ひらひら、と桜の花が舞う。
視界を埋め尽くす薄紅色の花片は、まるで降り注ぐ雪の欠片のようだった。
とても綺麗な光景なのに、なぜかとても不安な気持ちになって。
なぜなのかなんて、その時には分からなかった。
いま思えば、これから起こる出来事を予感して本能が警告していたのかもしれない。
追い立てられるように、わたしは家までの道程を駆け出していた。
走って走って、家の近くにある空き地に差し掛かった所でわたしは異変に気付いた。
足を止めて辺りを見回す。
おかしい。
夕方とはいえ、まだ日が暮れていないのに人通りが全くない。
どうして?
いままで、こんなことなかったのに。
ただの偶然?わたしが気にしすぎているだけ?
だけど、人の姿も車が通り過ぎることもなくて、まるでこの世界に自分以外誰もいない
かのような錯覚に陥り、得体の知れない恐怖に包まれる。
いやだ、怖い。
怖いよ、暁。
いつだって困っていれば、必ず救いの手を差し伸べてくれる優しい暁。
脳裏に兄を思い浮かべれば、少し気分が落ち着いた。
わたし、ばかみたい。
わけの分からない不安に怖がって、泣きそうになってるなんて。
こんなこと暁に知られたらまた笑われる。
何かにつけて自分のことを子ども扱いするのだ、暁は。
きっと、ばかだなあと笑いながら、いつものように頭を撫でられる。
そんなことを考えたら、ものすごく安心した。
そう、なんにも怖いことなんてない。
いつもと同じ。
人がいないのもきっと偶然。
いままで自分が遭遇しなかっただけでこういう時だってある。
「うん、きっとそう」
声に出せば、それが真実な気がした。
「琉璃?」
ようやく安心を得たわたしの耳に、よく知った声が届く。
声のした方を見れば、そこには先程思い浮かべていた姿があった。
「暁!」
暁の姿を見たことで、わたしの中の不安が跡形もなく消えていく。
『―――おいで』
「えっ?」
暁の方へ駆け出そうとしたわたしは、突然聴こえてきた知らない声に
思わず立ち止まる。
「空耳?」
辺りを見回しても、暁以外のだれの姿もない。
風の音かなにかを人の声と勘違いしただけかと思ったのに。
『―――かえっておいで、愛おしい子』
その声は、今度ははっきりと聴こえた。
「な、なに?!」
そして、声と同時にものすごい勢いの風が巻き起こる。
「琉璃!」
突然の異常現象に軽くパニック状態のわたしに向かって、
焦ったように走ってくる暁の姿が見えた。
「や、なんなの…!」
風の渦の中に捕らわれる感覚に悲鳴をあげる。
「やだ、たすけて!暁!!」
「琉璃!!」
わたしに向かって必死に手を伸ばす暁の姿が、わたしがこの世界で
見た最後の光景だった。
全身を包む風は増々勢いを増して、嵐の中に放り出されたような感覚に
とうとうわたしは意識を手放した。
意識が真っ暗な闇の中に沈んでいく中で、知らない声が優しく囁いた。
『おかえり、愛しい子』
Title/群青三メートル手前