真知子の葬儀や、様々な手続きを佐伯さんが、取り計らってくれた。母を失えば、天涯孤独な拓也だったが、教会で執り行われたお別れのミサには、拓也の知らない、真知子と関わりのある人達が、たくさん集まった。一人一人が、そっと、拓也の所へやってきては、

「お母さんから、たくさんの勇気を貰った。何か困った事があったら、いつでも電話して」

電話番号の書かれた小さなメモを渡して行くのだった。ほぼ、何もできなくなっていたはずの真知子なのに、名誉も資産も、何も持たない真知子だったのに、拓也は、意外な思いがした。

 

 懐かしさと悲しみの共存する小さなアパート。様々な手続きに必要な書類や通帳を探そうと、押し入れを開けた拓也は、愕然とした。押し入れの中は、ほぼ何もなかった。元気な時から、いつも、合理的に暮らしていた真知子だった。狭い空間に暮らす母子家庭ゆえ、断捨離などという言葉がはやる前から、真知子は、不要な物は処分して、真知子がいない時でも、拓也が、必要な物をすぐ取り出せるように、ラベルを貼っていた。しかし、今、押し入れの中にポツンと残っていたのは、小さな段ボールが二つのみだった。

 大きなダンボールの表には「思い出箱」と書かれている。開けると、中味は、幼い頃からの、拓也の描いた絵、真知子に送った手紙、成績表、アルバム等が、きちんと収められていた。もう一つの段ボールの中身は、まさに、今、拓也が探そうとしていた物、通帳や書類等が、わかりやすいメモと共に、まとめられていた。「院の進学費用」と書かれた通帳の表に、このアパートは早めに引き払って、通学に便利な所に引っ越しなさいと書かれたメモが貼ってある。

 

「あんな不自由な体で、医療用麻薬で、激しい痛みを押さえているような状態だったのに、どうやって、ここまで、片づけたんだろう?死を意識しながら、自分の持ち物を一つ一つ、処分して行った真知子の気持ちを思うと、たまらなかった。母さんは、最後まで、僕のためばっかりだった。」

 

「拓也、おかえり」

杖をつきながら、出迎える真知子の笑顔が、まぶたに浮かぶと、拓也は、メモの字が滲んで、読めなくなった。