ここ1、2年で思うことだが大会運営において、初歩的なミスが多発している。

先週、今週と学生大会に続けて参加したけれど、コントロールされてないなって感じた。

そして、参加者も運営者のミスをなんか許容してしまう変な空気が業界全体に蔓延している気がする。


心配しているのは、こんな現状に声を大にして警鐘をならせる人間が一昔前に比べて少なくなっていること。


・若手OBOGのオリエン離れが加速して、そもそも学生と会話することがなくなっている

・卒業後にセレ以外の運営をしないので、運営面で学生に信頼されるOBOGになれてない

・インカレに参加する学生のことを知らなくてモチベーションを保てない


同じように感じている人は自分だけじゃないし、なにかを変えないといけないと考えている人はどんな世代にもいるはず。


とはいえ、何かを変えようとしても状況は劇的に変わるわけではないので、

まずは自分に出来ることを地道に続けていくことが大事。

1.運営したきっかけ

競責に誘われた。4月中旬くらい

インカレ終わったばかりなのにまたかと思いつつ面白そうだから即答した気がする


2.仕事

コントローラ


3.主な活動

試走(2回)、

メールチェック(5月いっぱいはちゃんとやった)

要項チェック(まじめにやった)

プログラムチェック(結構適当)

マニュアルチェック(あんまやらなかった)


4.面白かったこと

学生のセレクションは面白い

名誉のため名をふせるがAさん、Bさん、Cさんのフィーバーっぷり


5.しんどかったこと

某大会の打ち上げ候補日と2回の試走日がもろかぶりして試走→名古屋で打ち上げという弾丸ツアーをやったこと。そしてうっかり徹カラして翌朝新幹線で帰ってきてTOEIC受験して死亡orz


一日を無駄遣いしてるなと実感


6.おわってひとこと

選手権に出れる人出れない人を選ぶレースってのは悲喜交々

インカレもそうだけど母校の後輩ならぬるいってぶったぎれるけど

面識ない人達をジャッジするレースを任されるのってけっこう重たいものがあります


調査依頼の子と給水ポスト飛ばした子の表情が印象的でした。



実は、インカレが終わってから競技不成立になる夢をよく見る。




まとわりついて離れない

僕が選ぶ名言。ベストセレクション 自画自3(すぽると風)


第三位

「もし叶うならば、このインカレに参加した学生から

未来の子供達にインカレを残していきたいんです、一緒にやりましょう

という言葉をききたい。この夢が叶えばとても幸せなことです」



解説:自分が運営したインカレでインカレが好きになったという1年生がいれば、いつかそんな人と一緒にインカレを運営したい


第二位
「かたおかのために優勝旗と優勝杯持ち帰ろう」

解説:足柄インカレ、ミドル3位のかたおかが負傷で緊急入院し、リレーに出場できない事をオフィシャルから告げられた夜に誰からともなくそんな言葉が出た。代走まつけんに託す。


第一位
「オリエンテーリングにおける僕の目標は四年生最後のインカレ団体戦で東北大学を倒して日本一になることです。さきだとてらむらとなら絶対できます。」


解説:一年生の正月に参加した筑波大の合宿にて。ナイトメニューでオリエンテーリングを通して目指す目標というお題で新年の所信表明をやった時に言った言葉。あの頃は母校が20年も入賞してなかったとは知らずに自分の思った事をそのまま言って周囲を凍らせた。たぶん当時は誰も気にもとめてなかったけどインカレリレーで入賞という目標が明確になった。1年時は選手権リレーの1走、20年ぶりの入賞を達成。2年後に3人で全国制覇を達成。4年時は補欠の補欠、選手権に出場することはできなかったがチームは連覇。名古屋大学躍進のきっかけとなった一言。





その一言一言にいろんな思い出があります。


オリエンテーリングを通じて成長することができました。ありがとう


香港とマカオにいってきた。


香港は買い物の町という印象


日本よりものが安いとは思ったけど手持ちの軍資金が不足気味で買い物は断念


ご飯うまかった


同じアジア人なはずなのに昨夏に行ったノルウェーやデンマークより会話が通じなかった・・・




マカオは僕好みの町


遺跡を片っ端から走破するつもりが周りのメンバーとの巡航速度に差があってあえなく断念


カジノではけっこう勝ったけど500ドルとかかけて遊んでたらあっさり飛んだ(笑)


元手は300ドルだが2時間くらい遊べた




マカオはもう一度行ってみたいけど香港はもういいやって感想でした。