わっしょい高峯 お散歩道 -11ページ目

わっしょい高峯 お散歩道

何かとボソボソっと…ぼんやりと生きてます。

外食をしていました。

隣の席にいたお婆さんが言いました。
わたしの顔を見ながらこう言いました。

[マサコさん、この間のお礼を何にしようか色々考えよってな、何がエエかマサコさんに直接聞きよるのが一番ええ思てね〰️]

と、とても申し訳なさそうに、嬉しそうに、眉をハの字にしてわたしに話しかけてきました。

そのお婆さんの瞳はとてもキラキラしていました。しかし、その黒目の先には何が映っているか、わたしが映っているような、いないような。
まるでゾウさんの瞳の様な澄んだ瞳のお婆さん。
わたしにはわかっています。
そういう瞳を持った人の事を。

もちろん、わたしはマサコさんではありません。
しかし、わたしはニコッと笑顔を見せてウンウンと
2回頷きました。

お婆さんは身ぶり手振りしながら続けます。
[この間な、えらいもん見つけてなぁ、それ見よってどうしたと…]
とてもワクワクした表情で、とても楽しそうで、

その時、席に戻ってきた家族らしき人が突然、
[すいません、変なこと言うて…]
[ちょっとボケてるんでね、意味のわからん事ばかりいうてねぇ]



変なこととか思いません。
ボケてるとか言わないでください。



意味がわからない事もないです。
マサコさんに感謝してお礼を考えたが、直接聞いた方が良いとおもったのでしょ。

最近、片付けでもしていて面白いものを見つけたのでしょ。楽しそうです。

大丈夫です。
わかりますよ。意味がわからない事はないですよ。

きっと、マサコさんと話をすれば、、きっと話は合致するのですから。

それよりも、その面白いものを見つけたエピソードをもう少し聞きたかったです。
家族の様な人はとても恥ずかしそうに、申し訳なさそうに謝りました。


認知症。


わかりますよ。会話の切り出し方や、表情、そして目の感じで。そういう仕事を何十年もしてきていますので。それで飯食ってますので。

家族の様な人にも自分の事を説明しましたが、話は大変さを分かってもらえるでしょの方向へ。

お婆さん、じっとこちらを見ながら待ちぼうけ。
話を最後まで聞いて、キチンと会話を成立させたかったです。

ボケてるからおかしいとは思いませんよ。
そういう病気ですもの。
だから、お婆さんの前で
わたしにボケてるとか言わないでください。

わたしは今はマサコさんなのだから。

もちろん家族の気持ちを察する事も出来ます。
わたしもそのような想いを痛感できる期間が数年間過ごしてきましたので。

今の世の中の実情ではその対応は正解かどうかは別として、おかしな対応ではありません。
理解も理由もわかります。


しかし、その会話やその時の感情には二度と出会うことがないかもしれません。

忘れる病気ならなおのこと、現れた会話や想いを流してはいけないことは誰もが理解できる。


ご家族へ、わたしは大丈夫ですよ。



手を引かれ、ニコニコしながらレジを通りドアを出ていくお婆さん。

お話好きなのでしょう。
わたしもお話好きですよ。もし今度出会えたらもう少しお話ししましょうね。
それと何を見つけたのか、じっくりと教えてもらいましょうか。

間違いなく、今のわたしならそれが出来るので。

家族側ではなく、世の中側が理解してくれる日が来ますように。