ドストエフスキーの『悪霊』は、ドストエフスキーの五大作品『罪と罰』『白痴』の次に書かれたものであり、その小説の軸には社会主義、無神論、信仰、近代の問題などが据えられている。

『悪霊』は、1869年にロシアで起こったネチャーエフ事件を基にして書かれた時事的な内容を多分に含んだ小説である。

セルゲイ・ネチャーエフは熱烈な社会主義者であり、ロシアの専制を転覆して社会主義国家を指向していた政治運動家である。



スイスに亡命していて、バクーニンに認められた彼は、ロシアに帰国した後に「世界革命同盟」という実際には存在しない組織を存在するようにみせかけ、「人民の裁き」という小規模な秘密組織を結成したのであった。

しかし、組織内部では早くも内ゲバが生じ、ネチャーエフは対立したイワン・イワノフを殺害して外国に亡命した。

これがネチャーエフ事件である。

ドストエフスキーは、ネチャーエフをモデルにしたピョートルを『悪霊』において登場させ、この事件と同じような展開をすることで、社会主義を目指す秘密組織を痛烈に批判した。

しかし、『悪霊』のテーマは既述のようにそれだけではない。

そこには、ドストエフスキーの痛烈な近代批判も含まれているのである。

ドストエフスキーは、近代の病理に蝕まれた人間として2人の主人公、前述のピョートルと、そしてスタヴローギンを登場させたのではないかと私は考えている。

人間を生きた動的なものとみなせずに、己のみでしか世界観を構成しえないピョートル、自分をひたすら他者に「みせる」ことでしか自己を認知することができなくなってしまったスタヴローギンは、いずれも神秘なき世界を抹殺したためにニヒリズムの深淵に到達してしまうという、いわば近代の死産児なのである。

神なき世界を抹殺したものは、必然的にニヒリズムに陥り破局するという事実を洞察し、それを全面的に展開してみせたのが『悪霊』という小説なのだと思っている。

(続く)

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