多作の背景を、葉室さんは「スタートは遅いわ、残り時間は少ないわで…」と説明し、「でも今は、六十代というのは結構面白い時期だと思っていま す。五十代は会社でも家でも責任をとらされることが多いけれども、六十代になるとそういうことから解き放たれて、自分自身を楽しめますから」と続けた。
デビュー作「乾山晩愁(けんざんばんしゅう)」で天才絵師・尾形光琳(こうりん)と弟の乾山の関係に迫った葉室さんは、この種の芸術もののほか、 史実を踏まえた歴史小説と武家ものの時代小説を書いてきた。歴史小説では九州柳川の武将立花宗茂の生涯を描く『無双の花』や高杉晋作が主人公の『春風伝』 などを発表しているが、最も多いのは松本清張賞を受けた『銀漢の賦』や直木賞受賞作『蜩(ひぐらし)ノ記』をはじめとする武家小説である。
「武家小説は藤沢周平さんがつくりあげた世界で、小藩の武士たちの生き様を描く。私は地方紙の記者をしていましたが、藤沢さんも若いころ業界紙の 記者をされていて、何か通じるものを感じます。小藩というのは、今で言えば、あまり大きくない企業の中での人間模様で、その中に託してこれまで自分が生き てきたことはこういうことだったのかなあと書くわけです」
昨年十一月刊の『潮鳴(しおな)り』は、武士道の美学が強調された『蜩ノ記』と同じ豊後・羽根(うね)藩を舞台にした武家小説だが、かなり異色で ある。酒席での失態からお役御免となり、酒と博打(ばくち)に明け暮れるようになった伊吹櫂蔵(かいぞう)が、藩にだまされて切腹した弟の無念を晴らすた めに再起を果たそうとする物語。「落ちた花は再び咲くことができるか」というテーマは、慕っていた武士に弄(もてあそ)ばれた末に捨てられ、言い寄ってく る男に体を売るようになったお芳にも重ねられる。彼女は海に入って死のうとした櫂蔵を助け、どんなに辛(つら)くても生きなければならないと教えるのであ る。
「若い時はサクセスストーリーだけが人生だと思いがちですが、私らの年齢になると、むしろ人生は負けた後から始まるのではないかと思えてくる。落 ちた花は二度と咲くことはないけれども、咲かそうとする努力は美しい。確かに『蜩ノ記』には武士としての生き方が強く出ていて、女性の視点がなかった。そ の意味で『潮鳴り』は、女の人の物語だとも言えますね」
女性といえば、最新作の『山桜記』は、朝鮮の戦地にいる夫に送った手紙が博多の浜に打ち上げられたことから秀吉に召し出された武士の妻や、九州島 原の大名有馬家に嫁いだキリシタンの公家の娘など、戦国から江戸期に生きた女性を描く全七編を収録。男性 の勝者の視点でつくられた正史には表れない、もう 一つの世界が見えてくる。
華やかな光琳の影の存在であった乾山を主役にして出発した葉室文学の魅力は何か。それは脇役の魅力である。『潮鳴り』のお芳がそうだし、『銀漢の 賦』では政敵を倒して藩政を動かす松浦将監(しょうげん)よりも、鉄砲衆の藩士で井堰(いせき)造りに励む日下部源五に惹(ひ)かれる。権力者の横暴に耐 えながら自らの信ずる道を進む儒学者広瀬淡窓(たんそう)を描いた『霖雨(りんう)』でも、商人として働きながら淡窓を支える弟の久兵衛の生き方に感銘を 覚える。
「私自身が派手な人間ではありませんから、地味な立場の人の気持ちがよくわかるのです。社会というのは一人の英雄とか豪傑がつくっているのではな く、普通の人が寄り集まって、なんとかかんとか支えている。目立たなくても自分のやるべきことをきちんとやる。結局私は、普通の人が普通に努力して生きて いくことが一番大切なんだというごく単純なことが言いたくて書いているんですね」。葉室さんの作品が持つ温かみと読後感の良さ、その理由が理解できたよう な気がした。 (後藤喜一)