こんにちは。

らんです。




ちょっと


気持ちが落ちています。



今のところ


がんばって登校してる長男。


そろそろ限界か?


ってところまできていて。



「朝、学校行くとき、どうやってばっくれようか考えてる(-""-;)」



『ばっくれる』って


今の若い子も使う言葉なの?


いやいや


気にするのはそこじゃない💦



高校では


環境が変わって


登校できるようになって


もう大丈夫かと思っていたけど


やっぱり


集団生活には向いてないのか。



「休みをうまくとって、長く続けられる方法を探してみたら?」


「悩むのは悪いことじゃないよ。いっぱい悩めば、人生の幅も広がるから」


「真面目ばかりじゃなくて、たまには不真面目も体験しといたら?」


そんな声かけをしつつも


毎朝


学校に行くのか行かないのか


心のなかで


ヤキモキしている私もいる。


もうすぐ夏休みだから


それまでなんとか


持ちこたえられないかな?



やっぱり


学校に行ってほしいと思ってる。


学校行かなくてもいいとは


あんまり思えない。



学校に行かなくても


大人になったとき


自分の食い扶持をなんとかできる


なら


いいのだけど。



人で構成されてる世界で


生きてる以上は


人と接触せずに生きることは


できないんじゃないかな。


どんな職業に就いたとしても。



全てが


自分の思い通りにはならないから


人と妥協しながら


生きていくのは


誰も逃れられないこと。



だから


大人になって社会に出る前に


自分の気持ちと


周りの人の気持ちとに


うまく折り合いをつけながら


自分の居場所を作れるように


集団生活で経験を積んでほしい。



私はそう思ってるから


それが長男にとって


難しいことであるなら


困ったことだな、と思う。




不登校の親歴3年やってきたのに


いまだに達観できずに


うろたえてしまう自分に


ちょっと嫌気がさす。


成長してないな。


あの3年間は


なんだったんだろう。




…ただ


それが全てではない


と思えるようになった私もいて


そこは成長できてるのかな。



前は


学校に行きたくないという


長男の気持ちに寄り添えなくて


自分の不安ばかりに


とらわれてしまってる自分を


母親失格だと思って


責めてばかりいたけど。



今は


そんな自分もいるけど


それが全てじゃなくて


そうじゃない自分もいる


ということに


ちゃんと気づいてる。



長男のことで悩んで


どうしてあげるのがいいのか


色々考えてる自分もいる。



母親失格の私がいて


母親合格の私がいる。


そもそも


失格と合格の基準は


私が勝手に決めたもの、だけど。



母親失格だから


母親合格ではない。


前はそう思ってたけど。



母親失格だけど


母親合格。


これでいいのだ。





たまに


私のことを『優しい』


と言ってくれる人がいて


そんなとき


全力で否定してた。



自分の身内に対して


人には言えないほどの


どす黒い感情が渦巻くことがあり


そんな自分が


『優しい』はずない。


本当の私を知らないだけ。


そう思ってた。



どす黒い私だから


優しくなんてない。



だけど


どす黒い私


それが全てじゃなくて


優しい私


もいる。



私を優しいと言ってくれる人


にとっては


私は優しい人なんだろう。




そういう思考でいられることが


少しずつ増えてきた。


それは


嫌な自分のことを


ようやく


受け入れられるように


なってきたからなのかな。


もう自分を罰する必要が


なくなったから。




さて


今日の長男は


どんな顔して帰ってくるかな?



いろんな私がいるように


いろんな長男がいる。


ただ


受け入れていこう。





今日はこんな感じなので


キンプリタイムはお休みして


変わりにこちらをどうぞ


(*・ω・)つ



ふるさと納税で送られてきた


さくらんぼ🍒


甘酸っぱくておいしかったよだれ





ブログをたずねてくださった皆様

ありがとうございます。


それではまた照れ