

銀の血は矛盾する未来を見せることも珍しくない。血というものの暴走によって。

「冷静になりなさい」

とルシファの母がいう。そのために泉に来たのだ。

そしてファーネも受け入れた。娘のシーリを世話するものが必要なので自分も都に行く。ということと条件に。オルドスの女にとってはコタイケシュの民の複数の女と寝る風習は理解できない。ということを理解しているので危険があることを承知で。どのみちシーリのいないコタイケシュには自分の存在する場所がないと理解していた。

しかし……とルシファは思う。最近ルシファは少年を連れて、大屋根によく泊まる。その少年は素直だった。新しい家族に馴染んでいく、ファーネとメルデモンドもオルファの母と和解する。とはいわない。

微妙なバランスが崩れ去った結果、ファーネとアクネの闘争はさらに決定的となった。ファーネにとっては裏切りで、同時に娘を選んだのは、父との愛を証拠とするもの。しかし娘の長たる地位は無くしたが。アクネにとっては愛されぬ、という選択によって、なにかを生み出そうとしていた。同時に、しかし銀の髪の娘のルシファには自分の行動がその一滴一滴が雫となるように、コタイケシュに足跡を残すのが感覚として分かる。

癒していくのが分かる。

ルシファの母とシーリの母を。でもシーリはなにも分かっていない。

だからこそ自分は癒すのだ。

それを銀の髪の娘は自覚した。

オフィサー


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