少女「かれん」は、歌姫です。

かれんの手の中には、すべてがあります。
「賞賛」「名誉」「お金」

何でも、欲しい物は、すぐに用意されます。
誰もが、かれんのご機嫌を取ります。

けれど…
かれんの心の中は…
12月の木枯らしが、ふいているようでした。

貧しさを、一緒に乗り越えてきた母は、今は、物欲にまみれています。
他の大人達と同様に、かれんのご機嫌を取るのに必死です。

コンサートを翌日に控えたかれんは…
夜半、一人で、ふらりと、ホテルを脱け出しました。

突然に、舞い始めた雪。

ジャケットも羽織らずに、飛び出してきたかれんは、ホテルへ戻ろうとして、見知らぬ街で、迷子になってしまいました。

歌姫の身分を悟られぬよう、うつむきながら歩くかれんは、いまにも朽ち果ててしまいそうな一軒の家の軒先で、雪が止むのを待つ事にしました。

擦り合わせる両手に白い息を吹きかけ、足踏みをしていると…
「ギーッ」
家のドアが、開きました。

廃墟だと思っていた家には、一人の老女が住んでいました。

老女が目が不自由な事がみてとれましたが、まったく見えないわけではないようです。かれんを見つめた老女は…
「お嬢さん、中で、あたたまりなさい」

有名な歌姫である事など、この老女にとっては、意味を持たない事。かれんは、なぜかほっとして、中へ入りました。

「さぁ、おあがり」
差し出されたのは、質素な一杯のスープでした。

あたたかい一口のスープは…
凍えたかれんの心と体を、溶かしました。
なぜか、涙が、溢れてきました。

そのスープの味は、貧しかった頃、母が作ってくれたスープに似ていました。
「何もかも手に入れたようで、今の私には、何もない」
かれんは、そんなふうに感じました。

「おばあさんは、長く、ここで暮らしているの?」
「そう、もう、何十年もね。すっかり、目が悪くなってしまったけど、今も、お針子の仕事をしているのよ」
「おばあさんは、その仕事が好きなのね?」
「どうかね?仕事っていうものは、好きか嫌いかじゃなくて、与えられた目の前にあるやるべき事を続けて行くだけさ。一回一回、心を込めてね」
「おばあさんは、一人暮らしなの?」
「そう、ずっとね」

おばあさんは、愛おしむように、かれんを見つめると、再び、話し始めました。
「娘がいたの。生きていたら、あなたのようだったかしら?娘は、生まれつき、足が不自由だったの。父親は、その事実を知って、逃げてしまったわ。まだ、7才だった。風邪をこじらせて、あの子は逝ってしまった。その後、しばらく、私は、神様と喧嘩をしたわ。生きて行く希望なんて見えなかった。つらくて、つらくて、死のうとしたの。でも、その時、娘の声が聞こえたの。『お母さん、もう、二度と私に会えなくなっちゃうよ』って。その時、気付いたの。この世のサヨナラは、永遠の別れじゃない。きちんと生きて行けば、必ず、また会えるんだって。それに…きちんと生きて行れば、ほら、こうして、今、あなたとも、出会えたわ」

かれんは、お礼に、おばあさんに、歌をプレゼントする事にしました。

かれんの歌うクリスマスキャロルに、
老女は、涙しました。

「天使が舞い降りたようだよ。思いもかけず、こんな素敵なひとときがあるなんて…本当に、生きていてよかった」

かれんも、また、
「なぜ、歌を歌うのか?」
初心に帰った思いでした。

「おばあさん、また、ここへ、遊びに来てもいい?」
「ええ、もちろん。いつでも、待ってるわ」

かれんを見送る老女は、雪の舞う夜空を見上げ言いました。

「素敵なクリスマスイブね」