記憶が新しいうちに、記事にしようと思います。


土曜日は



地域の居場所づくりサミットへ参加してきました。

メインはこども達との関わりの事例紹介とリアルな現場の声でした。


私は第二部にも参加し、今抱えている課題についてみなさんへ意見を求めに行きました。


サミットでもメインに扱われていたのは、

「バイスティックの7原則」

に沿った支援というものです。

これはクライエントによりそう専門職の態度、行動の規範の部分とされていて、

社会福祉士国家試験にも出題されたくらい、福祉分野のなかでは有名です。


内容はというと、


個別化

受容

意図的な感情表出

自己決定

統制された情緒

非審判的態度

秘密保持


があります。

今私は専門分野で働いているわけではありませんが、こちらを意識しながら活動をしています。


特に「秘密保持、自己決定、受容、非審判的態度」についてはこれまで相談援助活動をしてきて大切な部分でもあるので、常にあたまにおいてあります。



 この間まで自分は、かでるの会で関わりのある不登校児たちの支援をしていました。

 私自身は「学校に行かないといけない」と言う考えではないのですが、こども達がやりたいと言うチャレンジショップには財務管理が不可欠です。


 この予算で何を何個買えるかを自分で組み立て、考える。


 たし算、ひきざん、割り算、かけ算しか使わないのですが、高学年組でこの組み立てをできた子は今回はいません。


 自分で文章をつくり、そこから計算してみるも、式も合いません。


 なので、不登校であっても毎日の学習は必要。


 自分はそう考えました。


 

 数年前からこどもに関する課題を行政に訴えてきたり、なんとか自信をつけてもらいたいと試行錯誤して支援したり、学校に打ち合わせの打診をしてきました。

 こども達には学習支援の課外活動に連れ出したり、保護者の方へ他の支援と繋げたりしないか、その他もろもろ子どもの今の状態について話を聞いたりもしてきました。


 学校に関わっていただくために、話し合いの場を打診した時は、学校全体ではその子たちの問題に深く関わりはなく、自分の行動がその後の支援の起爆剤になったりもして、良い方向に進んだ例もありました。


 ただ、今回支援を終了せざるを得ないことがありましたが、サミットの交流会でアドバイスをもらい言語化できるようになったことがあります。

 それは


 「原点に還って考えてみること」

 


です。


 内容はこちらに記載はしませんが、ボランティアをしていて私にとってびっくりしたことがありました。

 ですが、これ以上は自分としても、どうしようもない。と思うことでした。


 不登校はその背景においてさまざまな問題が重なり合って、一概にコレということはできません。


 ですが、支援者だけが一生懸命になったところで変わらない。

 親子が変わろう、事態が深刻化している、と感じて行動していかなければ、

 自立しようとすることも、自分自身と向き合うことも叶わない。


 そう感じたのです。


 無理に続けなくていい


 人のせいにするくらい心が弱っているのだから


 その選択を受け入れよう



 そして離れよう。



 そう思うことができました。


 本会を立ち上げるきっかけは

 楽しめる機会、楽しく学べる機会を地元の子どもたちに伝えたいから!


 でした。

 不登校の親子の支援をすればするほど


 今のままではいけない


 ということもわかりました。


 

 自分自身が行政や学校に訴えてきましたが、保護者からや専門職の相談ではないと、なかなか話を聞いてくれません。


 楽しいことだけやっていたいのですが、終始暗い表情の子たちを見ると、「どうしたの?」となる。


 だけど自分も子育て真っ最中。


 常に支援をすることはできません。


 だから当事者のお父さんお母さんから支援に繋いでもらえるよう、呼びかけるしかない。


 手遅れになると、不登校→引きこもりにつながる場合もある。そうなってしまってからでは、自力で歩くまで今以上に時間も体力も必要になると考えられます。


 事実、前回の会議では、引きこもりとなった当事者からの声では「もう遅い」「無駄」と言う声もありました。


 行政や学校はそろそろ


 こどもの居場所活動についてもう少し関心を持って、地域の取り組みの一つとして受け入れていってほしいところです。

 支援の限界を感じます。


 サミットで全国のお話を聞いていると、

 こども食堂は無くなることは無い。

 と言われています。


 共働き世帯が増え、物価が上がり、家庭でこどもとじっくり話し合う機会も少なくなった。

 不登校になるとYouTubeやSNSから自分に都合の良い情報だけ抜き取って見るだけで、生活や道徳の授業から「気持ち」「社会活動」を学び取る機会すら、自分たちで捨ててしまっている。

 親も心が疲れているだろうからと容認して、適切な支援に繋げない。夜遅くまでスマホをいじって不健康な生活を送っていても毎回言うのはくたびれるからと容認。こどもは依存。


 不登校を続ける子の中には、そんな要因になる一部分があることがわかりました。

 保護者ではない支援者としてできること。

 声かけをできたとしても、あとは親子関係や学校の対応、担任の先生の対応を黙って見ているしかないのです。