まずは、私に経験させて頂いた患者様、そのご家族の方に、
ありがとうございます、と、ごめんなさいを伝えたいと思います。
私が2年目看護師の時、
認知症と癌の終末期でその患者様が入院されました。
度々、入退院を繰り返されていましたが、
その頃は言葉数の少ない患者様という印象しかありませんでした。
今回病態が悪化され、偶然私が担当させて頂きました。
その頃はまだポータブルトイレも使用できており、
ご本人の希望も強いため自宅への退院の方向で進めておりました。
ですが、試験外泊の際に体調を崩されてしまい、
それからは今でいう寝たきりの状態になりました。
毎日、奥様の面会がありますが患者様は言葉数も少ないため
奥さんは病室の椅子に座り眠られていることが多かったです。
ある年の7月の中旬、昼間勤務のお昼頃、
患者様のお食事のお手伝いをさせて頂いているときに
奥様から「この人は昔、地域のお祭りに参加して山車の舵をとっていたのに、
あの時に元気はどこ行っちゃったんだか・・・」とお聞きしました。
私も若い頃、地域のお祭りで太鼓を叩いていたことがあります。
そのことを詳しく伺うと、なんとその方とはご近所の方でした。
そして患者様にもお祭りの話を投げかけると、
普段は表情を1つも変えず言葉数も少ない患者様の目から、
涙がこぼれました。両手で顔を覆い堪えきれず声もあげる姿に
私は驚き「じゃあ元気になって今年こそは、お祭り、行かないとですね」と伝えました。
8月の上旬に今年のお祭りが予定されていたのです。
そして何かできることはないかと考えました。
私は以前撮影したお祭りの写真を患者様に渡そうと思い、
プリントアウトした写真を用紙に貼り付け、少し言葉をつづり患者様に手渡しました。
タンスに貼り付け見えるようにしておきました。
始めは、患者様にあまり見て頂くことはできませんでしたが、
時折目を開け、その写真をながめていらっしゃることもあったので
作ってよかったな、と思いました。
そのことを主任に伝えると「本当にお祭りに連れて行ってあげたいね」
と一言おっしゃり、はっとしました。
それからチーム内で患者様をお祭りに連れていくための計画を練り、
また癌の末期であるため患者様の意向も大切にしつつ
状態の万全にするためにどうしたらよいか、
考えなくてはいけないことがたくさんあり日々頭を悩ましていました。
ある日患者様の奥様が依頼していたお祭りの法被を持参してくれた日のこと、
患者様はその法被を見てにこっと笑ってくれたそうです。
私はそれをきき、そこに居合わせた看護師のことがすごく羨ましく感じました。
私はまだお祭りのことで笑う顔を見たことがなかったからです。
笑顔のために、当日までにもっとできることはないかと考えました。
そして太鼓の音楽をCDにやいて渡すことを決めましたが、
なかなか勤務の都合上録音しにいくことができずにいました。
お祭りの当日が近づくに連れ、
患者様の状態に少しずつ変化がみられました。
良くない変化でした。
ですが、患者様はそんな中でもリハビリを頑張ろうとしてくれていました。
お祭りに行くためだと、頑張られたそうです。
そして私の夜勤の際に状態が悪化し酸素吸入を10L開始しました。
意識はありませんでした。お祭りの2日前でした。
その夜、ご家族を呼び泊まって頂くことにしました。
お祭りはもちろん行けないため、何とかCDだけでも届けたいと思い、
患者様は意識はなかったかもしれませんが、
「待っててくださいね、絶対太鼓の音を届けますから」と伝えました。
不思議と私の声は届いた気がしました。
夜勤が明け、朝方、患者様の意識は戻り奥様と喜びました。
そして夜、太鼓の音を録音することができその夜CDをつくり、
勤務中の看護師に連絡し状態は変わりないことをきき
消灯時間を過ぎていたので明日の朝届けることにしました。
朝起きすぐにCDを渡したくて、家を出ました。
ですが到着する10分前に患者様は亡くなられていました。
天気のよいお祭りの当日でした。
お着がえの際に音を流していいか奥様に許可をとり再生しましたが、
私は耐え切れず泣いてしまい、病室の外でその音を聴いていました。
間に合わなかったことをとても悔いました。
もっとはやく聴かせてあげることはできなかったのか、、
私が泣くわけにはいかない、と思い
病室に入り奥様とお話しました。
グリーフケアも看護の一環、、とんでもない。
奥様でお話することで、私が、心を救われました。
「いっぱい良くしてくれて、この人は幸せものです。
こんなに良くして頂ける患者さんはいないです。ありがとうございます。」
奥様からお言葉を頂き、苦しかったです。
私が奥様の話をきき死を受け入れられるようにすべきであるのに。
自分の未熟さにも後悔しました。
どんな看護ができたかわかりません。
本人にとって、家族にとって、
快く送り出すことができたのか。
自己満足で終わってしまったのではないか。
こんな形になってしまったけれど、
いいお天気の中、法被を着て、
素敵な笑顔をしてお祭りに行けたのだと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。