つい先日私にあった出来事、それも人生における一大イベントとなった事についてここに認める。
9.17
左から順に全灯、消灯、洗面換気等のボタンが5つ羅列している。
彼女が左から二番のボタンを躊躇することなく押した。ここから私と彼女との「ただならぬ関係」が始まった。
彼女と部屋へ入った当初はアメニティのデザインや空調が効きすぎていたこと、防音機能に感嘆する等の初めて踏み入れた此の場所について他愛もない会話を繰り広げた。私も何邊となく気分が高揚し、「事変ぽい!このデザイン好い!」と飛沫を散らしていた。勿論、此れは唯純粋な興奮であった。
一頻り騒ぎ終えると彼女はダブルベッドに横たわった。元々一番短いコースで予約していたが未だ1時間以上の余裕があった。しかし彼女は母親から帰りに迎えに行くね、と言ったような内容のラインを拝受した為、我々は満2時間よりもう少し早く退出する予定を立てた。
その後はベッドで熟睡してしまいそうな彼女の写真を撮ったり、枕で壁を作る等のじゃれ合いをしたりして過ごした。
私はバッテリーの少なくなったiPhoneを充電し、帰りに備えた。
不意に私は彼女の湿り気を帯びた細い指に触れた。其の指にはめられた幾つものシルバーのリングが気になっていたからである。1つは某アーマーリングに似たような形でとても良く彼女に似合っていた。もう一つの指輪は彼女の名と誕生日が書かれている物で、自分で作って貰いに行ったと彼女は話した。
私は横たわる彼女の右側に身を据え、そんな話を聞いていた。布団の中には2人の体温が混じり合いながらも彼女の指はひんやりとしている。
其処に私は指を絡めた。
彼女の細くて長い指は私の短いものに強くめり込んだ。それに応える様、私も強く握り締めた。しかし彼女の其れは一向に温まる気配は無く、思わず関連した他の話題に飛んだ。着信音で彼女の手は私から離れ、iPhoneの液晶に触れていた。
暇になった私は漸く全身を布団の中に潜り込ませる。しかし彼女が温めた其処はとても心地良いとは言い難いような熱気を帯びていた為思わず下半身を外へ投げ出した。枕元に端末を置き、再び私の元へ彼女の指は返って来た。母親からのラインの内容についての話等をしたと記憶している。
そして沈黙の後素早く彼女は壁際のスイッチの方向へ体を向けた。左から順に全灯、消灯、洗面換気等のボタンが5つ羅列している。
彼女が左から二番のボタンを躊躇することなく押した。ここから私と彼女との「ただならぬ関係」が始まった。
枕を交わし、暗闇の中同じ布団に入る彼女と私。睡魔が襲うより早く彼女が私の側に身を寄せ、細く長い片腕を私の首元に回した。私は然程躊躇することもなく彼女に擦り寄り、空いている腕を華奢な胴回りに置いた。しかし、未だ距離がある様に思われた為、もう片方の腕を彼女の首元から上に伸ばそうとした。「頭上げて」と短く言い、其れを行った。彼女との距離は私の鼻息が当たる程になっている。其の儘私たちは再び指を絡ませ、きつく握り合った。だのに先程の感触とは違い互いに愛を確かめ合っている風に感ぜられた。私も彼女も「愛しい」と云う気持ちを相手に物理的に伝えたかったのだと、今となっては思う。
もっと近くに居たい。触れていたい。其の気持ちがダイレクトに私が彼女を抱き締める腕に通じていた。それに応える様彼女も私を抱き締めていた。
握り合って居る手は互いに暖かく、身体は効きすぎた空調を凌いで熱気を帯びていた。
暗闇の中で彼女の体温、鼓動、呼吸が伝わる。気がつくと私の鎖骨辺りに彼女の顔があった。私は彼女の柔らかくて細い今にも切れてしまいそうな髪を施した小さな頭を撫でた。また私を抱き締める力が強くなった様に感じる。一番距離を取らない触れ合い方に拘り、私たちは何度も互いを抱き締めながら体勢を変えた。
そんな中また着信音が鳴った。彼女は何事も無かったかのように私から腕を解き、液晶を触った。口を開いても母親からのラインの内容だけであった。「お友達と話が盛り上がっているのかな?」と云う文面に、罪悪感を抱きながらも彼女と笑い合った。
其れに返信し、iPhoneを手放すと同時に私たちはまた違った態勢で向かい合い、ベッドの中で身体を密着させた。彼女の大きくて柔らかい物が私の鎖骨の下辺りに押しつけられた。圧迫され呼吸が浅くなっていることも気にならない程必死に私も其れに応えた。彼女の熱い鼻息が私の首筋を伝う。私は何度も彼女を覆う腕に力を入れ、ずっと秘めていた想いを身体で表した。毎日遠距離で何時間も電話した日々を思い出し、早く会いたくて仕方が無かった彼女とこうして密着している事に最大の幸福を感じた。そんな最中彼女は私の首筋に軽くキスをした。その刹那思わず笑みが溢れ、この時間が永遠に続けば良いのにと強く思った。
しかし長くは続かなかった。定時の10分前に部屋の電話が鳴り、彼女が出ると終了の報せが来た。
これまでに無い幸福感と人肌に触れる温かさに快感を覚えた私は眠気すらも感じている。其れ等が作用し、座っている彼女の肩を背後から抱き締め、気づけばさっきまでの態勢に戻していた。割高であろうが今の私には関係ない。少しでもこの時間が長く続くならどうにでもなれ、と言った気持ちで私は延長を決意した。
彼女も同意した様子でまた互いに愛を確かめ合った。再度指を絡めあった際には、あれほどまでに冷たかった彼女の手が温かくなっていた。私は其れに嬉しくなった。彼女も私と同じく満たされていた事を悟っていたからだ。私は彼女の熱くなった下半身に脚を絡め、より近くに居たいと接近を図った。嬉々とするような感情が彼女から感ぜられ、より深く心が繋がって行くような感覚に陥った。何度も何度もきつく抱き締め、出会えた喜び、この新宿と云う地で一緒になれた嬉しさ、愛しさ、大好きで仕方がない気持ちを身体で伝えられた感動を動力にした。
この上無い幸せに我々は辿り着いた。
しかしそう長くは続かず、電話から30分近く経った辺りで中断をした。また何事も無かったかのように料金と帰路に着く話をする私たち。けどほんとうはもっとぎゅっとしていたかった。帰りたく無かったし、此の腕は解きたくはなかった。しかし其れを声に出すことは互いに一切無かった。さっきまでの行為に言葉なんて要らない、きっとそう云うことだろうと早合点した。
そして何事も無かったように会った当初と変わらず普通の友達として駅まで歩いた。私は会計で女2人が居るところをバッチリ他の客に見られてしまったことに気を取られていた。勘違いされたらどうしよう、とか延長してたぞあの2人、とか思われたら厭だとか。そんな風な会話をし、後ろ髪惹かれる思いは封じ込め、あっけなくホームで解散した。
帰路に着く際には不思議と彼女と離れたく無いと言ったロスになるよりも「満たされた気持ち」の方が遥かに大きかった。ラインにて其れを云うと、彼女は長文で今日あったことに対する、それも細かく感謝の気持ちでいっぱいのメッセージをくれた。直近の事についてはさして触れられていなかった印象を持った。それでいいのだ。言葉では表しきれない気持ちを互いに身体で伝え合い、満たされたのだから。
そんな風に特別な友達になった彼女といつも通りラインをしていた私はまだ、彼女がもっと重大なことに思い悩んでいることに気が付けないでいた…
〈続〉