4年前に「癌」が「ステージⅣ」に転落して…
大掛かりな「断捨離」をした。

書きためた「原稿」「日記」
結婚前に夫と交わした「ラブレター」
(昔は、メールどころか携帯もなかったワ)

全て処分したつもりが…

9年前…
我が家へ来たばかりのプーと×男をモデルに書いた「物語」が出てきました。

よかったら、読んでネ




   「たからもの」
 
 小さなプーは、突然、コースケの家に引き取られる事になりました。
 ブリーダーという、たくさんの仔犬をそだてる所で暮らしていましたが、ブリーダーさんの都合が悪くなったからです。
 プーは4才。真っ黒なトイプードル。軽々と、片手で持ち上げられる程、小さな犬です。まん丸のポンポンのような耳、同じようなポンポンが、シッポと足先にもついています。
「ワ~、カワイイ!」
コースケのお父さんとお母さんが、手をのばそうとすると、プーは心なしか、ブルブルと、震えています。ビー玉のような二つの目が、怯えたように、こっちを見ています。



「チッ、弱々しそうな、ちっこい犬だな。」
コースケは、心の中でつぶやきました。
 コースケは、中学一年生。兄弟はいません。コースケだって、けして、強い男の子なんかじゃありません。学校では、友達と、上手くおしゃべりする事もできず、イヤな事を言われても、言い返す事もできません。
 でも、だからこそ、震えているプーを見ていると、あわれな自分の姿を見ているようで、何だか、イライラするのです。



 プーは、少しずつ、コースケの家になじんで行きました。「プー」と呼ばれると、シッポを振り、ごはんも、たくさん食べるようになりました。
 プーは、ボール遊びが大好き。「遊ぼう!」というように、ボールをくわえて、持ってきます。コースケも、初めは、面白くて、投げてやっていましたが、プーは、遊びにあきる事なく、いくら投げても、終わりにならないので、だんだん、うっとうしくなってきました。
 それなのに、お父さんとお母さんは、
「プーちゃん、カワイイ~」
と、優しく、抱き上げてやったりしています。そんな時のプーは、心なしか、目を細めて、鼻の穴が、ふくらんでいるようにみえます。
「何、いい気になってんだよ。」
嫉妬でしょうか。もう、中学生のコースケなのに、小さな兄弟に、パパ、ママをとられてしまったような気分です。
 そして、そんな自分の気持ちに気付いて、コースケは、また、イライラします。
「チッ、おもしろくね~!」
     



 面白くないのは、プーのせいなんかじゃなくて、コースケ自身の問題なんです。コースケには、友達がいません。小学生の時にはいました。でも、中学入学と同時に、バラバラになってしまいました。
 新しい友達をつくろうと、あせるほど、コースケの言動は、何かぎこちなく、泣きたくなるほど、自分がかっこ悪く思えます。中学生活も、もう、数ヶ月が、経とうとしていました。
 でも、コースケが、自分の事ばかりが気になる程には、誰も、コースケの事を、気にしていません。だって、中学生というのは、誰でも、自分の事ばかりが気になる年頃なんです。でも、中には、羨ましいヤツもいます。
勉強もスポーツもできて、カッコよくて。
「せめて、何か一つ、得意なスポーツでもあればナ~。」
コースケは、何も取り柄のない自分を思って、溜息をつきます。




「じゃあ、遅くなるから、夕飯は、温めて食べてね。プーちゃんの事、お
 願いね。」
その日、お母さんは、用事で出かけました。
 玄関が閉まると、プーは、いつものように、ボールをくわえて持ってきました。コースケがボールを投げると、プーは、嬉しそうに走って取りに行き、ボールをくわえて、コースケの所へ、戻ってきます。でも、いつものように、コースケは、すぐあきて、ボールを籠にしまうと、
「もう、おしまい。」
と、プーに言いました。
 真っ黒なプーは、ぬいぐるみのように、じっとしたまま、うかがうように、コースケの顔を見ています。ビー玉のように黒い目の端には、普段は見えない白目が、三日月のように、わずかにのぞいています。
「何だよ、その目は?そんな目で、オレのこと見んなよ。」


 コースケがテレビを観始めると、プーは、コースケの傍らで、丸くなって、寝てしまいました。しばらくすると、起き上がり、トイレの場所へ行って、オシッコをしました。
 いつも、プーがオシッコをすると、お母さんは、冷蔵庫から、何か、ご褒美のオヤツを出してくれました。
「オシッコしたよ。ご褒美ちょうだい。」
プーは、いそいそと、コースケのもとへ走りよりました。
 コースケは、お母さんから、
「プーちゃんが、ちゃんと、オシッコできたら、ご褒美に、冷蔵庫のタッ
 パーの中にあるりんごをやってね。」
と言われていた事を思い出しました。その前に、オシッコシートを片付けようと見ると、プーのオシッコは、シートをはずれて、床に水溜りができてしまっていました。
「しょうがね~な。」
コースケは、プーの皿に、乱暴に、りんごを一掴み入れると、プーの前に置き、トイレの片付けを始めました。



 床を雑巾でふいているコースケの耳に、すさまじい音が聞こえてきました。
「ブーハ!ブーハ!」
掃除機の壊れたような大きな音です。その音は、小さなプーでした。プーは、四つんばいになって、苦しんでいます。りんごが、喉につまったのです。
「どうしたプー、しっかりしろ!」
どこをさすってやればよいのかもわからず、コースケは、必死に、プーの背中をさすりました。でも、
「ブーハ!ブーハ!」
という音は、大きくなるばかりでした。プーは、全身を震わせて、苦しんでいます。
「どうしよう、プーが死んじゃう。オレのせいだ。オレが、さっき、いい
 加減にりんごをやったから。動物病院の電話番号は、どこだ?その前に、
 お母さんに電話しようか。」
とても、長い時間が過ぎたように思えましたが、程なくして、プーは落ち着きました。




「ごめんなプー。」
苦しかったのでしょう、涙目になっているプーを、コースケは、抱きしめました。
 トイレやプーの吐いたものを片付けると、コースケは、
「フ~!」
と、ソファーに腰を下ろしました。
 トボ、トボ、トボ、苦しいだけでなく、怖かったのでしょう、プーは、シッポを下げたまま、コースケのもとへやってきました。いつもは、フワフワの毛並みまで、しょんぼりしています。プーは、ソファーの上で、あぐらをかいているコースケの膝の中へ、すっぽりと入ると、丸くなって、寝てしまいました。
「プー。」
ソッとなでると、プーのあたたかさが伝わってきました。と、同時に、コースケの胸の中には、何ともいえない、あたたかいものが、広がってきました。
 自分より弱い者、守ってやるべき者、自分を頼りにしてくれる者、こんな小さなプーなのに、その存在は、コースケ自身を、価値のある大切な者のように、思わせてくれました。そして、同時に、お父さん、お母さんの事を思いました。
「そうだったナ。オレも、プーと同じように、守られ、大切にされ、可愛
 がられてきたんだったな。だけどもう、オレの方がお母さんより、背も
 高いし、力も強い。少し、大人にならなくっちゃ。オレにだって、何か、
 得意な事、できる事があるはずだ。始めよう、少しずつでいいから。が
 んばろう、少しずつでいいから。」