ある日ちょっとした事があって、僕は医師から退行催眠がある事を聞く。それは最後の頼みの綱だったから…。
昔からそうだった。
誰彼構わず喧嘩をふっかけては親を困らせてたっけ。
そんな事が一年続き、両親は匙を投げ、僕は更生施設入れられた。腹立ったからすぐにその場から逃げ出して自宅へ帰ったよ。自力でね。
でも両親は僕の事見ようとはしなくなっていた…。
何でこんなふうになってしまったのか自問自答したが答えなんて出てこなかったよ。分かるわけないよな?
そんな時、古いダチから久しぶりに連絡が入ったと思ったら亡くなったという連絡だった。
ビックリだよ。
そいつとはなんかこう気があってよく弛んでたからさ。
何で亡くなったかは聞いてないが、よくない噂は聞いてたから、やっぱりって思ったよ。
で、自分の人生について考える時間ができたので、買ってきた真新しいノートに色々と書いていった。
いいことなんてほとんどなかった…。いい思い出はほんの小さな頃だけ。
忘れてしまったことも多々あったからこの際だと思い出したくなったんだよね。
で、知り合いを片っ端から聞いて周り、ようやく辿り着いたのがこの先生だ。
ネット検索をかけると有名な先生だった。
治療費が高いんじゃないかとビビって聞いてみたらそう高くもなく普通だったのでホッとして予約を入れた。
「うん、うん、そうでしたか。そんな事が。…じゃあ退行催眠をかけてみますね?まずはこのリラックスした椅子に座って下さい。…はい。そうです。深く腰掛けて〜。じゃあ眠ってください。そうです。全身の力を抜いて〜。ふかーく深く寝て下さい。怖くないですよ?」
それからどれくらい経ったのか覚えてはいなかった。
時計を見てみると2時間は過ぎていた。
先生は汗をかいて尚かつ真っ青な顔をしていた。
何があったのかはわからないが、あまり良くない事なのかもと不安になった。
そんな僕のことを気にしてか先生は少しずつわかるように僕に話しはじめた。と同時にビデオカメラをテレビに繋げ流しはじめた。そう、ビデオカメラで一部始終撮っていたのだ。
初めのうちは先生もそうにこやかな顔をしていたが、ある時から突然顔色が変わっていた。そう、それは……。亡くなったダチについてのことだった。仲が良いと思っていたのに実際は僕がいじめていたということらしい。みんなの前ではいい子ちゃんぶり2人になると虐めていた。そんな事をずっと…そう、学生時代ずっとやっていたらしい。
ダチは何度も嫌がるが、僕はガンと首を縦に振らず嫌がる事をさせていた。
就職先は違ったので会うことも無くなっていたのだが、たまたまいた街にそいつが通りがかったのを見て何を勘違いしたのか声をかけたらしい。
で、僕の姿を見たダチは真っ青な顔をしてその場から走って逃げた。僕はポカンとしていた。
話はそこで終わったのだが、後に先生の元に情報が寄せられた。警察からだ。
それから数日後、ダチは亡くなった。
湾岸から車ごとダイブして。
ブレーキ後はついてなかったそうで、遺体は車の中で見つかった。遺書は見つかったよ。そう、内容はびっしりと僕への恨みが書かれていた。そんなの僕覚えてないから何ともない〜などと呑気に構えていたが、ある日の事、夜、不思議な夢を見た。
そこは何故か車の中だった。
僕は一人車の中で身動きも取れず恐怖していた。何故って?それは車が水の中に沈んでいくのを目の前で見てるから。
空気がなくなるか、何かで車のガラスを割って逃げ出すかの選択肢しかない。
しかし壊す工具がない。
どうしたら良い?
どうやったら助かる?
その時目の前に死んだ筈のダチが現れた。
ダチはニヤニヤと笑っていた。
僕が今まさに溺れ死にしそうだと言うのに。
それを待っているかのようだ。
イヤダイヤダイヤダ。
誰か助けて!
何度も叫んだよ。
悪かったって。
僕に取っては何も悪気はなかった事だが、そいつにとっては恐怖のなにものでもなく死んでまで逃れたいと思ったという事だ。
あれこれ考えてるうちに車内に水が溜まり始めていた。脱出するなら今しかないとドアを開けようとしたが開かない。
どうしたらいい?
どうしたら…。
目についたのは2ℓのペットボトル。
中身をその場で捨てて空気を入れたよ。
刻一刻と水の量が増えていき、呼吸がしにくくなる。
涙を流しながらも生きる希望をあきらめない。
僕は何としても助かってダチの遺族に謝らなくては。そう思った。
もうほとんど空気の場所がなくなり始めた…。
何度もドアにトライしたが、びくともしない。
そうこうしているうちに車内に水が充満した。
今度こそ開けないとほんとに死んでしまう。
最後の力を振り絞りドアに力を入れた。
そしたら何とドアが開いた。
手にしている空気が入ったペットボトルを口元に持っていき息を吸う。
まだある。良かった…。助かる。
だけど車は思いもよらない深さまで沈んでしまっていたようで、僕は慌てて海面を目指した。
あとちょっと…。
もう少し…。
その時視界には悲しそうに微笑むダチの姿がチラリと見えた気がした。
そのあとプッツリと意識をなくしていた。
「◯◯さん!〇〇さん!!」
言われてはたと目が覚めた。
目のまわりには大勢の人だかりができており、僕の顔をのぞいていたのだ。
涙が出てきたよ。
ああ、これで助かったって…。
服が濡れたままでは気持ちが悪かったが、近所に住むと言うたくさんの人からバスタオルが何枚も渡され身体中を拭いたよ。
「ありがとうございます。」
ペコリと頭を下げると僕は救急車で病院へ運ばれていった。
のちに知ったのだが、退行催眠師の方は亡くなったダチの遠い親戚だったと。僕は知らなかった。
だけど不思議と怒りは湧かなかったよ。
あんな体験したからかな?
殴られる覚悟で一人で亡くなったダチの実家に足を踏み入れた。大きな一軒家。だけど庭は草木がぼうぼうでとても手入れされている様子は見られなかった。
ここにダチの両親はいるのか?不安しかなかったが、インターフォンがあったので押してみた。
暫くの間何も音は聞こえなかった。
どれくらい経っただろう…。
ドアが開いたその先に立っていたのは退行催眠時にお世話になった先生だった。
何でここに?って思ったよ。
でもね?先生が教えてくれた。ダチがなくなった後この家の人たちがどうなったのかを。
両親は悲観して首を括って部屋で死んでいた。兄弟がいない一人っ子だったから大切に育てられてきたんだろう。
それを僕は…僕の勝手な思い込みで壊してしまった。
謝っても謝りきれない。
第一発見者は先生だった。
那智とはとても仲が良かったそうだ。
もうどうしたって謝りきれない。その事に僕は初めて涙した。
どうか仏壇に手を合わせるだけでまたお願いしたが叶うことはなかった。
それからは心を入れ替え真っ当な人生を送ろうと心に決めた。