明け方近くなって、ようやく鎮火しました。

遠目に見たら、家の外観はそのまま残っていて、火事にあったとは見えないのだけれど、中は真っ黒に焦げていて、もう住める状態ではありません。


全焼でした。

原因は、1階和室の電気ストーブだったらしく、火元に居た義父は、逃げ遅れて亡くなりました。


夫の単身赴任中にこんなことになってしまい、留守宅を守りきれなかったこと、私は責任を感じています。



そして、義父を助けられなかったことも。



私も息子も娘も

自分たちだけ助かってごめんね

心の中にそんな思いを感じています。



あの時こうしていたら…

もっと早くああしていれば…


たら…れば…で

後悔ばかりです。


我が家の火事の報道は、怖くて見ないようにしていましたが、けっこう何度も報道されたらしく、ニュースを見たと言って知人から連絡がありました。




ルリさんが助かって良かった~!


友だちにそう言われて


あぁ、助かって良かったんだなぁ…と、ホッとしました。



火事から何日が経って、ネットで我が家の火事のニュースを見たら、近所に住む男性へのインタビューで


火事だ!という声が聞こえて目が覚めました。と応えていました。


あぁ、あの時シーンと静まり返った中、大声で叫んだ私の声に気づいてくれたんだなぁ…よかったと思いました。



火災のあと、家の中に入ってみると、

居間に置いた仏壇は、所々黒く焦げてしまって、中の電球も溶けてしまっていましたが


トシちゃんのお骨は、少し水をかぶっただけですみました。


お位牌もススで黒ずんだけれど、焼けませんでした。


遺影は額縁のガラスは割れてしまっていたけれど、写真は大丈夫でした。



白木の御本尊様は、真っ黒けになってしまったけれど、焼け残りました。


身を焦がしてまでも、阿弥陀様が護って下さったのかな?と感謝しています。




今回のことで、とっさの時はお骨を持ち出せないことがわかりました。


義父の納骨の時に、トシちゃんのお骨もお墓に入れました。



いつも一緒で、片時もそばから離したことのなかった子です。

納骨の際は悲しくて寂しくて、涙が出ましたが、納めるところに納めてあげてホッとした気持ちもあります。



火災の後始末と、義父が突然亡くなったために相続のことなどもあって、夫は横浜の会社を辞めてこちらに戻って来ました。



家も何も燃えてしまって、喪失感しかないのに、やらなきゃいけないことが山積みで、先は見通せません。


とりあえずは、今やらないといけないことを1つずつやっていくしかない状態です。


まさかこんなことになるなんて…


と、涙が突然流れる日もあるけれど、偶然娘が起きていて火事に気づけたこと、私たち3人が無事でいれたこと、大事なものが焼けずに済んだことなど、今はなるべく不幸中の幸いだったことを心に持っていようと思います。