昨日の日曜日。

伝説のセールスマンと呼ばれるⅠ氏のセミナーに行ってきた。

このセミナーは完全クローズドセミナーで、広告・宣伝は一切無し。

まさに口コミ、紹介のみで展開されている。

最初は、ある人の自宅を使ってわずか5人で始まった寺子屋みたいなものだったようだが、反響が反響を呼んで、今では1000名近くを毎回集めるモンスターセミナーだ。

しかも、申し込みはその3倍~5倍以上の大激戦。

まさに幻のセミナーだそうだ。


僕は、以前に参加したとあるセミナーで知り合った人に紹介してもらい、偶然参加することが出来た。

しかも、その人が講師であるⅠ氏の一番弟子に当たる人で、そもそもの寺子屋もその人の家で始まったという。

そういうⅠ氏に最も近い存在である人に紹介してもらったので、本当に運が良かったと思う。

これまた大激戦のセミナー後の懇親会(200人限定)のチケットもちゃっかり頂き、棚ボタ的だったが、楽しい一日だった。

懇親会の熱くてはっちゃけた雰囲気は個人的には苦手なので、ちょっとどうすればいいのか困ってしまったけど・・・。


セミナーの内容は、というと詳しく書くと法的措置を取るとのことなので割愛するが、「恋愛」と題しながら、広義のコミュニケーションの話だった。

一例を出すならメラビアンの法則。

コミュニケーションの質は、55%が外見、37%が態度や姿勢、7%が話す内容によって決まるというもの。

また、他には333の法則。

出合って最初の3秒で印象の55%が決まり、次の30秒であとの37%が決まり、残りの7%は3分で決まるというもの。

いわゆる非言語(ノンバーバル)コミュニケーションの重要さを説くものだった。

これらは個人的には既知(法則名とかまでは具体的に覚えてなかったが、何かの本で読んだことのあるもの)だったが、その切り口が斬新だった。

あれは、徹底的にそれを突き詰め、理解し、実践してきた人にしか話せない内容だと思う。

僕はまだ「知っている」というレベルを超えないので、それを「自由自在に使える」というレベルまでもっていかないと意味がないなと改めて感じた。


あらゆる統計を元にし、それを日常語レベルにまで砕いたわかりやすい話。

あの話術にはびっくりした。

さすが伝説のセールスマン。

あの知識と経験と話術によって、営業現場で数々の伝説を打ち立ててきたんだろうと思う。

ただただ感服だった。


しかし、本人がやってきたことは至ってシンプルで基本的なことなんだろうなとも思う。

ただただ基本を徹底し、ひたすら実践を繰り返し、それらを反省したのち改善し、再び挑戦する。

これだけ。

あのイチローだって特別な何かをやってきたわけではなく、ひたすらに基本を徹底してきただけだと言っているし。

聞けば単純なんだけれども、その単純な行為が出来る人がほとんどいないから、一部のそーゆー人たちが際立つんだと思う。

人間は本来怠惰な生き物であり、裏技や特効薬を安易に探しがち。

でも、成功者が口を揃えて言うのは、「そんなものはない」ということ。

あったらそんな楽な話は無いし、世の中成功者だらけになる。

でも、それが出来ないからこそ価値があるんだと思うし、だからこそ基本を徹底し、ひたすらに努力すること、そしてひたすらに考えること、これこそが唯一にして絶対の方法なんだと改めて思った。

特に、考えるという行為は、人間が最も回避しようとする行為だから、人一倍徹底して考え抜く必要があると思う。

世の中9割以上の人間は、知的怠惰な生き物であるし。

「人は、思考の苦労を避けるためには、あらゆる理由を考えつくものだ」
by.ジョシュア・レイノルズ

「自分の頭で徹底的に考え抜く人は本当にまれにしかいない。肉体を鍛える人はよく見るが、頭脳も肉体の一部だということを忘れている人があまりにも多い。」
by.トーマス・エジソン

考えに考えて考え抜く。

そしてひたすら実行する。

その繰り返しこそがただひとつのサクセスロードなんだと再確認した。



そのセミナーの前面バックアップをしているという、㈱大源味噌の安齋社長とお話させて頂いていたときに、Ⅰ氏の今の年収はいくらか教えてくれた。(※別にこっちから聞いたわけではない)

今は計7社のオーナーで年収4億。最盛期は7億あったようだ。

今の僕には想像できない額だが、「俺にはそんなん無理やなー」とは思わなかった。

ということは僕は出来る。やろうと思えば。

まぁでも実際のところ、そんなに欲しいかと言われればそこまでのことは考えていない。

正直、最近自分について考えていると、自分はほとんど金銭に執着が無いなーと感じている。

金銭欲とか物欲とか、ゼロではないかもしれないけど、限りなく小さい。

欲しいもの何?って聞かれてもほとんど出てこないし。

わずかに出てきたものも、本当に欲しいかと言われれば微妙なことが多いし。


これは自分の中で「足るを知る」ことを基本にしているからということも大きいかもしれない。

あらゆるものが満ち足りた現代において、本当に満ち足りた状態を実感している人は少ない。

「あれも欲しい、これも欲しい、全部欲しい」

そんな感じで、見境なく無限の欲望に踊らされている人が多い。

そんな中で僕は、「満たされるとは何か?」を考えた結果、ひとつの結論に辿りついた。

「満たされるとは、自分の生きる意味を理解した上で、生きていることに感謝すること」

言葉にするとこんな感じ。

あまりうまく表現出来てないかもしれないけど。

大切なのは、自分の生きる意味を理解していること。

つまり、自分の使命を自覚していること。

その上で、「今、ここ」にある生の喜びに感謝すること。

抽象的で分かりづらい表現になってしまったけど、そんな感じ。

それが出来るようになると、欲しいモノってのがほとんどなくなる。

だって、少なくとも日本という国に生きている以上、ほとんどの場合、生に必要なものは溢れるほど揃ってるからね。

それを自覚できるかどうか。

まぁ、当たり前の話だし、昔からよく言われてることだけどね。

それが完璧に出来るようになると、不満てのがほぼなくなるよね。

まぁ、完璧に出来る人なんて(ほぼ)いないと思うけど。

釈迦のように悟りでも開ければ別だけど。

大事なのは、自覚しようとしていることかな。

そもそも、考えようともしない人がほとんどだろうから。


「足るを知る」

このブログのタイトルにもなっているけど、改めてこの大切さを噛み締める。


何か、途中から話の趣旨が変わったけど、気にしないでおこう。
おちまさと氏のブログより。

有益と思われる記事を引用。

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前に

『企画火山』

という本にも

書いたが


全ての

クリエイティブは

”こだわりとサービス”

という定規で作られていると

ある日思い付いた。


こだわりを

9にすれば

サービスは

1になる。


でも

とにかく

こだわりは

0にしたら終わり。


たとえ1でも

残さなければ

物づくりでは

なくなるし、

それは

誰の心にも

刺さらない。


しかしだ。


このこだわり。

あらゆる所で

「そのこだわりいるか?」

という

間違ったこだわりを

感じる場合がある。


例えば

ポルシェ。

大好きな車だし

フォルムや

デザインなどの

こだわりは

素晴らしいのだが

細かい話

なぜか

ドアミラーが

昔っから手動。

しかも今のは

一回手で折ってから

止め金で引っ掛けてとめる。

面倒くせ。

いいじゃん。

電動で!


ドイツ人は

こういう所

こだわんのか?

伝統か?


東京なんて

道狭いし

立体駐車場

とかもあるし

一回乗ったら

何度もドアミラー

たたまなきゃならない。


その度に

降りて手で

折って。


何だ。

この

プレー。


自動巻きの

時計は大好きだ。

いつも気にしてないと

止まっちゃう。


でも

それとは

違う。


前に

本にも

書いたが

カルピスウォーター

はスゴイ。


だって

自社の

溶かして飲むっていう

根本的なカルピスの原点を

自分達で時代に合わせて

いらないこだわりを

ぶっ壊したんだから。


こだわりを通す為に

いらないこだわりは捨てる。


捨ててはいけないこだわり。

いらない余計なこだわり。


これを

見極めるのが

プロデュースの

原点。


のような

気がする。


おちまさと


いるもの。

いらないもの。


リメイクで

使えるもの。

使えないもの。


エコと

企画は

似ている。


おいらは

もはや

あらゆるモノを

観て勝手に

あそこの

あれは捨ててはならず

あれは捨てなければならず

と考えるのが生活の一部

だから。


24時間プロデュース体制。


そのこだわりいるか?

これを考え続けてないと

逆に

捨てちゃいけないこだわりを

間違える事になるかも。

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さすが敏腕プロデューサーですな!

あっさりと書いてるけれども、内容は深い。

企画を生業をしてる人は心得ておくべきでしょう。
物事の本質、真理について考え、探求する営み。


哲学することの重要性を最近しみじみ感じます。

気付かない内にメディアの情報に流されてたり、媒体を問わず得た情報に疑問の余地を加えず鵜呑みにしていたり・・・


危険ですね。

哲学することが、呼吸することと同じくらい自然な行為になれば、おおよそ自分を見失うことなどなくなるのでしょうが・・・


難しいことです。

でもやらねば。

物事の本質や真理を見極められない人間は、これからの時代は否応なく淘汰されること間違いなし。


ではさっそく・・・

哲学って何だろう?

・・・これは、一生かけても答えが出るかどうか・・・あせる