こんにちはー。
また日にちが
空いてまいましたな(+_+)
勉強ちゃんとしてますよ!
多分。
最近は本を読む事が多くなってます。
星の王子様を
あるときの王子くんの方で
読んでみました。
何が違うって
ただ訳が違うだけですが。
たいせつなものは目には見えない。
ただこの世の中には
目に見える物が多過ぎて、
数字化できてしまう物が多過ぎて、
たいせつなものを
見失いがちになります。
なかなか難しい(´・_・`)
さてさて、
今日タイトルにもつけた
ラベリング理論ですが、
簡単に言えば
社会にレッテルを貼られる事により
犯罪者がうみだされると
理論なのですが。
皆さんはどうですか?
犯罪はどうしてあると思いますか?
犯罪者はもともと犯罪者なのか?
私よく本なんか
帯買いしてしまうのですが
犯罪っていう本の帯に
“紛れもない犯罪者。
ーただの人、だったのに。”
ってかいてあったんです。
おもしろそうでかってみたのですが、
この本は弁護士の仕事をしてる人が
実際にあった事件を
書いているんです。
本当におもしろい本でした!!
最近はATARUっていう
ドラマの影響で
サヴァン症候群に
目が向かれつつあります。
わたしは中学生のときに読んだ本に
サヴァン症候群の登場人物が
出てきた事がきっかけで
サヴァン症候群について
少し調べてた時期がありました。
僕には数字が風景に見える
の作者、ダニエルタメットも
サヴァン症候群だと言われています。
彼は円周率の暗唱で
ギネス記録を持ってます。
たしかその記録は塗り替えられたと思いますが。
サヴァン症候群は確かに
知能的に優れた一面を持ちますが
それゆえに
他人に理解されにくい部分も
多くあります。
どんな事にも言えるのですが
私は特別視という物が
あまり好きではありません。
以前読んだ
身障のある方の詩集のタイトルは
僕は見せものじゃない
でした。
そして、
ADA法についてかかれた本の
タイトルは、
哀れみはいらない
でした。
興味や注目を集める事は
社会的認知される、
という部分では評価されてしかるべきものですが
間違った認識を生む可能性もあります。
社会はまだ
障害者とそうでない人の間に
普通と普通じゃないという
見えない線引きがされていると
感じる事が多くあります。
それは人の言葉の端々にあったり
日常生活のなかにあったり。
まだまだ社会は人に見えない
ラベルを貼りがちですね。
そして、その社会の中には
私も含まれているのです。
ラベルなんてなくても
その人の名前が分かれば
人として向き合っていくのに
充分じゃないですか?
人につけられてしまった
ラベルを剥がすのも
社会福祉士の仕事だと思います。