昨年までの、私の夢は、来たる東京オリンピックまで生き延びて、

通訳ガイドになる事でした。

 

でも、歩行困難は進み、ガイドは、現実的ではなくなりました。

 

かわりに、私が、生きる目標としたのは、

「いのち」をテーマとした、小説を書く事でした。

 

小説は、今年春頃までには、書き終わるはずでした。

 

ところが…

今年に入り、片目、片足がダメになり…

生きる意欲も、失い…

 

癌は、イヤな病気です。

いっそ、ひとおもいに…とすら、思います。

  

 

さて…

その小説ですが、

もう、一歩のところまで、書きあがっていました。

パッチワークのように、書けた部分をつなぎ、

要らない部分を削除し、足りない部分を書き込む。

 

でも…

もう、今の私には、その体力も、視力もありません。

 

けれど…

書き始めた時、たくさんの方々から

「できあがったら、ぜひ読んでみたい」

と、励ましていただきました。

 

それで…

不完全な小説ではありますが、

このブログを借りて、連載形式で、小説を載せて行きたいと思います。

 

稚拙な小説ですが、お読み頂けたら、幸いです。

 

 

 

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「いのち」

ちいさな花         南裕子

 

 

「ピピピ、ピピピ…」

手探りで、目覚ましを止める。

「あ~起きなきゃ、」

 今日は、仕事は早退して、一人息子の拓也の通う中学校へ三者面談へ行く予定だ。さっさと起きて、洗濯機を回し、弁当を作らないと、間に合わない。ベッドの上に転がっている、体は、使い古しのボロ雑巾みたいだ。

ベッドと言えば、聞こえはいいが、六畳間に置かれた二段ベッドは、このアパートに越してきた十年前に、姉から押し付けられた物だ。すでに、父母は亡く、その後、姉とは、疎遠なままだ。下段に真知子、上段に、一人息子の拓也が寝ている。

 「あれから、もう、十年もの年月が過ぎたのか」

真知子の心は、過去へと遡った。夫は自殺した。何の前触れもなかった。仕事で悩んでいた事など、真知子は、知る由もなかった。夫の会社の補助を受けて借りていたマンションは、当然、出なくてはならず、このアパートを借りた。

夫がいるという事は、社会的にいかに恵まれていたかと、真知子は、思い知った。それまで住んでいた快適なマンションとは比べ物にならない、小さなアパートを借りるにも難儀した。わずかな貯金など、引っ越し費用や、生活費であっという間に、底をついた。息子の突然の自殺を受け入れられない義母からは、人殺し呼ばわりされ、真知子の実家も頼りにはならない。

真知子35才、拓也5才、突然の母子家庭。それから、必死になって生きてきた。

 

平凡な日常というものは、失って、初めて、その価値に気づく。小さなケンカや行き違い、カチンとくる嫁姑問題、そんなものは、平凡な日常を仕上げるスパイスのようなものだったと、真知子は思う。あまりにもつらい現実に直面した時、人は、それが本当の出来事なんだと受け入れるまで、長い時間がかかる。母の時もそうだった。突然の肉親の死というものを、家族は、どう受け止めればいいんだろう。突然に色を失った霧がかかったような白黒の世界を、死者とともに亡霊のように、ただ生きる。真知子以上に、英治の母にとって、その死は受け入れがたいものだった。全てだった自慢の息子が、なぜ、自ら命を絶たなければならなかったのか?行き場のない怒りは、全て、真知子へと向けられた。幼い時に体験した真知子の母の死も、今回の英治の死も、真知子は、悲しみの淵から、さらに突き落とされるように、責め立てられる。

英治の遺影を前に、真知子は、悲しみと怒りがないまぜになって、嗚咽する。

「なんで死んだの?英治さん」

ある晩、小さな手が、真知子の手に重ねられた。熟睡しているとばかり思っていた拓也だった。

「泣かないでママ、僕、いい子になるから」

「拓也、何言ってるの、拓也はいつも、いい子だよ」

引き寄せて、思いっきり抱きしめた拓也のぬくもりこそが、実体だった。

「守ってみせる。なにがなんでも、私が、拓也を守り抜いてみせる」

あの日、誓った通りに生きてきた。人は、自分のためだけでは、強くなれない。拓也の笑顔、拓也の幸せが、真知子の生きる目的となった。