それは店の片隅に置かれていた。とても古い人形。
昔の人の姿を模しているそれは少し埃をかぶっていた。店員にも忘れられていたようで、多分言われるまで気付かなかったと思う。
ある日の夕方、在庫整理の為従業員は皆で商品チェックをしていた。
従業員は全部で4人。
店長は除いてだ。
売れたものはチェックリストから除外されて、新たに入った物をリストに組み込む。
ノートパソコンでの作業の為、仕事は早く終わりそうだ。
従業員の1人である私は大きくため息をついた。
店舗自体は大きくないが、なにぶんにも商品の数が多すぎた。商品は店長が自ら仕入れというか買い取りしたものが多い。かと言ってそれだけではない。何処からか買い付けしてくるものも少なくないのだ。だから何処で買ってきたのかは誰も知らない…。
もしそれが盗品だったり何かしら曰く付きのものだった場合は従業員では気づかないのだ。それがあったらやだねーと皆で話していたところだ。
ある日の事、いつものように在庫整理の最中によくわからない物を見つけた従業員の1人がボソッと呟いた。
「これ…何?」
そう言いながら差し出してきたのはいかにも古そうな亀の置物。
そんなに大きくないので置き物として使うことは可能だが、重いので持ち歩くのはちょっと…という代物だった。
「また店長変なの仕入れてきたよね。でもこの亀…目がなくない?」
「確かにないかも。」
「そう言われたらなんか気になるよね。」
「だね~。」
そう言いながらおけそうな場所に雑に置いた。
その時私は一瞬だが悪寒がした気がした。それがなんなのかはわからないのだが、首を傾げるには十分だった。
「ささっ、どうでも良いけど早く終わらせてみんなで食べに行こうよ。」
店長に言われて、皆俄然やる気になっていた。手が動くスピードが早くなる。
1時間もすぎた頃、全ての仕事が終わり片付けを済ませて皆で一緒にいつもの居酒屋に向かった。ここは皆で行く時によく使う店だった。顔見知りになった店員達と楽しく会話が弾んだ。
「…でね、それが変なの。」
「なに?それ…。おかしいの!そんなの可愛くないじゃん。」
「可愛いとかじゃなくて、不気味なの!」
「それは確かに言えるかなぁ~。私もそう思うし…。」
「え~!台無しじゃん。」
「そう言わないで…ね?」
「いいけどさぁ~。なんか納得できない。」
「それな。」
皆が見ているものは携帯で撮っていた店にあった洋風な人形だった。少し大きいので置いておくというよりも、片手で持ち上げて抱えるという感じだ。
ブルーの瞳が怪しくひかり、綺麗に見えてかつ不気味さも見えた気がした。
4人は固まっていたが、店長が自ら仕入れというか知人から売って欲しいと頼まれて店内に置いてある人形だ。
値段は手頃に設定されてはいるが、なかなかどうして買い手が見つからず、人形がある場所だけ空気がひんやりとする気がした。
「やだあ、ヤバいんじゃない?それ。」
「なんで?なんかあった?」
「なんか寒い気がする…。」
「え?どこが?私はなにも感じないけど…。」
皆があーだこーだと言ってて話がまとまらない。もうその話はおしまいとして、他の話で盛り上がった。
しばらくしてお開きになり、その日は皆帰宅の途についた。
翌日だった。
職場に行ったら店の雰囲気が違うと思ったのは…。
いくつか置いてあったものの配置が変わっていたのだ。例の人形も…。
店長がやったことかと思っていたのだが、店長の姿はまだなくて誰がやったんだろうと不思議に思う。
それで出勤してきた順に話を聞くも、1番最初に来た人も知らないという。
店長に聞こうと思ったが、店長はまだ来ておらず、開店しても姿がなかった。
珍しいこともあるもんだなぁと出勤予定カレンダーを見て店長は本来なら休みではない事がわかったので、仲間の1人が店長の携帯に電話をかけた。
コール音は鳴るけど出ない。
何かあったのかなぁと思って今度は自宅にかけた。
こちらもコール音が鳴るだけで出ない。
何かあったのかもと思いはしたが、お客が来たのでそっちを優先する事に。
立て続けに客が来て店内は賑やかになっていた。仕事に集中していて皆店長の事を気にする余裕もなかった。
ほっと一息つけたのは順番の休憩タイムだ。私は最後だったので店長の事は忘れてしまっていた。
休憩時間が終わり、店頭に行くと何やら従業員同士での小声ではあるが話し声が聞こえた。
「ねぇ、やっぱり変じゃない?」
「やっぱりそう思う?私もそう思ったんだ。」
「なになに?何の話?店長の事?」
「「あーーっ!!忘れてた!」」
「店長のとこに電話しに行ってきます。」
「「「おねがーい。」」」
「店長、どうしちゃったんだろう?今までこんな事なかったよね?」
「うん、なかった。初めてだよ?無断欠勤は。」
そうこうしているうちに電話をかけにいっていた同僚が戻ってきた。その顔色は良くない。
「どうしたの?店長どうだった?」
「うんとね、店長…これないって。」
「え?なんで?病気?」
「ううん、違うみたいだけど、なんか電話越しにおかしかったから…。」
「どんなふうに?」
「えっとね……。」
そう言いながら話し始めた同僚はゆっくりと話し始めた。
その話はこうらしい。
昨日、食事会の解散後、店長は忘れ物を思い出し職場に戻った。その時に何か店の様子がおかしいと気づいたらしい。誰かが入った形跡はなく、でもモノが動かされたかのように移動していたのを見て何かが変だと気づいたみたい。
でも帰る時には確かに元に戻していたから移動するのは考えづらい。従業員が勝手に移動させ、尚且つ店長にその事を言わないのはまずないはず。という事は?どういう事?
頭の中でグルグルと考え事をしていたら、自分しかいないはずの店で大きな物音がしたと。
それは…モノが落ちた音だったようで、見てみると棚からモノが落ちていたらしく、普通なら落ちないモノが落ちていた事で少し混乱したと言っていた。
その話を聞いた残りの3人はそれぞれが恐怖を覚えた。オカルトは好きじゃない私と怖いモノや虫が嫌いな同僚は怖がっちゃって話にならなくなった。残った1人は真っ青な顔をしている。その人もそっちの系はダメだったらしく、両手で両耳を塞いで聞くのをやめた。
皆ダメだったようだ。
同僚は霊とかは信じていない方なので大丈夫だったみたい。
皆店の一点を見つめていた。
そう、人形を見ていたのだ。
しかし店内にはお客がいるので、いつまでも見ているわけにはいかず、仕事に戻った。
時間がゆっくりに感じられた。
こんな事今まで一度もなかったのに…。
私は1人だけ裏に周り、帳簿を調べる事にした。探すのは店長が買取したモノ全てだ。店長は几帳面にデーターを残していた為調べるのは簡単だった。ただ、量が半端なく、時間がかかった。
それでも何とか探し出すが、買取シートには苗字しか書かれていなくて住所も電話番号もまっさらだった。
お得意か何かか?と思ったが、それでも最低限記入してもらうはず。おかしいと思った私は同僚の元に戻り、結果を伝えると反応はさまざまだった。
「それはおかしいよ。店長いつもちゃんとしてる人なのに。苗字だけって…どういう事?店長に聞かないとね。」
「そうだよね。確かにおかしいよ。ありえない。もう一回携帯に電話しようよ。ちゃんと聞かないと対応しようがない。」
「でも店長につながるかなぁ?出てくれないのに。」
「仕事終わったらみんなで店長のとこ行こうよ。」
「あ、それ賛成!」
という事で仕事終わりにみんなで店長の自宅に向かう事に。なんかあった時のためにみんな一応年賀状挨拶をしていた為、みんなの住所は知っているのだ。今回はそれが良かった結果だ。
地図アプリで最寄駅から自宅へ向かうも駅からは近いらしくすぐに着いた。
どうやらこのマンションのようだ。
10階建てのマンションは結構大きい。
そのマンションの4階の205号室になる。店長は単身赴任の為1人で住んでるのだ。
インターフォンを鳴らすが反応がない。
でも電気のメーターは動いている。だからいるのは間違いない。
1人は「店長!」と言いながらドアをどんどん叩く。
もう1人は店長の携帯を鳴らす。すると室内からメロディが流れてくる。
間違いない。携帯の音だ。
何かあったのかわからないので、どうしたらいいのか皆途方に暮れる。
しばらく待っていたらガチャリとドアが開く。そこにはやつれた店長がいた。
「「「「店長!」」」」
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
「いや、ちょっとね。」
「それじゃあ分かりませんよ。」
「実は昨日の夜からあまり寝れてないんだ。」
「なんでですか?」
「言いにくいんだが、実は…。」そう言いながらポツリポツリと昨日の夜のことを話し始めた。それは正直怖い部類に入るだろう事は聞いていてわかった。
私達だって正直怖くなったくらいだから…。
でもこのままで良いわけではない。それはわかる。
「店長。あの…。」言いながら昼間店長がいない時に店であったことを話して聞かせた。店長は固まっていた。そんな事になってたなんて思ってなかったようだ。
でもこの現象はこれだけでは終わらなかったのは誰も想像できなかった。
翌日も店は開けないといけない為、早出の子1人だけでの出勤は怖いだろうという事で、もう1人都合がつく子が途中で待ち合わせて店に行くことが決まった。店長は朝イチで防犯カメラをチェックするつもりだという。真夜中の店で何かあったらすぐに対処出来るとふんだからだ。
そして翌日の朝、昨日の打ち合わせ通りにそれぞれが出勤してきた。
予想通りというかやっぱりものは移動していたし、一部は床に散乱していた。
椅子も移動している。
引き攣りながら皆で片付け始める。
店長は真っ先にあの人形のところに向かうも人形は全く別のところに移動していた。ありえない。
とは言え社員が移動させたという証拠はなく、カメラにも人は映っていなかった。そして移動していたのは…人形自身だった。空中を浮いていたのだ。
人形に何か取り憑いているのかもと思い、店長は焦って書類を探そうとした。ところが、その書類の束は私が机の上に置いていたのでない事に動揺して焦ってしまった。でもあることを伝えると店長は心底ホッとしていた。ただ問題は持ち込みできた人形の元の持ち主の個人情報が載っていないという事。
店長はすぐに元の持ち主の知り合いの携帯に電話し、事情を話して連絡してもらう事に。しかしすぐに折り返しの電話がかかってきた。どうやら聞かされていた携帯の番号は解約されていたようだ。
詳しい住所は分からないと。
会った時には普通な感じの人だったので、問題ないだろうと思っていたらしい。でも結局こんな事に。
人形はどう扱ったら良いのか分からなくなってしまった。
いわくつきの可能性大だ。
すぐに店頭から引かれ裏に置くもまた何かありそうで持っていたくない。
とは言えどこに持っていけば良いのか…。
引き取り先を考えないといけないが、誰が持っていってくれるのか…。この手のを収集している人も知らない。
皆途方に暮れた。
店長の携帯が鳴った。それは知り合いからだった。なんでもそのてのを集めている変わった人が一人いるそうで、会うかという話だった。店長はすぐに会うと返事したが、先方にも聞いてみないと…という事で一旦電話が切られた。
10分ほどで電話がかかってきたが、先方は了承してくれたので終業後に待ち合わせる事に。勿論知り合いもつきあってくれるという事なので、ありがたい。
引き取り先が決まったことで店頭では皆ソワソワして仕事にならなかったのはいうまでもない。
おかしな人だったらやだなという感情だった。でもそんな事は杞憂することもなかった。
相手はすごくよさそうな青年だった。
いかがわしそうなものをやってる気配もない。ただイメージと違いすぎて信じられないという思いだ。
「あのー、電話もらった佐藤ですが…。」
「あっ、下のお名前を教えてください。」
「◯◯です。」
「◯◯さんですね?今日は突然申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、特に予定もなかったので問題ないですよ?で、問題の人形はどこに?」
「あっ、はい。こちらになります。」
そう言いながらバックヤードに案内した。そこには確かに人形はあった。
「本当にいいんですか?引き取らせていただいて。」
「ええ、良いんですよ。でも、曰く付きのものかもしれませんが大丈夫ですか?」
「はい。そういうのを集めてますので問題ないです。…にしても綺麗な瞳ですね~。引き込まれそうになる。」
私達はひいていた…。
欲しがる人いるんだ~、と。
でもこれでもう安心という気持ちになってホッとしている自分たちがいた。
店長も同じらしい。
ただ同然で引き取ってもらう事になったので、販売員としてはどうかと思ってしまったが、そんな事よりもうこれで怖い思いしなくて済むんだという気持ちの方が大きかった。
佐藤さんは嬉しそうな顔をして人形を持っていった。その後の事などは分からない。
ただ、買取票には必ず書き込んでもらう事を肝に銘じたみんなだった。