僕の家は古い古民家です。
だからか強い風が吹いたりした時なんかはガタガタと戸が軋む。それが子供の頃は怖かった。
というか今でもちょっと怖い。

そんな場所だからか友人達からは幽霊屋敷と呼ばれたりなんかする。だけど怖いなんて言ったらますますつけ上がるだけだから我慢してる。

ある日、突然声をかけられて知らない人だったから思わず首を傾げた。
【誰だ?この人…。知らない人だけど…。】

「私はこう言うものです。」
そう言って渡された名刺を見て思わず嫌な顔をしてしまった。だってそうだろ?名刺にはオカルト雑誌で有名な会社の名前が書かれており、編集者となっている。どうせ面白おかしく書くに決まっている。そんなの迷惑でしかない。だから聞かれる前からこっちから言ってやった。
「僕の何が知りたいんです?あっ、家ですか?古民家ですけど何もないですよ?」

言われた方はビックリしているようだ。目を丸くしていた。
「あっ、いえ、君の家のことではなくてね,この家を探してるんですよ。」
言われて僕は気まずくなったが,手渡された写真を見てびっくりした。それはもう随分前から噂されていた廃墟の屋敷だったからだ。
庭も家も荒れ放題。
持ち主は夜逃げでもしたのか見る事はなかった。
建物だけは立派だったので、子供の頃は一時期憧れもあったものだ。
「この家は持ち主は誰かは知りませんよ?だって夜逃げでもしたって噂が立ったくらいですから。庭も建物内も荒れ放題と聞いたことがあるくらいです。でも誰もそこには行かないですよ?地元民ならみんな噂してますから。あそこにはきっと持ち主が隠れ住んでるって…。夜に一度だけ部屋の電気?がついたことがありますから誰かいるとは思いますが,ほんとかどうかは僕は知りませんよ?それでも行かれるんですか?1人で。」
編集者と名乗った男性は1人で頭をかいていた。アシスタントとカメラマンも来るはずだがなかなか来ないのだ。かと言って1人では記事にできそうもない。
待つしかないかなと思い、僕に聞いて来た。
「ここら辺で泊まれる場所はないかな?あと2人来るはずなんだけど。」
「ならこの道をまっすぐ行った場所に旅館がありますよ?今の時期は空いてますから泊まれると思いますけど。」
「ありがとう。助かったよ。…にしてもあいつら遅いなぁ〜。何してるんだ?」そう言いながらポケットから携帯を取り出してどこかに電話をかけていた。


その頃の2人は困り果てていた。
車で来たまではよかったが、道を1本間違えたのか山の奥まできてしまっていたのだ。
「なぁ、あってるのか?なんか違うくない?」
「う〜ん、僕もそう思ってたんだ。やっぱ戻った方がいいよね?」
その時電話が鳴った。
1人先についていた編集者からだった。
道に迷ったことを話すと親切丁寧に教えてくれた。何度も下見に来ていたから知っていたらしい。助かったぁ〜と2人で安堵して目的地に急いだ。

途中で道なりに走っていた時白い影が見えた気がした。だけどこんな山奥に人がいるはずがない。気のせいだと思いそのまま車を走らせた。

着いた時はもうあたりは暗くなり始めていた。
道路の真ん中に立って待っていた編集者はやれやれと言った感じの顔を滲ませていた。

「ダメじゃないか、君達。予定が大幅に遅れてるよ。チャチャっと撮影して記事にしないとな。」「えっ?今から行くんですか?こんな暗くなり始めた時間なのに。」「だからいいんじゃないか。合成とか言われない為にカラーでいくからな。」
「「そ、そんなぁ〜〜。」」
ガックリと肩をおろす2人をよそに編集者はやる気満々と言ったところか。どこからその元気が出てくるのやら…。

そのやる気が後に後悔する羽目になるとは考えもしなかった3人だった。


そのゴミ?屋敷は町内の一番奥の隅の家だった。だが広いようでドアにも鎖の鍵がつけられていた。
それはまるで誰にも入らせない為のもののように感じた。

「無理じゃないですか。明日にしましょ。明日に。これだけ暗いと何も見えないし…ほら、霊は昼間でも出るって話聞いたことないですか?」「本当か〜?」言われた側は頭を上下に振り肯定する。もう一人も同じポーズを取る。そうなると編集者は手に持っている携帯の明かりで手帳を覗き込み印刷までにあとどれくらいの時間が取れるかを頭の中で計算していた。そうして少し経った頃、大きなため息とともに諦めたようだ。2人にならうことにした。2人はホッとしていた。正直こんな大きな屋敷、ゴミだらけだって言われても入りたくない雰囲気がバンバン漂ってくる。なんなんだ?この変な感覚は。カメラマンの男性がポツリとそう呟いていた。


翌朝早くから起きてきた編集者はやる気満々と言ったところか…。他の2人はそうでは無さそうだが仕事だからと割り切っているようだ。
「さぁ、行くぞ!今更ヤですってのは聞かないからな。印刷までそう時間はないからな。チャチャっとやってパソコンから現像を送る手筈にしてあるからな。やるぞ!」
「「はい。」」
2人はそういうとテキパキと動き出した。
そして目的の屋敷の前に立つと手でカメラのポーズをとりどのようにフィルムに収めるかを考えているようだった。
編集者はノートパソコンを片手に何やら手早く打ち込んでいるようだ。僕は遠くからそっと見ていた。
今日は天気がいい。そう予報士が言っていたのに今は少し雲が増えてきている。一雨来そうだと思ったから僕は一旦自宅に帰ることにした。
傘を取りにだ。
その間に彼らはたった3人で恐怖を体験しているなんて知りもしなかった。



キーボードを打ち込んでいたら突然画面が一瞬だが真っ暗になった。
はじめは気のせいかと思いたいして気にもしていなかった。だが、カメラを持っている仲間が突然「わぁ〜!」と叫んだからそちらを向いてみると白い服の女?が屋敷の窓際に立っているのが見えた。
ここは確か廃墟のはず。
そう聞いていたのに人がいたのか?
聞いてみたくなったので、門を乗り越えて中に入ってしまった。
同僚もそれに倣って中に入る。
見た場所から推定すると二階の角に人がいた事になる。本当か?
その時1人が呟いた。
「昨日の夕方道に迷った時にも白い服の影が見えたよね。それと関係あるんじゃないか?」
「まさか同一人物とか?有り得なくないか?昨日は山の中だったんだぞ?あんな人気がない場所に車もなくて歩いていたってのか?可笑しいよ。」
「う〜ん、確かに可笑しいよな。気のせいだったのかもしれないな。うん、そうだ、そうに違いない。」
その時【ギ〜〜ッ、バタン!!】と何処かで何かが開く?音がした気がした一行はシーンとしたまま音がした方を見ていた。
しばらく経っても何も無いから安心して動き出す。編集者は懐中電灯片手にビデオカメラを手にしている。
これは自分用のものらしい。
何しろここに来るまでに色々と調べて気に入っていたからだ。
二人のただならぬ様子も無視して建物内を突き進む。
二人のうちカメラマンは編集者の姿を追い続け、アシスタントは荷物を抱えて走る。

建物のみどり図は前もって手に入れていた。
口が軽い人はいるものだ。
ちょっとした小遣いを渡せばホイホイと言うことを聞いてくれた。


音が聞こえた方は確か…こちら側だったはず。そう思いながら編集者は手にしているビデオカメラを向けた。しかし何も映ってはいない。イライラしていた。何か映るかもと期待していたのに何もないとは。
後ろからついてくるカメラマンにも聞いてみたが特に変わったものは映っていないと言う。使えない奴だ。
そのときまた遠くの方でバタンと言う音がした。
ついさっきまでいた場所の方だ。
何で?
僕ら以外は誰もいないはず。
それなのになんでさっきからあっちこっちでバタンバタンと音がするんだ?
緊張でドキドキしてきた。
これがもしかして霊の仕業ってやつか?
ラップ音?

それでもビデオカメラは回し続けた。
あとで修正とかかければ済むことだ。
だけど今回のはちょっと違ったようだ。
アシスタントの子が固まって真っ青になっている。少しずつ後退しているように見える。なんでそっちに行くの?その子が見ているものを見てみたくなりゆっくりと後ろを振り向いた。
その顔の前に顔半分が血だらけの首だけが浮いてる状態でこちらをじっと見ていた。
逃げたくなったよ。
怖い。
怖すぎる。

「な、何なんだ?アレは。作り物とか?」
「んなわけないでしょ?ここには僕らしかいないんですよ?どうやってくることを知ったというんですか?」
「そりゃ…小遣いを渡したらホイホイと情報を教えてくれる人がいたのかも。僕らが来ることを知って脅かしにきたとか?」
「まぁ、半分は面白おかしく書くわけだから嫌がる人もいるかもな。まぁ、そん事気にしてたら記事なんて書けないけど。」

でも流石に怖くなって別の部屋に逃げ込んだ。
がらんとしている。何もない部屋だ。
何なんだ?
部屋の隅に灯がついていた。
どうやら蝋燭のようだ。
なんでここに?
ここに人は住んでいるのか?
興味を持った3人は部屋のあちこちを探したが,収獲は何も無かった。
ただ蝋燭が燃えてる。
だいぶ短くなっているようだ。

「何なんだ?ほんとに誰もいないのか?でもなんでここに蝋燭が?どう見たって誰かが付けたとしか考えられないんだが。」
「なんか気味悪くなってきました。もうそろそろ切り上げて帰りましょう。ある程度情報集まってますし。また変なのが出たらやですよ!」
「じゃああと少し、あと少しだけ耐えてくれ。そしたらきっと大スクープ撮れるかもしれん。」
「え〜!ホントですか?でもなんですか?大スクープって。」
「言ってただろ?ここの元の住人かもしれんのがいるかもしれへんて。あばくんや。そしたらいい記事になる。」
「やです。もう怖いのはやです。すみませんが帰らせてもらいます。」「あっ、僕も…。」「お前はダメだ。カメラマンがいなくなったら記事載せられへん。だから無理だな。」「そ、そんなぁ〜。」
アシスタントは止まっていたホテルに一人で帰って行った。
しばらくして遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえた。
それが誰なのかはここにいる僕らにはわからなかった。
その日は1日粘ったが、結局わからないままで済んでしまった。
機材を二人で片付けたが、そこそこの量になる。重いが人が1人減ってしまった為仕方がない。
「よっこいしょ。」と肩に担ぐとその場を後にした。先に戻ってきているはずの同僚を呼んだがまだ帰ってきてないと言われ、あの時の叫び声が彼だったのかと初めて気付いた僕等は彼の携帯に電話した。
音はなるが、ただそれだけ。
5分ほどなり続けたが、反応がない為電話を切った。オカシイ。
普通ならどんな場合か分からない為電話には出るはずだ。でも出ないということは…。
2人で探しにいかなければならなくなり、ナゼ?ドウシテ?という思いしかなかった。
いなくなった仲間が通った場所を順番に見ていこうということになり、逆から辿っていくことになった。
例の建物までやって来たが、ここでも試しに電話をかけてみる。するとかすかではあるが音が聞こえた。
なぜ気付けたかって?だってここら辺、虫の声も何も聞こえないのだ。
この時期にいないなんて…。

どうやらこの建物の部屋の中にいるようだ。何か企んでるならこっちから脅かしてびっくりさせてやろうとちょっとした悪戯心から片側をトントンと叩いてみた。
しかし、何の反応もなく叩かれた反動でドアが開いた。
どこだ?どこから聞こえる?
そう思い、再度携帯を鳴らす。

すると意外と近くにあると言うことがわかった。だから音がする方へ急ぐ。
そしてようやく音が鳴る部屋の前にたった。

後はどう脅かすかだけだが、シンプルにそっと近づいて「わっ!」って言うのに決めた。
暗闇の中月明かりだけの光を頼りに近づいた。

「わっ!」

…反応がなかった。
まさかこっちがやるの気づいたのか?
でも全く動かないのに違和感を感じた私は肩のあたりをグッと掴んで後ろに引っ張った。するとズルっと音がしたかと思うと崩れ落ちていた。
目は?
いや、顔が恐怖で固まっている。
死、死んだ、のか?
まさか私達と離れたあの時か?
いったいここで何があったんだ?
分からない。
知りたくない。思わず思った。
絶対に怖い目にあってるに違いない。この顔だよ?
携帯のライトを当てると確かに固まったまま絶命しているのが分かる。

そうこうしているうちに逃げようと言うことになり、悪いがアシスタントだった彼を置いてその場を離れようとした。するとさっきまで動かなかったのに冷たかったのに動いたのだ。ビックリだよ。

慌ててここから逃げたくてカメラマンの彼を置き去りにその場からいの一番に逃げ出した。
「うわっ?!」
その後静かになったのでどうなったのかわからない。でも戻ったら自分もどうなるかわからないからそのまま逃げた。機材も何もかもその場に捨てて逃げた。
慌ててホテルに逃げ帰るも誰も何があったのか聞いてくることはなく有り難かったのだが、ガタガタと震えが止まらない。

締め切りにも間に合いそうもないと携帯から会社に電話してホテルを後にした。


次の日、あの廃墟から少し離れた場所で二人の遺体が発見された。それはまるでお互いの目を抉るような凄惨な物だった。
二人は死んでいる。
出血多量の為との検査結果だった。
それを知らされたのは会社に戻ったその日だった。
二人も亡くなった事で会社は大騒ぎとなり、私に事情を聞いてきた。
私はあの現場で何があってどうなったのかまで知りあることを全部話して聞かせた。
上司も固まっている。
そもそもこの仕事は上司が掴んだネタ元が原因だ。

事情説明を終えると私は自分のデスクへ向かい、何かを書いて上司の元に来た。

【退職届】

これを出したらもう関係ないとはいえないが、関わり合いになるのは無くなるだろう。
そう思ってだ。
だけど夜になると、真っ暗になると思い出す。
同僚二人が亡くなった姿を思い出すのだ。あの不気味な死体は忘れろと言われても忘れられない。
それだけ強烈だったのだ。

私は今日も悪夢に眠れぬ日を過ごす。