ココのパラレルな時間

ココのパラレルな時間

占星術、精神世界、ドラマなど日々感じるままにおしゃべりしてます。

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Eテレの『哲子の部屋』で興味深い内容だったので、ちょっと考えてみたい。

ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの「環世界」という生物学の概念。

生物はそれぞれ違う世界で生きてるらしい。

いや同じ世界を生きてるでしょ、
と思うかもしれないが、そうではなく、マダニは生き物の温度と匂いだけに反応して生き血にありつくらしい。

待って待って待って、飢餓状態で18年も待った記録があるらしい。

ハエが見る世界と人間が見る世界も全く違う。

これを人間に当てはめてみると、同じく同じ世界を生きてない事になってくる。

同じ映画を観ても、ある人はファッションに興味を示し、ある人は食べ物かもしれない。

また、映画を勉強してる人はカメラアングルやライティングに興味を示すかもしれない。

みんなそれぞれの好きな世界を選んで見てるわけだ。

となると、そうだよね~と共感できる事と、それは私にはわかんない!  がでてきてしまうのは当たり前なわけ。

ただずーっと分かり合えないかというと、そうではなくて、同じ世界を共有する事は可能だ。

それには、自分がその世界を勉強したり経験したりすると、相手と同じ世界を見る事ができるようになる。

全く同じ世界と言えないかもしれないが、わかるわかる~にはなりそうだ。

なので、自分が感じるようには人は感じてない場合もあったりするし、自分の思いだけが正解とは限らないと自覚もできる。

それぞれが自分の見たいようにしか世界を見ていない。

ある人にとっては、生きにくい嫌な世界かもしれないし、ある人にとっては挑戦できる可能性のある世界かもしれない。

その人の捉え方次第で見えてくる世界は変わってくる。

私たちの捉え方にかかってくるようだ。
矢作直樹さんの『悩まない』を読みました。

別に悩んでいたわけではないのですが‥

そこでハタと気づいたことがあります。

一人で出来ることはしれてるということ。

自分ができないことは、ちゃんとお願いしてしてもらえばいいということ。

私は、過去どちらかというと何とか自分で何でもやろうとし過ぎてきたように思います。

他の人にお願いするということは、頭を下げなきゃいけないし、相手を信じる気持ちがないとダメです。

それをちゃんとしてこなかったような気がします。

一人で何でもしてきたと思うのは奢りでしょう。

他の人に任す、頼むことの重要さを改めて知りました。

そうでなくても、これからは年齢を重ねると、自分で出来る事がどんどん減っていって、嫌でも周りのお世話になるでしょう。

もちろん今も考えたら、着るものから食べるものから、生活全般はどなたかの方々のお陰で成り立ってます。

日頃忘れてますが、膨大な人のお陰なわけです。

自分が出来る人になるよりは、周りにどんどん信頼して任せて、人との関わりを広げる事の方が重要だと感じました。


21の次男が全身麻酔だけど比較的簡単な外科の手術を昨日した。

手術前にいろいろ話した。

病院のカーテンを開けた瞬間、こんなオッさんだったっけ?

と、思ってしまった。

この間、彼の仕事先の近くに引っ越したマンションに行ってきたばかりだが、前より太ってしまったよう。

案の定、携帯には最近ご馳走してもらったカロリーの高い食べ物の写真がわんさか。

太るはず。

ホリエモンじゃないけど、病院でしっかり痩せてもらわないと。

本人曰く、綺麗な看護師さんが立ち替わり入れ替わり入って来るもんだから、変な緊張感があるらしい。

昨日はその綺麗な看護師さんに浣腸をしてもらい、苦笑い。

おばさんの看護師さんの方が気が楽らしい。

若いなあ(`∀´)

私は2年前から3回手術をしてるが彼は今回が初めて。

女性は痛みに強くできてるらしいが、男性は苦手みたいで、特に次男は怖がりで心配性。

小さい頃、歯がグラグラしてたのを、病院が怖くて自分で無理やり抜いてたり。

今回も、オシッコのカテーテルが怖いらしくビクついてる。

紙で手を切った方がよっぽど痛いから、心配いらないよと言っても不安で仕方ないらしい。

今回は私の知らない彼女の存在があるらしく、聞き出したが、代わりに退院したら美味しいものをご馳走する約束をさせられてしまった。

春のドラマが始まってる。

最近、注目の女優さん木村文乃さん主演のドラマ『マザー・ゲーム』を観てみた。

『昼顔』の時、斎藤工の奥さん役をしてた女優さん。

シングルマザーが逆境に立ち向かっていく姿を描いているのだが、ツッコミ所満載の気がする。

いくら貧乏だからといって、入園式らしき日に目立つカジュアルな格好で出席するかなあ。

その子供が良い子過ぎて面白くない。

ヒロインも美人で快活でできた母親で、欠点がなさすぎて、惹かれない。

懇親会みたいなところにそれぞれ料理を持っていくのだが、ヒロインが選んだのがひじき料理。

みんなにバカにされて食べてもらえなかったわけで。

どう考えても想像力働かせたら、ひじき料理は持っていかないだろう。

嫌、今なら和食の健康食として最先端をいっているかもしれない。

全てがこちらの当たり前の感情を期待し過ぎていて、シックリこない。

弱い立場の人が、それにめげないで戦う姿に応援したいという気持ちも理解できるが、このヒロインは不幸でもなんでもない気がする。

その点、もっと周りの女優人達が悪に徹してもらいたい。

女の友情と成長の痛快なヒューマンドラマらしいが、疑問を感じつつ今後の展開に期待しよう。

2話も観てみましょ。



仲間由紀恵の『美女と男子』はちょっと引き込まれたかもしれない。

単純に町田啓太というイケメンが出てるということもあるけど。

これも左遷された、鼻っ柱が強い思いやりのないヒロインが行かされた先のボロボロの芸能プロダクションを立て直すというストーリー。

青い顔してた高橋ジョージがイイ味出してるし、わきを固める他の売れないタレントも個性的でなかなか面白い。
自分は他の人より仕事もできるのに、評価してもらえない。

誰々は、仕事できないのに評価されてる。

みんなからキツい人と思われ仲良くはしてもらえず、毎日毎日の仕事がしんどくて嫌でたまらない。

他の人は幸せそうで自分は不幸だ。

自分ばかり損をしている。

こういう人がいたとする。(鑑定ではいらっしゃる。)

毎日の事なので本人の辛さはかなりのものだと想像できる。

現実は、自分の想いが形になっていくものなので、望まない現実でも受け入れないといけない。

自分がこの現実を作ってることを忘れてる。

周りが悪いとしか見えてない。


ここでは変えれる事と変えられない事をはっきりさせておく必要がある。

人の自分に対する評価は直ぐには変えられない。

仕事の内容も直ぐには無理。

周りは変えられない。

評価は上司がするもので、こちらはコントロールできない。

変えられるのは自分の物事への捉え方のみ。

自分の辛さを延々とこぼしたとしても、何も変わらない。

吐き出すことで少しは楽にはなるだろう。

そこで続けるのか、辞めるのかの2つの選択肢がある。

ただ、辞めたとして、次の職を探さないといけないし、お給料が下がってしまう可能性もある。

でも自分で選ばないといけない。

愚痴を言って立ち止まったままではいられない。

どちらにしろ前に進まないといけない。

もしとどまる事を選択したのなら、自分を変える努力は必要だろう。

できるのはそれだけなので。


頼まれてもできないことはハッキリ断る。

周りを敵ではなく仲間と思う。

幸せは、条件では決まらない事を知る。

承認欲求を手放す。

自分で自分を評価する。

この瞬間自分は幸せだと実感することは可能。

今すでに持ってる物を数えてみる。
(ちゃんとお給料をもらえてる。
     温かい布団で寝れる。
     病気でなく健康だ。
     当たり前と思える事が実はラッキー)

自分が変われば、周りの景色も変わって見える。

人間は自分が見たいようにしか現実を見てないので、どのように見るかは自由だ。

その人の見方次第で、世の中は違って見える。


10年くらい前は私自身、言っても仕方のない事をグチグチ言ってましたからね。
(T▽T;)