
ついこの間、初冠雪の翌日から1週間。
富士五湖のひとつである本栖湖で
独りキャンプをしてきました。
湖畔にテントは張ったまま、平日は会社へ仕事に。
中央道で往復約200kmをレンジローバーで通う1週間を過ごしてみました。
平日の静かな湖畔では
聞こえてくるのは、前触れもなく不規則に変化していく波の音。
見えるのは、視界の半分ぐらいを占めるほどの富士山と高い秋の空。
最小限の必要なモノだけをリュックに背負って
山中に入っていくようなソロキャンプではなく
今回は、あくまでレンジローバーで行くオートキャンプなので
過酷さはありませんが、なかなか充実した機会でした。

まるで時間も空間もが、富士山中心になり
朝は体内時計で5時に目が覚め、
ほとんど習い性のようにCOFFEEを沸かします。
靄がかった日の出の本栖湖を
湖畔に張ったテントからカヤックで漕ぎ出します。
特に一言もしゃべらずに、
いつも自宅で淹れてるフレンチローストを飲みながら
朝をやり過ごしていると
現代社会の中で生きる人間の「間」(関係)の字が抜けたような
人=ヒト=ホモサピエンスである自分を見出してきます。
携帯電波も繋がるので
感じる孤独感はそう大したことはないのですが
普段過ごしている40代半ばを超えた人生を俯瞰するには
独りキャンプは良い機会かもしれません。
大人になって20年を越えて
今の生活はますますモノに溢れ、情報過多である事に気がつきます。
そのうちのどれ程が、将来まで価値あるものなのかな?
いつの間にか淘汰してきたもの、
これから淘汰するべきものについて考え始めます。
大好きなレンジローバーも含めて。
そして自分の人生の大きな柱である
「家族」「仕事」「自分」という3つについても考えます。
思考するというよりは、
それぞれに対する想いを馳せるレベルなんですが
朝靄の湖面を富士山に向かってパドルで漕いでいると
「家族」「仕事」「自分」の
まるで割り切れない1÷3=0.3333の小数点の上を
ノラリクラリと漕いで行くような自分の人生に気が付くのです。
20~30代の頃は「ノラリクラリ」なんていう言葉は大嫌いで、
早く何かに到達したいと何事においても焦っていましたが
なんでしょう?
何か大きな存在がしっかりと見えていれば
十分に自由な気持ちでいられます。
腹が減り、折り返して湖畔に戻る頃には
その3分の1のバランスは、
大人の男としてきっと心地よいものなんだと思えてきて、
新鮮な朝が始まりました。
































