「ちゃんと年相応の対応をしなくてはいけない」

 

頭では充分にわかってはいたけれど

 

大きくなっていく体格に対して

 

アンバランスな知的の成長故に

 

幼子のごとく無邪気で素直な息子が

 

たまらなく可愛らしく思えて

 

「トシちゃん、お母さんのお膝に抱っこ」

 

と言ってみた。

 

はて?トシはどうするんだろう?と思っていたら

 

息子はためらいもなく、素直に私の膝に乗ってきた。

 

安心しきって私に身を任せているのがわかる。

 

後ろから息子のお腹にギュッと手を回す。

 

愛おしさが、手のひらを通して私の全身にあふれてくる。

 

「トシのことは、母親の私が何でもわかってる…」

 

そう思ったのは、今からもう10年近く前

 

息子が中学部1年生になった春のことだった。

 

 

 

その後、間もなく息子は思春期に入り

 

彼なりに大人の階段を上り始めたのだろう。

 

それ以来、母の「抱っこ」に答えることはなくなった。

 

 

 

 

毎晩、仏壇に夕飯を供え

 

般若心経をとなえた後、息子に語りかけている。

 

昨日は

 

「お母さん、またトシちゃんを抱っこしたいな」

 

そんなことを自然と語りかけていた。

 

語りかけながら

 

あの日の息子の笑顔と体の重みと、温もりを

 

思い出していた。

 

 

 

「抱っこしたい!」

 

「抱っこしたいのに…」

 

 

なのに

 

何故にもう二度と抱きしめることが出来ないの?

 

 

 

そう思ったら

 

 

 

墨汁のような、真っ黒い闇が

 

私の回りを取り囲んで

 

重く、苦しく

 

そのまま沈み落ちていった。