さて、同じ学校の後輩たちが、アラスカの山、デナリ山(旧名マッキンリー山)に挑戦し、無事に下山、その後、アンカレッジで会うことができました。 
 彼らに会う前日、わたしはアンカレッジで日本へのお土産の買い物にいそしんでいました。仕事を長い間休んだので、職場の人たちへのお土産品を購入していたのです。いろいろ迷ったのですが、アメリカのお菓子類は日本人の口に合うか微妙だし、かといって、キーホルダーやマグネットなどの雑貨は趣味もあるし、、最終的には、アラスカの「海の塩」をたくさん買っていくことにしました。塩なら、アラスカの現地らしさもあるし、「わたし、塩が苦手で。」って人は聞いたことがないし、どなたでも、汎用性が高いし、何かしら、使うでしょう、と思ったのです。このときは、「塩って、ちょっとセンスある土産物だわ、」くらいに思って、アンカレッジ中のおみやげ屋さんを7件くらいまわり、50個以上の袋や瓶を買い占めました。

 その翌日、アンカレッジで後輩たちと落ち合ってから、シアトルに向かう予定でした。空港に行く前に、6000m級の山に挑戦した後輩たちをねぎらい、アラスカサーモンのお昼を一緒に食べました。アラスカサーモン、、いわゆる焼き鮭に慣れてるわたしには、本当にふわっとしていて、こんなに美味しいものなんだ、と感動しました。後輩たちの貴重な登山の体験談に聞き入り、これまたしみじみ感動しながら、本当にアラスカに来てよかった、と心底思いました。

 空港に行く道すがら、スーツケースをゴロゴロ転がしていたわたしでしたが、大量の塩が入った状態、中身が重すぎたのか、キャスターが壊れてしまいました。いやー、、キャスターの壊れたスーツケースを運ぶって地獄ですね。。後輩たちは、デナリから下山したばかりで大変おつかれだったのに、わたしのスーツケースを空港へのタクシーに乗り込むまで、かわるがわる運んでくれました。ほんとにありがとさんです。

 ときに、おみやげに大量の塩を買い込んだわたしでしたが、じつはスーツケースに全部入りきらなくて、三分の一くらいは、手荷物のバッグに塩を入れて、空港に向かっていました。わたしが、今回の旅で、気乗りしなかったのに旅に出てしまった影響が、1番強く出たのがこのときでした。今なら、こんな無防備で間抜けなことはしなかった、と言い切れるのですが、「飛行機の手荷物に入れてはいけないものリスト」に、たしかに、「塩」は入っていなかったものの、、よく考えたら、見た目上、怪しまれるに決まってるのに、、、このときは、頭の中は、「機内食にも塩胡椒の袋や瓶がついてくるくらいだし、ぜんぶ密閉されてて、ちゃんとsaltってラベルに書かれてるし平気でしょ」くらいの浅はかさでした。

 重たいスーツケースをチェックインカウンターで預けてせいせいしたところで、手荷物検査場へ。。。そこで、今回の旅、最大のトラブルがおきました。数々の塩は、「unidentified object」ということで、わたしだけ、引き止められてしまい、全部の塩の袋と瓶を開封され、試薬をちょっとずつたらして、アヤしい麻薬ではないと証明されないと、そこを通過できなくなりました。全おみやげの3分の1くらいの量とは言っても、20個近くの数の塩の袋や瓶があったので、、、判定にも、ものすごく時間がかかってしまいました。もちろんあやしい粉ではないため、、当然無実ではあるのですが、、、1番まずかったのは、、検査を一袋ずつやるうちに、わたしの乗るはずだった飛行機が飛び立って行ってしまったことでした。。 
 ようやくすべての塩の検査が終わったときには、わたしは乗り遅れた飛行機のことで頭がいっぱい、安いチケットでしたので、日本でチケットを買ったときに、代理店の人に、「このチケットは、いかなる理由があっても、搭乗する便の変更はできませんからね。」と何回も何回も念を押されたのが甦ってきて、絶望的な気持ちになりました。

 なんとか便を変更できないか、検査を通り抜けたところに、予約変更用のPCがあったので、トライしたのですが、やっぱりわたしのは「予約変更はできない」と画面に出てきました。「これは、人がいるカウンターに行って交渉しなくてはダメか?」と、悩んだ末に、せっかく通り抜けた手荷物検査場から、また外に出ました。

 でもやっぱり、外の、航空会社のカウンターの係りの人も、「予約変更はダメです」の一点張りでした。あきらめて、「新しく航空券を買い直す」、と考えただけでクラクラしましたが、、、もう一度、ダメ元で、航空会社のカウンターを変えたら、そっちの人は、あっさり変更OKしてくれて、すぐ次の便を手配してくれました。「やれやれ、ラッキー!」、と思って、また手荷物検査場に入ったら、またさっきの検査官と同じ人がいて、「同じことを最初からやり直しになります。決まりなんで」と言って、最初っからまた、全部の塩を開封して、まったく同じ検査をやり始めたのでした。。。
 そうこうするうちに、またつぎの飛行機の搭乗時間が迫ってきて、めちゃくちゃに焦りました。「わたしはここで無限ループを繰り返すのか?」と思いました。でも、搭乗10分前に、やっとまた検査がおわり、やれやれ、と思って搭乗口に向かっているときに、「はて、わたしのスーツケースはどこに行ったのだろう?」とふと思い出しました。前の便に乗り遅れたので、「もしかして、前の飛行機に乗って、行ってしまったのかな!?」とまた焦りました。

 すぐにスマホで調べたら、飛行機に乗り遅れた人の荷物は、「先に預けるスーツケースに、爆発物を仕掛けて、わざと自分だけは乗らない。」というテロを防ぐため、「乗ってない」とわかった時点で、その人の荷物は降ろす決まりになってる、それをやってないとしたら、よほどずさんな航空会社だ、と書いてあったのですけれど、、塩で騒ぐような航空会社、果たしてわたしの荷物を降ろしたのか?、乗っけて行っちゃったのか?、どっちかなあ?と思いました。

 そのとき、もうあと5分くらいで搭乗時間でした。わたしのスーツケースだけが、その空港に取り残されている可能性がありましたけど、、またこの便をあきらめて予約変更するにも、頭の硬い人に当たったら、まためんどくさいですし、、、貴重品はぜんぶ身につけてるし、スーツケースの中は、着替えとかお土産、洗面用具だけだし、、最悪の場合、荷物は諦めようと思って、自分は飛行機に乗りました。 
 離陸してから、やっぱりちょっと気になって、機内のCAの人に事情を説明したら、「調べてあげる。」とニコニコ言われ、10分くらいで戻ってきて、「前の便から予約変更して、この便に乗っている時点で、スーツケースはこの便にちゃんと乗せ直しているから安心して。」とまたニコニコ言われました。わたしは一瞬、すごく嬉しくなったのですが、「何の手続きもしてないのに、そんなすばらしいことってあるのかな?」と疑いの気持ちを抱きました。

 シアトルでその飛行機を降りて、ベルトコンベアーで荷物の出てくるところにいましたが、待てど暮らせどわたしのスーツケースはやっぱり出てこず…。係りの女性が、「この便の荷物はこれで全部、おわりよ。」と立ち尽くしてるわたしに言ってきました。わたしは、絶望的になって、それから、スーツケースが行方不明になった人のためのコーナーに連れていかれました。結果から言うと、乗り遅れた便で、スーツケースだけ、わたしより先に空港に到着していて、本当にホッとしました。

 これまで何回か、海外旅行に行きましたが、自業自得とはいえ、こんな目に遭ったのは初めてでした。

 そんなわけで、せっかくのお土産の塩が、開封されてしまったのですが、親しい人には、事情を説明したら、笑い話として、開封された塩を受けとってくれました。

 いま振り返ると、この一件が今回の旅の山場でしたね。。帰ってきて兄に話したら、「共産圏だったら、間違いなく裁判なしで運び屋確定、連行されて死刑だろ。」と呆れられました。

無事帰ってこられて嬉しいです。