さて、このタイトルから書き起こそうとするわけだが、いまTVをメインに情報を得ている人間は何人くらいいるだろうか?
きっと大多数がそうであると思うが、私はTVを見るのが月に10時間も無いと思う計算するなら1日20分だ。
そのかわりPCの使用頻度は極端に高く1日5時間は余裕で見ているだろう。
そこで気づいたことの一つとして「TVとPCの情報は必ずしも一致しない」ということだ。
これは誰でも経験するだろう。例をあげるなら震災後の義援金のはなしで台湾は国の規模としてみれば異常なほど日本を支援してくれているが、その行為を報道した機関は極端に少ない。インターネットでは募金以外にもメッセージをYOUTUBEで発信してくれたりと大きな支えになった筈なのにだ。
そこでTVとPCは情報は違うしPC開いてのほうがより多くのニュースを知ることができると考えるだろう。
それは間違ってない。
しかし、PCを使うことが第二の洗脳になると警鐘を鳴らしたく今回のブロクを書くわけだ。
ニュースは基本的にいろいろな媒体で発信されているが、通常のニュース機関にプラスされたインターネット唯一のコンテンツとして利用者の意見を書き込めるようになっていることがある。
アメーバニュース然りSNS系のニュースは一般化している行為だし、2ちゃんねる系ではニュースに対してコメントを書きこむことがメインのコンテンツである。
私はこの行為が危険だと言いたいのだ。
なぜならTVをのニュースでキャスターが感想を言うことがあるがあれは否定する気持ちで臨んでいけばいくらでも発言に対してひはんできるが、2ちゃんねる規模のコメントを読んでいると沢山の人間がいろいろな意見を出しているなかで一番良い意見を正当化することで自分の脳内が大多数の意見に染まってしまう危険性がある。もっともらしいことを調べてきてそれがアンダーグラウンドでの民意となることはしばしばあると思われる。
私は今年前半に飲食業に務めていたがその中で大学生がデジタル系の話を持ち出し、「ジョブスはすごい(アップル(アイフォンとか作ったハゲ))」などしきりに私に力説していたが何がすごいのか、どういう功績を上げたのかと軽く質問したときに「プレゼン知らないんですか?」などと返答されたことがある。もちろん私自身今年のはじめに3万円分くらいの書籍を購入していることもありその中には「スティーブジョブス脅威のプレゼン」などという書籍も購入していてある程度調べることも可能の状態だったので、明後日方向からの返答には困った経験をしたものだ。ぶっちゃけるならプレゼンの話がすげーんなら自分もまねできるはずだからくっだらねー公爵たれずにジョブスの凄さを真似して俺のプレゼンしてこいってんだクソ大学生。
そこで、情報の価値を定義していこうと思う。
まず一番自分のためになる情報というのは「自分がその場にいて見たこと、その場の空気」だろう。
これを一次情報と言う。
この利点は臨場感だろう自分の感じた状態がそのまま自分のニュースなのだ。
次にツイッターやコメントを一切挟まないニュース
誰かが見て感じたものを自分に伝えてもらうことだ。
次が誰かが見たニュースをその人の意見も添えて自分に届いたニュース
もうこの時点で見た人間の意見に左右されてしまう情報となり善悪などの判断はまともにできなくなる。例えば新しくコーヒーが発売されたとして、俺が飲んだとしよう。そしてそのリリースの情報と味の感想を伝えるときに「これは不味くて飲めたもんじゃない」と一言付け加えるだけであなたがコンビニでコーヒーを探すときに「この銘柄のコーヒーは不味い」と俺の意見に洗脳されて飲んだことも無いくせに味を決めつけてしまう。
それ以降の情報は更に高度に自分が洗脳されていくだろう。
だから何度も加工された情報なんて大した価値はなく、やはりPCにしてもTVにしてもそのコンテンツからの情報料がフリーであるのが価値なのだ。
そして、実際に自分が生活に必要な情報なんて特にありゃしない。新しい洋服がトレンドになろうが、知らない土地の飯が大人気だろうが生きる上でケツもふけないものばっかりだ。
だから相手が知らないことを知っていてもひけらかして偉そうにしたって相手からすればなんの役にも立たない情報を相手のオナニーのために時間を無駄にしたにすぎない。
そして自分に必要な情報を絞り込めてないがゆえにTVのトレンドやゴシップに流され個性のない自分に満足してしまうのだ。
あなたに必要なものはなんですか?
そして
あなたの意見はあなたが導きだした答えをアウトプットしていますか?
何でも自宅で情報を得れそうな世界とつながった時代に自らかごの中に入っていくような人を見て書かせて頂きました。
推敲すらする気がないので予測変換が勝手にくっついていたりするかもしれませんがご了承ください。