遅ればせながら、
ལོ་གསར་བཀྲ་ཤིས་བདེ་ལེགས།チベット新年ロサータシデレ
ありがたい巡り合わせ。
まさに『ご縁に自在』なディクン。
お懐かしいアヂャラの知らせに続く様に、アマラが亡くなってちょうど10年のこの年に、バーラ、アヂャラと再会を果たせた幸福なチベット新年となった。
日本の年越し蕎麦の風習の如く、チベット暦12月29日晦日にいただく、དགུ་ཐུགグトゥ(チベット年越し“うどん”)では、一年を占う色々な物をうどんの皮で覆って具の中に入れて隠すのだけれど、僕のお椀には『内巻きの糸』が。
バーラはགྲོ麦が出てཁ་དྲོ་བ目出度い。アヂャラは、羊毛→やさしい性格。
先日、ラサから荷物を送ってくれたアヂャラは、ཆོས経典が出て、信仰にあつく頭良し。
バーラが、『内巻きの糸』は、“家に幸福をもたらす”吉祥だ、と喜んで下さった。
30日大晦日は1日大忙し。ロサーの準備に、大掃除。ロサーはお掃除をしないのがチベットの風習。
大晦日の晩は、これまた日本の紅白の様に、チベットテレビ局の藏历新年晚会を19時からずっと家族で。
時代は変わったもの。
チベット各地方の伝統的民族舞踊、音楽、漫才から、香港や韓流の様なおしゃれな若者達のチベット語でのポップスやダンス。
そしてお決まりの党を讃えるお涙ちょうだいの寸劇。ネパール地震での解放軍の感動救済エピソード。
以前は党や政協のボス達が主賓に招かれていて、チラチラ映ったものだが、今年は一度も映らなかった。
アムド系の歌手によるチベットのアイデンティティを歌い、聴くと内心ヒヤヒヤするポップスが注目される中、中央チベット、ラサには、そうした意味深さを抜きにした洗練された明るい現代音楽があり、若者が他の世界と同様に、そうしたものを享受していることが嬉しい。
政治的なものを表立って語らない、心の中にあるもの、なのがラサの粋なのだ。
そして、元旦。
ありがたい巡り合わせ。
まさに『ご縁に自在』なディクン。
お懐かしいアヂャラの知らせに続く様に、アマラが亡くなってちょうど10年のこの年に、バーラ、アヂャラと再会を果たせた幸福なチベット新年となった。
日本の年越し蕎麦の風習の如く、チベット暦12月29日晦日にいただく、དགུ་ཐུགグトゥ(チベット年越し“うどん”)では、一年を占う色々な物をうどんの皮で覆って具の中に入れて隠すのだけれど、僕のお椀には『内巻きの糸』が。
バーラはགྲོ麦が出てཁ་དྲོ་བ目出度い。アヂャラは、羊毛→やさしい性格。
先日、ラサから荷物を送ってくれたアヂャラは、ཆོས経典が出て、信仰にあつく頭良し。
バーラが、『内巻きの糸』は、“家に幸福をもたらす”吉祥だ、と喜んで下さった。
30日大晦日は1日大忙し。ロサーの準備に、大掃除。ロサーはお掃除をしないのがチベットの風習。
大晦日の晩は、これまた日本の紅白の様に、チベットテレビ局の藏历新年晚会を19時からずっと家族で。
時代は変わったもの。
チベット各地方の伝統的民族舞踊、音楽、漫才から、香港や韓流の様なおしゃれな若者達のチベット語でのポップスやダンス。
そしてお決まりの党を讃えるお涙ちょうだいの寸劇。ネパール地震での解放軍の感動救済エピソード。
以前は党や政協のボス達が主賓に招かれていて、チラチラ映ったものだが、今年は一度も映らなかった。
アムド系の歌手によるチベットのアイデンティティを歌い、聴くと内心ヒヤヒヤするポップスが注目される中、中央チベット、ラサには、そうした意味深さを抜きにした洗練された明るい現代音楽があり、若者が他の世界と同様に、そうしたものを享受していることが嬉しい。
政治的なものを表立って語らない、心の中にあるもの、なのがラサの粋なのだ。
そして、元旦。
各自のお部屋に運ばれるチベット酒ཆངチャン入りスープསྐོལ་ལྡནゴンデン。
初めていただいた。
今までは、出家者としてアマラやアヂャラが僕だけチャン抜きスープを作ってベッドまで持って来て下さっていたから。
アマラのいないお正月は、アマラお手製の美味しいお正月料理が並ぶことはなかったが、僕が大好きだったチベットカレーをアヂャラが作ってくれた。
アヂャラはアマラが亡くなって以来、チベットカレーを口にしない。バター茶も。
アマラはいないが、お優しいバーラに、ཨོའོ་ལགསオーラ『弟さん』と美しい響きで呼び掛けてくれるアヂャラ、バター茶とお香の懐かしい香り、祈り。
手取り足取り、よちよち歩きの子供の世話をする様に、変わらず一から十まで細かく指示してくれるバーラ。
バーラにとって、何年経っても、何も出来ない子供のままの僕。
こっぱずかしくもあり、何とも心地よい。
やはり、その通りだものね。
元旦は、お参り。
バーラとこんなにじっくりお寺を参拝する日が来るなんて。
バーラ、ずいぶんお年を召された。
神仏に捧げるカターに長く長く祈りを込めるバーラの横顔。きっとアマラを思い、家族を思い、チベットを思い、していらっしゃるのだろうな~と眺めた。
2日は、懐かしい人々を求め、お年始のご挨拶。
直接伺えなくても、携帯TV電話の時代。ありがたいこと。みんなそれぞれに年を取り、新しい家族ができ、それでも変わらず、僕のロサーの帰郷を喜んでくれた。
この十年の間にお別れとなった方々のことも聞いた。
バーラ達は、心配かけまいと、そういうニュースは普段お電話では教えて下さらないから、再会と同時に数多くのお別れを実感。
あの方もあの方も。。。
オンマニペメフン
師ミラリンポチェは、ロサーとは言え、変わらずお籠り中☆
侍者シャプチを通して、ありがたくお言葉をいただいた。
名残は尽きず、後ろ髪引かれながら、短かい再会は終わった。
猊下がこの新年に向けてのスピーチで仰った。
幸せを望まない者はいない、その為には争いなく、他者の幸せがあってこそ、そしてそれが実現してこその最高の幸せ仏果なのだ、と。
それこそが、བཀྲ་ཤིས་བདེ་ལེགསタシデレに込められた意味。
皆様、ロサータシデレ
そして、チベットが平安でありますように





