人の死って 2度あるって言われますよね。
1回目は この肉体を神様にお返しする時。
2回目は その人が誰からも忘れられた時。
今週末は旦那さんの実家である和歌山に
一緒に帰省していました。
久しぶりに二人でゆっくりすごせて
とても穏やかな時間でした。
たまたま帰省した日は
7月13日で お義母さんの命日でもありました。
丸8年を迎えられたそうです。
旦那さんと出会う前のことなので
お会いしたことはありませんが、
旦那さんを見てると、
きっと 素敵なお母さんだったんだろうなって
想像がつきます(*^-^*)
お義父さんの古希のお祝いも
させてもらいました。
その会場には お母さんも一緒に
きていました。
(写真と位牌を連れてこられていた。)
その会で お義父さんは
何度となく
『女の人に先に逝かれたから あきませんわ』
『男一人はさみしいですわ』
等々 言葉にされてたんですよね。
それを聞いて 何か答えないと!と思いがちですが、
私は そうやって 吐き出せる場所があるって
すごく大切やなって思うんです。
どんな形でも良い。
自分の思うままに 亡くなった人を思って
言葉にすること。
他の他人でもなく、
家族の前で話せる(離せる)ことで
心は軽くなるものです。
左から)義父さん・おじいちゃま・旦那さん
お仕事柄、大切な伴侶・親御さんを看取られるご家族の姿を
沢山 みてきましたが。
90代だから大往生とかはなくて…
というか、
支援するこちら側が決めるのではなく、
ご家族が 少しでも自分なりの形で
受け止めることができるように
亡くす直前の時間で大切なことは
受け入れるではなく、
受け止めるで良いと
私は思っています。
もう○か月(○年)経ったんだから、
大往生やん、
って納得させるのではなく、
自分が それで しっくりくる想い方なら
形はみんな違って良いと思うのです。
それに 受け入れるってなかなかできないと思うんです。
だけど その事実があるんだと
人は少しずつ、自分のペースで受け止めていきます。
悲しみや苦しみの渦中って
ずっと この状態が続くのではないか、
いつまで続くのだろうと思うもの。
だけど 少しずつ、
想い方(想う形)は 変わって行きます。
直後の頃より 自分に笑顔が増えると
何で自分だけ笑ってるんやろうとか、
あの人(子)はいないのに…
あんなに悲しんだわりに、実は自分は薄情な人間なんじゃないか
って思ってしまうかも知れないけれど。
想い方を変えただけで。
ずっと 忘れることはないし、
思い出すことで(思い出す限り)
誰かの中に生き続けることができるのです。
亡き人に対する後悔。
それは 遺された人が必ず背負う感情です。
だけど 自分ばかりを責めてはいけません。
亡き人は すでに あなたを許している。
それが 仏になることです。
by枡野俊明さん
想い続けることで
ずっと あなたの中で生きられる。
今日も素敵な1日を✨
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=完=
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