2007年4月7日土曜日。
私のChristian's life が始まりました。
家族で、というか一族で唯独りの
Christianであることは、未だ変わり
ません(^_^;)
己の戒律の上に罪を犯し、それを
償う事を最優先事項に、
生きる事の意味を、生きている事の
意味を模索する日々を送っていた私に
とって、神は最も受け入れ難いものでした。
それが、意識するしないに関わらず、
幾つかのポイントを経て、門を叩き、
入門講座で学びながら、ミサに参列
し、あの日を迎えたのです。
多くの方々と出会い、沢山の事を
学びました。
けれど己の戒律の上の罪に対し、
赦されたいとも赦してほしいとも
思わずにいたものが、つい最近、
心の底から、赦されたのだという
思いを持つに至りました。
それと同時に、何の躊躇いもなく、
「信じます!」と言えるようにも
なりました。
見事な迄の『回心』です
そして今夜、ハレレの元で過ごし、
改めて、新しく洗礼を受けたような
気がしています。
これからも「理想」と「現実」を
摺り合わせながら、一歩一歩を、
一日一日を大切にしていきたいと
思います。
主の御復活、おめでとうございます




私のChristian's life が始まりました。
家族で、というか一族で唯独りの
Christianであることは、未だ変わり
ません(^_^;)
己の戒律の上に罪を犯し、それを
償う事を最優先事項に、
生きる事の意味を、生きている事の
意味を模索する日々を送っていた私に
とって、神は最も受け入れ難いものでした。
それが、意識するしないに関わらず、
幾つかのポイントを経て、門を叩き、
入門講座で学びながら、ミサに参列
し、あの日を迎えたのです。
多くの方々と出会い、沢山の事を
学びました。
けれど己の戒律の上の罪に対し、
赦されたいとも赦してほしいとも
思わずにいたものが、つい最近、
心の底から、赦されたのだという
思いを持つに至りました。
それと同時に、何の躊躇いもなく、
「信じます!」と言えるようにも
なりました。
見事な迄の『回心』です

そして今夜、ハレレの元で過ごし、
改めて、新しく洗礼を受けたような
気がしています。
これからも「理想」と「現実」を
摺り合わせながら、一歩一歩を、
一日一日を大切にしていきたいと
思います。
主の御復活、おめでとうございます





