2年前に、病気になった。
治療をして一旦は、治癒しあとは定期的な検査を受けていた。
それが、今年になって再び、病が動き始めた。
私は、折れそうになった。「生きている輝き」がほしかった。
毎月定期的に受診するたびに、外にそれを求めた。
この数ヶ月間、いろいろな心の旅をした。
これまでの私には、ありえなかった、楽しい旅もできた。
でも、その旅も終わりになった。
夫は、それを黙って何も聞かずにいてくれた。
今日、ブルーベリーを摘みながら、
「もう、充分生きてきたから、そんなに生きる意味ってないかも・・」というと、
「それは違うでしょ。まだ、生きる意味はたくさんある。」という。
「何があると思う?」と聞くと、
「病気があっても,年をとってもできる社会貢献があるはず・・」と。
いつの間にか、自分の為だけに「生きる意味」を探していた。
病気があっても、年をとってもできる社会貢献って、
それは、「他人のために生きること」なのかな。
「これまでやってくれてた両親の介護だって、君がやっている仕事だって
僕や、誰かの役に立っていると思うよ。」と。
「病気があって仕事ができなくなったとしても、そういう君ができる役割はあるはずだよ。」
すごく、シンプルだけどできるかな。この私に。
光を与えてもらった気がする。