前回は、悪魔や悪魔憑きという存在について、その特徴や影響の一端をお伝えしてきました。

そして今回は、悪魔と組織的に関わっている存在である「悪魔崇拝組織」やそれに関わる人々についても触れていきたいと思います。

なぜなら現代社会における悪魔の影響は、単なる一人の人間の中に留まるものではなく、もっと広く構造的かつ意図的に仕組まれている場合があるからです。

実際に歴史を紐解いてみれば、あるいは現在の裏社会に目を向ければ、悪魔を信仰対象とする集団や、悪魔の力を利用して権力や富を得ようとする勢力が、確かに存在してきたことが見えてきます。


そして悪魔崇拝組織とは、単なる神秘主義やオカルト趣味の集団とは一線を画します。

その本質は、人間の精神や倫理観を意図的に歪め、悪魔的な存在と結びつくことで、権力・地位・名声・財などを得ようとする者たちによって構成された、極めて組織的かつ隠密な集団です。

彼らの目的は、単なる個人的利益にとどまらず、人類の精神的支配、倫理観の破壊、魂の隷属化、そして最終的には、この世界そのものを支配することにあります。

そのため、儀式やシンボル(ハンドサインなど)を通じて、悪魔との結びつきを強め、その力を行使することで「表向きは成功者」として社会的地位を得ていく者も多く存在しています。

シンボルとは、特定の意味や悪魔的エネルギーを持たせて使われるサインのことであり、悪魔崇拝やその関係者たちは、これを意図的に用いて契約や忠誠を示すことがあります。

例えば、逆五芒星、片目(ワンアイ)、手で角や三角形を作るハンドサインや悪魔の数字など、芸能、広告、ファッション、映像など頻繁に登場し、無意識のうちに人々の潜在意識や波動に悪魔のパワーをばら撒いて影響を与える役割を果たしているのです。

そしてそこには、イルミナティ、フリーメイソンといった秘密結社の思想や体系が深く関わっています。

これらの名前は、都市伝説や陰謀論の文脈で耳にしたことがある方も多いかもしれませんが、実はこれらの組織的な団体の存在は、決して空想や作り話ではありません。

そのような話を未だに「馬鹿げている」というように一蹴する人々も多くいますが、そのような風潮そのものが、まさに彼らによって巧妙に操作された思想の誘導であるという証拠なのです。

つまり「信じる方がおかしい」と感じさせる空気を社会全体に蔓延させることで、本質に気づく人々を嘲笑し、黙らせ、排除する仕組みが、予め組み込まれているということです。

そして実はこのような精神的な支配構造や価値観の誘導は、個人レベルや文化の領域にとどまらず、世界の政治や戦争といった大規模な出来事にまで深く関係しているのです。

実際に歴史を振り返ってみても「事実が歪められ、真実が語られないまま大衆の意識が誘導された」といった例は枚挙にいとまがありません。

つまりそのような構造的な操作は、世界的、国家的単位でも、長らく行われてきました。

まず今回はその一端として、ある具体的な歴史的事例を取り上げてみたいと思います。

例えば第二次世界大戦においては、真珠湾攻撃の裏にいくつもの不可解な出来事が重なり「一国の戦争参入すら、あらかじめ計画されていたのではないか」と言われるような事例が存在しています。

ここでは、その代表的なものとして「ハル・ノート」という外交文書に注目してみたいと思います。
これは、単なる1通の通達という枠を超え、当時の国際関係や戦争の勃発に深く関与した可能性があるとされる実例です。

ハル・ノートとは何だったのか

第二次世界大戦が始まる少し前、日本とアメリカは非常に緊迫した関係にありました。

日本はすでに中国との戦争(日中戦争)を続けており、アメリカはそれに反対し、日本への経済制裁を強めていました。
特に、石油の輸出停止は日本にとって致命的でした。

そのような中、日本とアメリカは戦争を避けるため外交交渉を続けていたのです。

そして1941年11月26日、アメリカ国務長官コーデル・ハルが日本側に渡した文書、それが「ハル・ノート」と呼ばれるものです。

この内容には、日本から見れば到底受け入れられないような要求が並んでいました。

例えば
・中国からの全面撤退
・満洲国の否定
・日本の経済的制限の継続
・日独伊三国同盟の解除 

などがありました。

それはつまり、「日本のそれまでの対外政策の全てを白紙に戻せ」という内容だったのです。

当時の日本政府や軍部にとっては、「これは戦争をしろと言っているのと同じだ」と受け取られました。

ここで、日本は戦争回避の道が閉ざされたと判断して、真珠湾への攻撃を決意するに至ったのです。


※イメージ画像です。


しかし、日本は真珠湾攻撃の前に、アメリカに「交渉打ち切り」の通告、つまり実質的な宣戦布告を届けようとしていました。

この通告文は全部で14部構成になっており、1〜13部まではすでにアメリカに届けられていました。

ところが、最も重要な第14部だけが遅れてしまったのです。

第14部には、日本がアメリカとの交渉を正式に打ち切る、つまり「国交を断絶する」という内容が書かれていました。

外交上は、これが実質的な宣戦布告と見なされるものであり、本来は真珠湾攻撃の前にアメリカ側へ届く予定でした。

ところが、この最も重要な第14部だけが遅れてしまったのです。

当時の在米日本大使館では、この第14部の解読とタイピング作業に手間取り、さらに職員の多くが送別会で席を外していた為、最終的にこの文書がアメリカ側に届けられたのは、攻撃の約1時間後だったのです。

なぜなら、これらは極秘情報だったため、日本本土から電報で暗号化された状態で送られ、大使館内で、解読とタイピング作業(清書)を行う必要がありました。

ところが、その作業が異様に遅れた上、職員達が送別会で不在という不自然な状況が重なってしまったのです。 

これによってアメリカは、「宣戦布告なしの奇襲攻撃だ」と世界中に発信し、日本は”卑怯なだまし討ち”という”悪者”の印象を世界に広められることになりました。

しかし、本当にこれはただの偶然だったのでしょうか。

当時の状況を改めて振り返ってみると、そこにはいくつもの”不可解な偶然”が重なっていたことが見えてきます。

まず、アメリカ側は「日本からの通告文が届くタイミングを把握していなかった」という建前を取っていましたが、実際には日本側の外交暗号は、アメリカの諜報機関によってすでに解読されていたという事実があります。

アメリカは暗号「パープル」という、いわゆるアメリカ側がつけた日本の外交用暗号機のコードネームを既に解読済みであり、通告の内容もおおよそ把握していたとされているのです。

さらに不可解なのは、真珠湾に配備されていたアメリカの主力空母軍が、攻撃当日になぜか1隻も港にいなかったという点です。

空母は海軍の心臓部とも言える存在であり、これらが、たまたま演習や他任務で出港していた、という説明に疑問の声は今も少なくありません。

つまり、最も重要な戦力は無事であり、逆に老朽化した戦艦や下級兵士たちが犠牲になったという構図は、「アメリカが意図的に被害を調整していたのではないか」という疑念を生んでいます。

このような状況を踏まえると、真珠湾攻撃とは「完全な奇襲」だったというよりも、アメリカ政府の一部が、「日本の攻撃を事前に察知していながら、あえてそれを国民に知らせず、戦争の口実として利用した」という見方も浮上してくるのです。

当時、アメリカ国内では「他国の戦争には関わるべきではない」という世論が強くありました。

そこで、国民の怒りを一気に戦争賛成に傾ける”事件”が必要だったのです。

真珠湾攻撃後、アメリカは直ちに日本に宣戦布告し、国民の支持のもと一気に参戦へと舵を切りました。

もし、あのタイミングで宣戦布告が間に合っていたら、あの攻撃は「戦時下の軍事行動」として扱われ、ここまでの大義名分を得ることはできなかったでしょう。

このように見ると「ハル・ノートの第14部の遅延」もまた偶然ではなく大きなシナリオの一部だった可能性があるのです。

実際、アメリカは参戦後、国民の士気を高め、戦争を継続するための資金を集めるために、大規模な国債販売キャンペーンを展開しました。

国債とは、「国が国民や企業からお金を借りるために出す借用書」のことです。

政府はこの国債を売って、戦争の武器や兵士の装備などの費用にあて、後で利子をつけて返す約束をします。

アメリカの戦争国債は、第二次世界大戦中に国民から戦費を集めるために発行され、多くの人が愛国心から購入しました。
そして満期が来ると元本と利子が返され、基本的に全て返済されたそうです。

これは戦争への世論誘導と資金集めのプロパガンダとして大きな役割を果たしたのです。

その代表的な出来事の一つが「硫黄島の戦い」で、摺鉢山(すりばちやま)に星条旗を掲げた兵士たちの写真です。

※イメージ画像です。


この写真は戦意高揚を喚起する場面として全米に広まり、有名なハリウッド映画「父親たちの星条旗(Flags of Our Fathers)」にも描かれているように、英雄視された兵士たちは戦地から呼び戻され、国債を売るキャンペーンに利用されました。

この兵士たちの姿に感動した国民は、政府の呼びかけに応じて次々と国債を購入し、「祖国のためにお金を出すのが当然」という空気が一気に作り上げられていったのです。

この国債キャンペーンを主導していたのは、当時のルーズベルト政権であり、戦争を通して国家が利益を得る仕組みが、既に緻密に組まれていたことがわかります。

このような現実を見れば「戦争とは国家による巨大なビジネス」であり、政治的、経済的に計算された動きがあったことは、今の各国における戦争を見ていても、もはや偶然とは言い難いものがあるのです。

このように、真珠湾攻撃において、日本が「宣戦布告なしに奇襲を仕掛けた」とアメリカが世界中に発信したことで、「日本は卑怯なだまし討ちをした国」という印象が強く定着しました。

しかし、この経緯や背景が広く知られることはなく、戦後の教育やメディア報道でもほとんど語られないまま、アメリカ側の「奇襲を受けた被害国」という立場が強調されてきたため、偏ったイメージが長く残っているのです。

特に欧米圏では、その認識が今でも根強いと言われています。

また、アメリカが実際に行っていた極秘プロジェクトの一部は、もはや陰謀論ではなく、「公文書で証明された歴史的事実」でもあります。

例えば

⚫︎MKウルトラ計画
CIAが1950〜70年代にLSDや催眠、電気ショックを使って、同意のないまま人間の精神を操作する実験を行っていた。

⚫︎プロジェクト•アーティチョーク
薬物や拷問で「人間の心を完全に支配できるか」を研究

⚫︎コインテルプロ(FBI)
市民運動や分断•破壊するため、偽情報や内通者を使って操作していた。

などがあります。

なお、これらのプロジェクトは全体のほんの一部であり、議会調査や公開文書によっても実在が証明されており、実際に被害者も存在しています。

そして、このような、世界的•国家的な操作や陰謀は、決して遠い場所で起こっているものではなく、ピラミッドの頂点から末端へと段階的に広がりながら、最終的には私達、個人の意識や日常そのものを支配していく構造となっているのです。


日常にまで紛れこむ情報操作の影

それはつまり、職場や学校、地域のコミュニティーといった、ごく身近な場所でも日々当たり前のように起こっています。

例えば、罪や責任を他人に擦り付けるような手口は、上記の例のことから国家レベルでも実際に行われてきたことであることがわかりますが、それと同じ構造が、私たち個人の身近な環境である、職場や地域、学校などのコミュニティの中でも日常的に起こっているのです。

そして一見すると、普通の顔をして溶け込んでいる中に、組織から送り込まれたスパイ役や監査役が存在していることもあります。

皆様にとっては信じられないことなのかもしれませんが、彼らにとっては信じさせない、わからせないようにやることが任務でもあります。

その者たちは、ある特定のターゲットの言動を観察し、情報を流し、時には噂や誤情報を広めて周囲からの信頼を崩していくなどといったやり方をすることもあります。

本人は全く何もしていないのに、「あの人はちょっと変だ」「問題がある」といった印象を周囲に植え付けるように周りに言いふらしたり、立ち回ったりします。

そしてそのターゲットを孤立させ、疑念を持たせるような流れを意図的に作り出すのです。

しかも、これらの動きは巧妙かつ断片的に行われるため、周囲も全く気づかずにいつのまにか被害側だけでなく、加害側の流れにも巻き込まれていることがあります。

つまり、一つ一つがまるで無関係な”ただの出来事”のように見えるため、周囲も全く気づかず、本人すらも気づかない場合が多いのです。



私もこれまで、そのような不可解な出来事は数えきれないほど経験してきておりますが、そのごくごく一部の例を挙げるなら

•仲の良かった人が急によそよそしい態度になる
(しかも一人ではなく、別の関係のないグループやコミュニティにまで派生している場合がある)

•自転車を毎日端にわざと移動させられる

•自転車がしょっちゅうわざと倒されている
パンクさせられる、ゴミが入れられている

•水道が突然壊れる

•その後何回も修理しにきても一向に直らない
(修理しにきている人物が組織に属している)

• 郵便物が粉々に破かれてポストに入れられている

といった一見偶然かのように見える、小さな出来事が一度や二度でなく立て続けに何度も続いたりいたしました。その他には

•隣人や上階などの人物が入れ替わり立ち替わり変わる
(普通ではあり得ないほど、頻繁に住人が変わったかと思えば元に戻ったりする、そして不穏な動きが続き、その集合住宅そのものが組織にいつの間にか買収されている)

•趣味の場で嘲笑されたり、嫌がらせをされる

など、挙げればキリがないほどです。

そのような不可解な出来事は、まだまだあるのですが、彼らはありとあらゆる包囲網から、そのターゲットをじわじわと追い詰めていきます。

さらには、ある趣味の領域においても、手を替え品を替え、人を差し向け、ついにはその運営団体にまでも手が伸びることもあり、あまりにもしつこい嫌がらせがその間、繰り返されました。

彼らにとっては、そうしたネットワークや人脈を使うのは”お手のもの”なのです。

そして、さすがにここまで色々なことをされたため、ふとしたきっかけでそのことを相談した人物が、実は向こう側の人物で、その相談した内容を否定された上に、向こう側の味方につくケースもありました。

つまりは向こう側の刺客であったということです。

また、その趣味の団体に属していた色白の若い悪魔憑きの男に至っては、わざとこちらに近づいてきてぶつかってきたり、目が合うとニヤニヤして不気味な笑みを浮かべたり、悪魔憑き特有の非常に気味の悪い行動を毎回繰り返しておりました。

しかし、こういう人物は、得てして相手によって態度を変える二面性があり、自分より立場が上と見なした相手には、媚びへつらっていたようですが、実は多くの人から嫌われていたことには全く気づいておらず、本人は自分が人気者だと思い込んでいた節があったようです。

その上、目立ちたがり屋でプライドが高く、張り切ってその場を仕切っていたようですが、実は周りから鬱陶しがられていたとは思いもしなかったことでしょう。
その為、毎回見ていて非常に哀れでした。

こうした一見周りから見ると、些細な出来事の積み重ねにみえますが、それだけに留まらず、仕事においては、全く身に覚えのないことを一人の悪魔憑きに吹聴されたことで、完全に周りから悪者として扱われ、上司に咎められた結果、退職にまで追い込まれたこともあります。

その出来事は、別のある悪魔憑きの女性が、上司的な立場であるその男性と身体の関係を持つことで、その男性を自分の思い通りになるように操作した結果でもあるのですが、その男性達も皆、悪魔憑きでした。 

彼らは組織単位で見張っている為、その行動は非常に巧妙で、一見わからないような嫌がらせをしてきます。

そのため、こうした操作や介入は、”ただの偶然や勘違いのように見えてしまう”ことがあります。
また、場合によっては、周囲から「神経質すぎる」「被害妄想ではないか」とあたかもこちらがおかしいと思われてしまうこともあるでしょう。

さらには、精神疾患を抱えているかのように誤解されてしまうことすらあります。

しかし実際にこうした現象は、意図的にあたかもそう思わせるように仕組まれているものでもあり、本人が冷静であればあるほど、逆に「何かがおかしい」と感じ取れるものでもあります。

また、先程触れた個人的な趣味の場では、その場所に停めていた自転車を、組織の刺客に意図的にパンクさせられたこともあります。

これは後にこのブログで紹介する、ブゥードゥー教の悪魔憑きの女性の刺客でした。


それは数年前の真夏の夜22時前頃の出来事でした。

仕方なくパンクした自転車を引きずりながら、7キロほどの緩やかな坂道をひたすら歩いて帰ったこともありました。

7キロといえども蒸し暑さと重い自転車の負荷がじわじわと体力を奪っていき、家までの道のりは非常に遠く感じ、1時間半ほどはかかったことを覚えています。

また、その途中で道に迷ってしまい、スマートフォンのナビがうまく作動せず、見覚えのない場所に入り込んでしまいました。
そこは小高い丘のような場所で、小さな倉庫が一つぽつんと建っていました。 
22時頃でしたので、もちろん周囲に人の気配はなく、静まり返ったその中でただならぬ悪寒を感じました。

誰かに助けを求めようと試みましたが、結局誰もつかまらず、最終的になんとか一人で家まで帰宅した次第です。

このような出来事は、この時ばかりではありませんが、これも一見すると、「たまたまパンクしただけ」と捉えるのが普通でしょう。
むしろ「誰かがわざとやったのでは?」などと考える方が、先ほども述べたように”被害妄想のように思われてしまう”のが一般的です。

しかし、何度もお伝え致しますが、彼らは非常にずる賢く、刺客などを使って”周りをも操作できるような仕組みを既に持っている”ことから、このような出来事を”あたかも偶然であるかのように見せること”に非常に長けているのです。

それが悪魔憑きやその背後にいる悪魔崇拝組織によって、ごく日常的に行われていることなのです。

そのため今では、日々送り込まれる刺客の行動や、いかにも偶然を装った”お芝居”の数々にも「今日もわざわざご苦労様です」と声をかけてあげたくなるほどの時もあります。

そしてもはや怒りを通り越して、そのあまりの滑稽さに呆れ果ててしまう時も多々あります。

どうやら、彼ら彼女らの使命は「ターゲットや、神側にいる人々や霊能者を疲労困憊させる」という極めて生産性のない無駄なお仕事のようで、そのためには何十人でも総出で張り付いて、そのターゲットを相手に、ごっこあそびのような茶番を毎日のように繰り広げているようです。

彼らにとってはターゲットが苦しむことが何よりの喜びでもありますし、ターゲットを貶めるほどに組織から報酬を与えられたり、その後の地位や名誉にも関わってくるわけですから、それは必死なわけです。

こちらとしては、

「その努力と予算と時間をもう少し有益なことに使っては?」

「つまらないことで人を攻撃する時間があるのなら、あなた自身のことをもっと見つめ直す時間に費やしてみては?」

と本気で哀れに思ってしまうほどですが、どうやらそこに”理性”や”恥”といった真っ当な概念は通用しないらしく、今日もご立派にご苦労な茶番劇が続いている、というわけです。

また、彼らにとって、人ひとりを追い込むために、管理会社、修繕業者、宅配業者、通信会社、さらには地域の小さな窓口や施設に至るまで、ありとあらゆる経路を通すことは造作もないことなのです。

つまり、金銭、利権、そして立場的な圧力によって、人々の倫理や判断は驚くほど簡単に捻じ曲げられてしまいます。

そしてその結果、そちら側に買収、つまりは取り込まれていく者たちが次々と生まれていっているのが現状です。


そしてこうした組織的な被害者のうち、最も深刻なのは、当の本人ですら「自分が狙われている」とは気づかずに、無自覚のうちに心を蝕まれていくという点です。

例えば、「あの人って、最近ちょっと変じゃない?」などと誰かが言い出した一言が、まるで偶然のように噂になって広まり、本人の知らぬ間に悪い印象だけが一人歩きしてしまったり、ある職場で、誰かの些細なミスが必要以上に大きく扱われ、それをきっかけに信頼が崩れ、居場所を失っていったりもします。


ある悪魔憑き女の狂気

そういった中でも、B級ホラー映画並みに滑稽だった人物がおりますので、悪魔憑きの実態をご紹介する代表的な例として、ここでは触れていきたいと思います。

それは、ブードゥー教やその他色々な悪魔崇拝組織やそれに関係する人物、そして悪魔そのものと関わり持っている、ある悪魔憑きの女性の話です。

彼女には強力な悪魔が、それこそ入れ替わり立ち替わり種類を変えながら、出ては入ったりを繰り返しておりましたので、その被害状況は凄まじいものがありました。

そして、その行動はもはや常軌を逸脱しておりました。

まさに先ほども述べたように、B級ホラー映画のようなキャスティングにはなりますが、「事実は小説より奇なり」という言葉があるように、現実とは時にフィクションの世界よりもずっと悪趣味な展開を見せてくれるようです。

さかのぼると、彼女とその夫、そしてその夫婦の子ども2人がその物件に引っ越してきたのは、私がそこに住み始めて数年が経った頃のことでした。

ですが実際には、私が引っ越した先の物件を突き止め、私とその周りを監視する目的で目と鼻の先にあるその物件に、意図的に後から移り住んできたのです。

様はこのようなことを聞いてドラマの中だけにあるような、到底信じ難いことだと思う方もいるでしょうが、悪魔憑きとは得てして、執着心と粘着質な性質が異常なまでに強いものです。
いわばストーカーの強力版のようなものです。

彼女のその異常な粘着気質を、もっと建設的なことに使えば人生も変わるのに、と常に思うものですが、もちろんそのような気はさらさらないようで、むしろそのエネルギーは全て「他者への執拗な嫌がらせ」に注がれていたようです。

そして、そんな彼女の趣味というものは、もはや日課と呼ぶにふさわしいほど日常化しており、隣近所の盗聴、盗撮を通して他人の暮らしを覗き見し、その内容を見たり聞いたりしながら、ニタニタと笑みを浮かべるという、常人には理解し難い不気味な行動をしておりました。

そしてその中で自分の有益な情報を得て、特定の人物をターゲットに定めて動いていた様子も見受けられます。

そのため、彼女にとって、盗聴器をわからないように設置することなどは、これまでの組織の中での経験から培われた一種の得意技でもあったようです。

要するに、日々の周りの人々への監視とそれに付随する様々な行動や関わりは、彼女にとっては日常の中心であり、それがまさしく彼女の生きる活力と歪んだ使命感でもあったようです。

そしてその情熱は学校や地域にまで拡大していきました。
自らPTA活動に積極的に関わり、その実績と名を売っていたようです。
そして校長や学校関係者まで手を伸ばし、じわじわと距離を縮めることで、自身の影響力を広げていったのです。

そのため、校長を操ってクラス替えにまで口を挟み、狙っているターゲットの子どもと自分の娘、もしくは息子を同じクラスにし、そのターゲットの情報を自分の子ども達から得たりもしておりました。

また、彼女の娘においては、学校の宿泊体験学習中に、黒魔術が込められた飴を特定のクラスメイトに配っていたようですが、その飴を食べたクラスメイト達が黒魔術にかかっていく姿をみて、彼女だけでなく娘自身もニタニタして喜んでいたようです。

悪魔憑きとは得てして、人の不幸が大好きですから、人が傷ついたり、嫌な目に遭う事に対して強い興奮や快感を覚えたりもいたします。

そしてまた、彼女に至っては、小学生の頃から今と同じやり方で、見に覚えのないことを周りに言いふらしてそのターゲットが皆から無視されるように仕向けたり、陰で集団リンチをしたりと、陰湿ないじめを繰り返してきたようです。

そして、他人のパートナーや好きな男性を奪うことはもちろんのこと、悪魔の影響でとにかく下半身にだらしなく、異常なまでに色欲に溺れていた為、様々な男性、時には女性、老若男女問わず見境なく身体を重ねることが、一番の生き甲斐でもあったようです。

そしてこのような裏では、様々な人物がターゲットにされ、酷い時には黒魔術がかけられたりして、巻き込まれていきました。

もちろん、それにより、命までも落とした人々も数多くいます。

ですが、表向きは全くそんなことを感じさせないのが、悪魔憑きの非常に狡猾で厄介なところでもあります。

むしろ悪魔パワーをばら撒くことで、周りを信じさせ、あたかも自分が正義でこちらが悪者というように見せる能力にも非常に長けております。

また、彼女には14人もの異父・異母兄弟がいるようで、ある日は姉、ある日は末っ子、などというように一時期は日替わりで私の目の前に姿を現してきたこともあります。

ある時は都市部の地下道で、ある時は役所で、ある時は電車の座席の前に座っている、などというように、今日は長女、今日は末っ子、今日は5番目、などというように毎日のように姉妹総出で出現してくださり、それはそれはご苦労様なことでした。

彼女達にとっては、毎日楽しく賑やかな作戦会議だったことでしょう。

ここまで見事なまでの分業体制で、それぞれがそれなりに役割を持って演じてくださっているわけですので、いささか感心したものです。

そして日常では、彼女は夫と共に詐欺を働いて、老人やその他、資産のある家などから、人を騙しては大金を巻き上げていたようです。

その上、彼女は水商売や男性との肉体的な支援関係を通じて収入を得ていたようですので、金銭面でそれなりに器用な立ち回りをしていたのでしょう。

夫も同じく彼女に似て悪魔憑きなのはもちろんなのですが、同じく詐欺、横領、気に食わない人物を消す、悪魔儀式への参加、など、夫婦揃って似たもの同士なのは言うまでもないことです。

また、後々、私の隣人ともその悪魔憑き夫婦は繋がるようになりましたので、両者の家庭は互いに連携プレーを取りながら、情報交換しつつも日々、見張っていたようです。

ちなみに、その隣人家族の奥様もまた、表向きは人当たりよく、穏やかに暮らしているように見せながら、この方も盗聴盗撮を日常の趣味としていたため、そういった意味でも、似た者同士で気の合う間柄だったのかもしれません。

そして、悪魔崇拝組織の人間というものは、乱交やスワッピングなどを通して悪魔パワーを吸収しようとします。

もちろん、そのブゥードゥーの女性も隣人もその夫達においても、不特定多数の相手との乱交やスワッピングは日常茶飯事でした。

悪魔の中には、性欲を司る存在もおり、それらが憑くと、相手の性欲を異常なまでに高め、理性を失わせて見境なく関係を持つようになります。

そのような性的行為を通じて悪魔のパワーをばら撒く者も存在しておりますが、彼ら彼女達はその典型的な例だと言えるでしょう。

その為、彼女達と乱交やスワッピング、性交渉をした人々は、魂自体を悪魔の血で汚され、何らかの方法でその悪魔の血を浄化する霊的措置をとらない限り、悪魔によって魂を拘束され、正常な運命を辿ることはできなくなります。
しかし本当の意味で、そのような措置ができるのは、ほんの一握りの霊能者のみなのです。

そして、そういった意味でも彼女たちと肉体面で関わった被害者の数は、間接的に関わった人々も合わせると、非常に多くいるということなのです。つまり、ある1人が悪魔憑きと性交渉することで、その人に悪魔が憑依することになりますから、その人がまた他の人と性交渉すると、また悪魔が憑依してしまうということになります。

ですので、悪魔憑きとの性交渉は非常にリスクがあるということです。
誰彼構わず、性交渉をすることは性病のリスク以上にそのようなリスクがあるということを、どうか心に留めておいて頂きたいと思います。


また、彼女はある時は私が留守の間に、家の敷地内に業者を装って侵入し、不幸の木を植えていったこともあります。

そしてそれは一度だけではなく、何度も何度も侵入しては、悪魔のパワーをその土にばら撒いて帰る、ということも繰り返しておりました。

とにかく自分の痕跡を残し、ターゲットをどうにか潰すことに執念をかけていたようです。

そしてまた、このような行動は、本来なら不法侵入として警察沙汰にもなるものですが、こうした工作は組織が関与しているため、足がつかぬように巧妙かつ周到に行動するため、外からは異常な出来事に見えないように、予め仕組まれているのです。

組織の人間達はこのような行為も平然と行います。

彼らには特殊な技術もありますから、周りに気づかれずにこうした不法侵入を繰り返すことなど日常の一部のようなものです。

彼女はそうやって周りを操って味方につけ、異常なまでの刺客を使って日々行動、監視してきたわけです。

そのため、先程述べた、趣味の場での嫌がらせ、自転車のパンクやその他は、全てではないもののほとんど彼女の刺客が行ってきたものでもあります。

彼らはどこにいようと、地の果てまででも追いかけてくる執念深さだけはあるみたいですので、ある意味、本当に感心するほどです。

どこからともなく湧いてきては、わざとぶつかってきてニタニタしてきたり、道端で突然暴言を吐いてきたり、時には中指を立ててきたり、ある時は刺客の子どもに対しても指示をして、嫌がらせをしてくるくらいですから、本当に大した連携プレーで拍手すら送りたくもなります。

また、彼女は数十年前に起きたある毒物混入事件にも実は深く関わっているのですが、別の人物が犯人に仕立て上げられ、今も獄中でひっそりと生きております。

組織が動けば、冤罪もお手のものです。
彼女は当時、まだ未成年でありながらも、彼女の親が組織の上層部であったため、表沙汰にならなかったようです。

そして今も真実は闇の中です。

この事件では、多くの犠牲者が出ましたが、彼女自身は、報道を見ながらニヤニヤ薄ら笑いを浮かべていたようです。

あまりにも非現実に聞こえるかもしれませんし、そう捉えられるのが普通なのかもしれませんが、悪魔憑きを長年見てきた私からすれば、さほど驚くことではありません。

悪魔憑きとはそういったことを通常運転でこなし、常識や理性などは全く通用しないからです。

実際、彼らの行動は個人の奇行という域を超え、周囲を巻き込みながら、計画的にかつ組織的に展開されていくことがほとんどです。

そのため、組織とはあらゆる派閥が存在し、中には敵対している派閥こそはあれ、力を持っている組織の幹部クラスまでとなると、他の組織の人物ともコンタクトをとって連携していくことももちろん可能です。

一人ひとりが独立して動いているように見えて、実は背後ではしっかりと連携が取られており、あらゆる角度からターゲットを包囲していくのです。

そうして、次第に数多くの味方、つまりは刺客たいを取り囲み、周囲全体を使って監視の網を張り巡らせていくのです。


それは巨大な蜘蛛の巣の中にいるかのようで、ターゲットの精神をじわじわと追い詰めていくことが目的の一つでもあります。
しかも表向きには善意の行動のように偽装することに非常に長けています。


実際に組織的な被害に苦しみ、人間関係の悩みから人間不信になられる方も後を立ちません。


何かおかしい、と感じた方がいれば、すぐにココナラ様よりご相談ください。決して他人事ではありません。
そしてまた、このような組織的な介入や操作は、何も現代に始まった話ではないことが、先ほど述べた、ハル・ノートの件からもわかりますが、そうした「支配の構造」はもっと遥か昔の日本という国が形成される以前から「神の名」のもとに正当化され、受け継がれてきたのです。

実際、その原型とも言える支配の物語が、古代神話の中に描かれています。



「神の名」を借りた支配ーー遥か昔から続く構造

その中でも特に注目されるのが、「国譲り神話」として語り継がれている、”天孫族(てんそんぞく)と出雲の神々との間で起こった”とされる出来事です。

「国譲り神話」とは、「古事記」において、”出雲の神・大国主命(おおくにぬしのみこと)”が治めていた国を、”天照大神(あまてらすおおみかみ)”の命をうけた「天孫族(てんそんぞく)」が地上に降り、それを譲り受けた(=国を支配する権利を得た)とされる神話です。

一般的には「平和的に譲られた」と解釈されるこの物語ですが、実際の記述をよく読むと、天孫族は何度も使者を送り、時には武力をちらつかせ、最終的には力による威圧を持って出雲側を屈服させている節が見受けられます。

つまり、この「国譲り」は単なる美談ではなく、本来の土地の神々の力が押さえ込まれ、新たな支配構造、すなわち、「天孫族による統治が押し付けられた」とも解釈できるのです。

こうした背景から一部の研究者や口伝では、国譲りはむしろ”天孫族の乗っ取りや侵略”だったのではないか、という見方も存在しているのです。

以前のブログでは、弥生時代に灌漑稲作が伝来したことで、それまでの縄文的な共生の暮らしが変質し、土地や水利をめぐる争いが発生し始めたこと、そしてそれがやがて「倭国大乱」へと繋がっていった経緯について触れました。

※こちらをご覧下さい↓
この変化の背後にあるのが、まさに今回取り上げている「天孫族=渡来系の勢力」であったと考えられます。

彼らは灌漑農耕や鉄器の技術と引き換えに、それまで日本にあった精神的・文化的な基盤、すなわち自然との共存を大切にする縄文的な価値観を徐々に塗り替えていったのです。

その過程で起きたのが、出雲の神々との「国譲り」であり、さらにそれに続く「7代目大国主」とも言われる「八千矛王(やちほこおう)」の暗殺、そして”神の霊統の断絶であった”という視点もまた、現在に至る「見えない支配構造の原点」と捉えることが出来るのかもしれません。

つまり、”天照大神”という神の名を借り、天孫族という「正当な神の血筋」を、装っていた存在
ーーそれこそが実は、外部から入り込んできた悪魔的勢力だったととらえられます。

彼らは神を名乗りながらも、本来の日本にあった共生の価値観を塗り潰し、支配と統制による体系を築き上げていきました。

そのように考えると、これはまさに「神の名のもとに行われた乗っ取り」とも言えるのです。

また、先ほど述べた“7代目大国主”と言われた”八千矛王”の暗殺については、「日本書紀」や古伝、また一部の口伝によれば、天孫族側の命を受けた「建日刀禰(たけひなどり)」という人物によって命を奪われたとされています。

これは単なる政変ではなく、”出雲系の神の霊的な血統を断つ意図”があったとも考えられています。

さらに興味深いのは、この時期に絡んで登場する人物「徐福(じょふく)」の存在です。

徐福は秦(しん)の始皇帝(しこうてい)の命を受けて不老不死の薬を求め、日本へ渡来したと伝えられていますが、一部の説では、実はこの徐福こそが、”渡来系の勢力(=天孫族)の霊的・政治的な中核に深く関与していたのではないか”、と言われています。

つまり、表向きには「文化や技術をもたらした渡来人」として描かれながらも、その実態は、「古来の神々の血統や精神性を塗り替え、出雲的霊統を消し去るために送り込まれたスパイ的な存在だったのではないか」という視点です。

このように見ていくと、単なる神話の一場面や文化の変化では片付けられない、明確な乗っ取りや書き換えの意図が古代から存在していたことが浮かび上がってきます。

そしてその書き換えの意図が端的に現れている例の一つが、「古事記」や「日本書紀」の成立です。
実際、この二つの神典は、飛鳥〜奈良時代(8世紀初頭)に、中央集権国家としての体制を確立するために編纂された国家プロジェクトでありわそこには明確な「目的」と「構成方針」が存在していました。

その一つが、「天孫族を正統な支配者とする神権的な歴史観」を確立することであり、もう一つは、それ以前に存在していた出雲系や縄文的な霊統や精神文化が歴史の表舞台から徐々に遠ざけられ、重要視されなくなっていったという点にあります。

なお、このような歴史の「書き換え」や「乗っ取り」の動きは「古事記」「日本書記」に留とどまらず、それ以前に存在していた本来の歴史や霊統を伝える古史・古伝・古文書の数々が、意図的に焼却・破棄されていた可能性も各地に残されています。

例えば、江戸時代の国学者・平田篤胤(ひらたあつたね)や本居宣長(もとおりのりなが)などの記録を辿ると、本来の「出雲系の口伝」や「日高見国にまつわる伝承」などが、朝廷や幕府の命によって封印されたり焼かれたりしたという記述も散見されます。

また、「秀真伝(ホツマツタエ)」「竹内文書(たけうちもんじょ)」「九鬼文書(くかみもんじょ)」「上記(うえつふみ)」など、いわゆる
「偽書」とされながらも、古代日本の異なる霊統や、天孫族とは異なる神々の系譜を伝えている文書群の多くが「危険思想」として焚書や禁書扱いされてきた歴史があるのです。

なかでも、「竹内文書」には「大国主命(おおくにぬしのみこと)の系譜が天孫族とは別に続いていたこと」や、「神武天皇以前に既に世界を治めていた皇統が存在した」といった記述があり、これらがもし正史として広まれば、今の支配構造そのものが覆る可能性があったため、意図的に隠されてきたと考える人も少なくありません。

つまり、古代から行われてきたのは、ただの編纂ではなく、どの神を残し、どの神を消すかを選別することで、「未来に残す価値観や霊的構造を意図的に操る行為だった」ともいえるのです。

また、出雲の神「スサノオ」もまた、記紀(古事記と日本書紀)の中で意図的にすり替えられた存在の1柱だと考えられています。すさのお

本来、スサノオは出雲王朝の祖神であり、地霊・水神としての性質を持ち、地母神との繋がりの中で自然や風土と調和する力を持つ神でした。

ところが、天照大神の名を借りた天孫族という外来の神権勢力が現れ、出雲の霊的中枢を掌握していく中で、古事記の物語をご存知の方ならよくわかると思いますが、「高天原(たかまがはら)で乱暴を働いたため、その秩序を乱す存在として地上に下された神」という良くないイメージにすり替えられていきます。

この構図は、「出雲王朝 対 天孫族」としいう”古代日本の内なる征服”を浮き彫りにしています。

つまりそれは、「縄文系の先住勢力(出雲)と外部から渡来した弥生系勢力(天孫族)」との対立構造でもあったのです。

そして支配される側の神を”劣ったもの”や”反逆者”として書き換えることで、「精神的・霊的な序列の逆転を正当化していく」という手法が取られました。

実際、世界各地の神話でも、征服民族が先住の神々を「邪悪」「粗暴」「未開」などと再定義する例は数多く見られます。

それは神だけでなく先住民にも同じことが行われてきました。アメリカ先住民なども、まさに同じ構図の中で、文化や神を奪われた存在です。

また実際に、日本の正史とされる記述には「空白の300年」という不自然な期間が存在します。

具体的には、「神武天皇の即位(紀元前660年)」から「崇神天皇(紀元前97年頃〜)」までの約300年間ーーこの間にあたる天皇たちには、考古学的、文献的な裏付けが乏しく、実在性が極めて不確かだとされているのです。

この期間が空白になっている理由の一つとして考えられているのが、「天孫族(渡来系勢力)が支配権を確立するまでの間に、別の正統や霊統が存在してしていた」という可能性です。

例えば、出雲系や縄文的な霊統による統治や文化が、この時代に根強く残っていたにも関わらず、「後の「正史」の編纂によって、あえてその痕跡が書き換えられ、あるいは無かったことにされたのではないか」という見方も一部の研究者や口伝によって伝えられています。

つまり、この「空白の300年」とは、”正史とされたもの”の都合によって塗りつぶされた、本来存在した霊的・文化的な日本の記憶だったということにもなります。

そしてそれは、現代における神の名を借りた偽りの組織、つまり「神を語るが実際には悪魔的な構造を持つ勢力による巧妙な精神支配の始まり」だったとも言えるでしょう。

そしてそれこそが、現代にまで続く「見えない支配構造」や「情報操作」の原点の一つであり、私たちが”当たり前の歴史”として教えられてきたことの中にも、「何を伝え、何を隠したのか」という視点で見直すべき部分が、少なからず存在しているのです。

次回に続きます。