今日のお昼、先輩と一緒におひるごはんした時に
こういう人が最近多いんだってと教わりました☆
「自己愛」
私もこの言葉は初めて聞いて、過剰なナルシストな人のことかと思ったら
ちょこっと意味合いが違うみたい。
Wikipediaによると(適当なとこで改行してます)
・内的には不安定であるにもかかわらず、誇大的な自己像や積極的な自己顕示により
「頭がいい」「仕事ができる」「表現力がある」といった長所を持つと思われることが多い。
そのため、彼らが不適応行動を起こしたとき、周囲の人は意外な感じを持つことが稀ではない。
・自分について素晴らしい理想的な自己像(誇大的自己)を抱き、自分は他人より優れた能力を
持っているとか、自分は特別だと思い込んでいる。うぬぼれが強い。その背後で、常に深刻な
不安定感や頼りなさを経験し、本質的には他者依存的である。
・自尊心を維持するために、絶えず周囲からの称賛・好意・特別扱いを得ようとする
(アルコール依存症患者が酒を求めるように)。あるいは、自分が理想とするような権力や
能力のある人に頼り、まるで自分がその人であるかのように考えたり振る舞ったりする。
・自己肯定感や自尊心が高まっているという感覚を、一定の期間維持することができる。
この感覚が自分を支配しているとき、自分が傷ついたという、弱い一面を持っていることに
ほとんど気付かない。しかし、誇大的な自己像が傷つけられるような体験をすると、一転して
自分はだめだ、価値がない、無能だと感じる。自分についてもある一つの体験についても
よい面もあれば悪い面もあるといったとらえ方ができない。
・自分に向けられた非難や批判に対し、怒りや憎しみを持つか、屈辱感や落胆を経験する。
これらの感情は必ずしも表面にあらわれず、内心そのように感じているということがしばしば。
自分に言い聞かせて自分を慰めることができない。誰か他の人に慰め、認めてもらわないと、
自分を維持できない。否定をされるとそれを受け入れられずに現実逃避し、嘘や詭弁で逃げようと
する。そのため失敗について本当に反省したり、そのときのつらさや痛みを認識する能力に欠けている。失敗(あるいは批判)から新しく何かを学ぶことができない。
・次から次へと際限なく成功・権力・名声・富・美を追い求めており、誇大的な自己像を
現実化しようと絶えず努力している。しかし上記のような考え方の偏りにより、その過酷な
努力を社会的成功に結び付けられないことがある。能力がない自己愛者は、より退行した形で
他者からの是認を求めようとする。
・誇大的な自己像を思い描き、その空想的な思い込みの世界に浸っている。他者と関係を
持つにしても、それは自分の自尊心を支えるために人を利用している傾向がある。本当の
意味で他者に共感したり、思いやりを持ったり、感謝したりすることができない場合が多い。
(もっとも言語的表現力がしばしばあるので、うわべだけの思いやりを示すことに長けている)。
表面的な適応はさておき、他者との現実的な信頼関係を持つことができない。
・自己愛性人格障害の人は、良心に乏しく利己的な人間である。
他のネットから拾ってきたものだと
自己愛の人にした方がいい事として
・自分ができる範囲で、相手を積極的に褒める
・相手の立場になって物事を見るようにする
・形式や序列を大事にする
・批判をする時には具体的に、また必要以上に批判しない
・自分が成功している事や恵まれている事を相手に知らせない
が有効のようで
また、してはいけない事として
・相手のいう事にいつも異を唱える
・相手の思い通りになる
・例え一度でも、受け入れたくない事を受け入れてしまう
・見返りを期待する
などが挙げられています。
先輩の話だと…
モノゴトが思うようにうまくいかないと、その状況や他人のせいにしたり
加害者なのに被害者のように振る舞うのがうまいとか☆
自分以外のせいにして~それでコトが収まるのなら、私だってそうしたい!(笑)
権力にかじりつく!(爆)
でも、違うよね。
AさんとBさんと3人で同じこと話してても
それぞれの背景が異なっていれば
定義は同じでも、捉えようが全く違ってることなんてザラ。
めっちゃ簡単な例を出せば
「原宿の街」と言ったとき
ある人は竹下通りと言うかもしれない。
またある人は表参道というかもしれない。
自分は裏原宿というかもしれない。
同じような環境や年代で生きてきたならば重なる部分も多いから
同じようなものを連想したり行動をするかもしれないけれど
全部が全部一緒になる訳がない。
一緒のほうが・・・奇妙ではないでしょうか?
そういう関係ってこと?(笑)
おっと、話が逸れましたが(^_^;
結局~「今の自分」って「過去の自分」の蓄積なんだから
それを悔やむことあっても否定はしちゃいけないと想うし
モノゴトは自分が直接的または間接的に選んできたものの流れなんだから
それに逆らうんじゃなくて
どう乗りこなすか?流れていくかだと想うんですよね♪
無理して流れを変えても苦しいだけだし
結局~川は海に辿り着くんだから
その中でどれくらい自分らしく・自分が望むカタチでいくか?
なんじゃないかな☆
私は・・・
とりあえず今日中に英語の格闘をなんとかせねば(笑)
がんばろーっと♪ではでは☆
こういう人が最近多いんだってと教わりました☆
「自己愛」
私もこの言葉は初めて聞いて、過剰なナルシストな人のことかと思ったら
ちょこっと意味合いが違うみたい。
Wikipediaによると(適当なとこで改行してます)
・内的には不安定であるにもかかわらず、誇大的な自己像や積極的な自己顕示により
「頭がいい」「仕事ができる」「表現力がある」といった長所を持つと思われることが多い。
そのため、彼らが不適応行動を起こしたとき、周囲の人は意外な感じを持つことが稀ではない。
・自分について素晴らしい理想的な自己像(誇大的自己)を抱き、自分は他人より優れた能力を
持っているとか、自分は特別だと思い込んでいる。うぬぼれが強い。その背後で、常に深刻な
不安定感や頼りなさを経験し、本質的には他者依存的である。
・自尊心を維持するために、絶えず周囲からの称賛・好意・特別扱いを得ようとする
(アルコール依存症患者が酒を求めるように)。あるいは、自分が理想とするような権力や
能力のある人に頼り、まるで自分がその人であるかのように考えたり振る舞ったりする。
・自己肯定感や自尊心が高まっているという感覚を、一定の期間維持することができる。
この感覚が自分を支配しているとき、自分が傷ついたという、弱い一面を持っていることに
ほとんど気付かない。しかし、誇大的な自己像が傷つけられるような体験をすると、一転して
自分はだめだ、価値がない、無能だと感じる。自分についてもある一つの体験についても
よい面もあれば悪い面もあるといったとらえ方ができない。
・自分に向けられた非難や批判に対し、怒りや憎しみを持つか、屈辱感や落胆を経験する。
これらの感情は必ずしも表面にあらわれず、内心そのように感じているということがしばしば。
自分に言い聞かせて自分を慰めることができない。誰か他の人に慰め、認めてもらわないと、
自分を維持できない。否定をされるとそれを受け入れられずに現実逃避し、嘘や詭弁で逃げようと
する。そのため失敗について本当に反省したり、そのときのつらさや痛みを認識する能力に欠けている。失敗(あるいは批判)から新しく何かを学ぶことができない。
・次から次へと際限なく成功・権力・名声・富・美を追い求めており、誇大的な自己像を
現実化しようと絶えず努力している。しかし上記のような考え方の偏りにより、その過酷な
努力を社会的成功に結び付けられないことがある。能力がない自己愛者は、より退行した形で
他者からの是認を求めようとする。
・誇大的な自己像を思い描き、その空想的な思い込みの世界に浸っている。他者と関係を
持つにしても、それは自分の自尊心を支えるために人を利用している傾向がある。本当の
意味で他者に共感したり、思いやりを持ったり、感謝したりすることができない場合が多い。
(もっとも言語的表現力がしばしばあるので、うわべだけの思いやりを示すことに長けている)。
表面的な適応はさておき、他者との現実的な信頼関係を持つことができない。
・自己愛性人格障害の人は、良心に乏しく利己的な人間である。
他のネットから拾ってきたものだと
自己愛の人にした方がいい事として
・自分ができる範囲で、相手を積極的に褒める
・相手の立場になって物事を見るようにする
・形式や序列を大事にする
・批判をする時には具体的に、また必要以上に批判しない
・自分が成功している事や恵まれている事を相手に知らせない
が有効のようで
また、してはいけない事として
・相手のいう事にいつも異を唱える
・相手の思い通りになる
・例え一度でも、受け入れたくない事を受け入れてしまう
・見返りを期待する
などが挙げられています。
先輩の話だと…
モノゴトが思うようにうまくいかないと、その状況や他人のせいにしたり
加害者なのに被害者のように振る舞うのがうまいとか☆
自分以外のせいにして~それでコトが収まるのなら、私だってそうしたい!(笑)
権力にかじりつく!(爆)
でも、違うよね。
AさんとBさんと3人で同じこと話してても
それぞれの背景が異なっていれば
定義は同じでも、捉えようが全く違ってることなんてザラ。
めっちゃ簡単な例を出せば
「原宿の街」と言ったとき
ある人は竹下通りと言うかもしれない。
またある人は表参道というかもしれない。
自分は裏原宿というかもしれない。
同じような環境や年代で生きてきたならば重なる部分も多いから
同じようなものを連想したり行動をするかもしれないけれど
全部が全部一緒になる訳がない。
一緒のほうが・・・奇妙ではないでしょうか?
そういう関係ってこと?(笑)
おっと、話が逸れましたが(^_^;
結局~「今の自分」って「過去の自分」の蓄積なんだから
それを悔やむことあっても否定はしちゃいけないと想うし
モノゴトは自分が直接的または間接的に選んできたものの流れなんだから
それに逆らうんじゃなくて
どう乗りこなすか?流れていくかだと想うんですよね♪
無理して流れを変えても苦しいだけだし
結局~川は海に辿り着くんだから
その中でどれくらい自分らしく・自分が望むカタチでいくか?
なんじゃないかな☆
私は・・・
とりあえず今日中に英語の格闘をなんとかせねば(笑)
がんばろーっと♪ではでは☆