
蛸壺やはかなき夢を夏の月
芭蕉は、句のあとに「この浦のまことは秋をむねとするなるべし」と続けています。貞享5年(1688年)4月、芭蕉45歳、弟子の杜国と訪れて詠んだこの句を、没後出版された「笈の小文」に残しました。
須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ
かたつぶり角ふりわけよ須磨明石
も、この旅の句です。
春の龍野句会のあと、次の句会は近場でと、つきひさんとだっくすさんが準備し、第9回RANDOM句会の地はつきひさんの地元の明石。季節はまだ芭蕉が「まこと」とした秋。はたして、旅人の目で明石の良さを再発見できるでしょうか。
明石へ 旅人と我名よばれん初しぐれ(笈の小文)
11月15日(日)午前11時に明石駅改札前集合。海岸沿いを走る電車から海と明石海峡大橋と淡路島が眺められ、須磨・塩屋では波打ち際も見えます。小春日和ですが、ときどき雲が広がり寒空に。
明石まで逸る車窓の冬の潮 どんぐり
冬日和明石へとちと旅気分 どんぐり③ (数字は句会獲得点数)
海峡の流れの上に冬の雲 見水②
JR明石駅の改札を出ると、晴れやかなメンバーの顔。本日の参加者(敬称略)は、男性がろまん亭・弥太郎・英(途中から)・見水・播町・ひろひろ・一風・蛸地蔵の8名、女性がどんぐり・りっこ・かをる・さくら・つきひ・だっくすの6名の14名。過去最多の参加者数。
世話人のつきひさんを囲み、配られた伊藤太一画伯のイラストマップや参考資料を見ながら吟行のポイントを聞いていると、
「店が込まないうちに明石焼きを食べに行こう」と、男性陣から声。本日お奨めの店「ウタ」で、全員まず腹ごしらえすることに。

蛸踊る 冬の日や馬上に凍る影法師(笈の小文)
「ウタ」は魚の棚商店街の真ん中を南に抜けた先。明石の住人のひろひろさん、さっさと先導。
銀杏散る子午線の町蛸踊る ひろひろ
20人で満員くらいの小じんまりした店。焼きあがるまで時間がかかるので、奥の座敷に陣取った男性軍はビールを注文。蛸の切り身をおつまみに、たこ焼きやB級グルメ、干し蛸のうまい食い方、子供時代のおやつの話に花を咲かせ、すっかりほろ酔い。すでに男性軍完敗の予感。

「ウタ」の明石焼きは形が良くアッツ熱で、蛸も熱いダシも美味しい。
はふはふの明石焼てか着ぶくれる 播町①
熱燗を思い浮かべて玉子焼 一風①
句会の場で「てか」が論議に。播州弁と思った人多数。作者は「と言うのか」の若者言葉と主張。明石にやってきたカップルが初めて明石焼をパクリと口に入れ、熱さにびっくりしている句です。
女性陣は、戦いの準備に余念がありません。
冬来る明石焼食べ決戦に どんぐり
全員大満足で「ウタ」を出発。焼き鯛の名店「魚秀」を横目に魚の棚商店街に戻ると、人通りが多く歳末の街のよう。

かけ声も年の瀬近く魚の棚 ろまん亭②
魚棚押しくら饅頭年の暮 ひろひろ
年の暮手足八本明石蛸 ひろひろ④

ピチピチした昼網の雑魚や蛸を冷やかして歩いて行くと、乾物店で明石焼きの材料、「じん粉」(でんぷん)も見つけました。
昼網のガシラは美味し燗熱う 播町②
魚棚の店の氷も冬めける 一風①
魚の棚商店街を西に抜け、北へ進んで高架をくぐると明石城です。
時の道 鷹一つ見付けてうれしいらご崎(笈の小文)
本日の吟行は、明石城から東へ明石天文科学館まで歩くコース。東西約2キロの歴史プロムナードで、「時の道」の愛称が付けられています。城内の明石公園では菊花展を開催中。人でいっぱいです。

城門を入るや菊の香のどっと つきひ②

菊花展気ままに咲くを許されず だっくす③

集合写真を撮ろうと、ろまん亭さんが高級カメラを構える。ろまん亭さんは今秋の神戸ビエンナーレのアーティスティックフォト展で優秀賞を獲得しごきげん。通りがかりの若いお母さんにシャッターをお願いし、パチリ。別行動の3名は囲み写真に。

明石城は、徳川幕府が西国からの敵を防ぐために1617年、小笠原忠真に築かせた城。町割(都市計画)をしたのが客分の宮本武蔵。武蔵は城内の庭や、近くの本松寺の庭も作っています。天守閣は築かれずじまいで、いまは巽櫓(たつみやぐら)と坤櫓(ひつじさるやぐら)が残るだけ。
メンバーは、城の北側の散策路を歩く健脚コースと、城の南側を歩く近道コースに分かれます。どちらが吉と出るでしょうか。
さあ来いと冬迎えるぞ石積は 蛸地蔵
閉じられし門のうちなる石蕗二本 かをる①
石垣や小春日和をいただいて りっこ③

6代目城主・松平信之の時代、明石城は「喜春城(きしゅんじょう)」の別称を持つほどの仁政が行われました。が、続く7代目城主・本多政利は圧政を強い、3年たらずで減封のうえ国替えになります。
樹々渡る風に冬聞く明石城 さくら③
一言が思い浮ばず風冴ゆる ろまん亭③
いにしへの時の濃縮城紅葉 つきひ②
圧政の古城の庭に枯葉舞う 弥太郎
城の北側の散策路は大木が茂り、樹には、エノキ・アベマキ・アキニレ・モチノキ…の名札。坂の上に県立・市立の図書館があります。
冬日受け楡の大木城の坂 りっこ
落ち葉踏み角をまがれば冬が来る ろまん亭①

ひしゃがれしドングリの実を重ねみる ろまん亭①
落ち葉踏み子午線の坂ふらふらと 一風③
城掘りの落葉眺めて君を待つ 一風
ろまん亭カメラマンが遅れがち。芸術的な被写体に遭遇しそちらに夢中。一風さんが待っていた「君」はろまん亭さんでした。ろまん亭さんを残して、「時の道」を先に進みます。
時の道上り下りて小六月 どんぐり④

整ひし武蔵の園の冬桜 さくら②
小春日のいらかの上に鳶一羽 見水①

宮本武蔵作庭の本松寺はよく手入れされ、桜が帰り花を咲かせています。
月照寺に向かう途中で、英さん登場。明石川流域で育った英さんには、明石は思い出の詰まった懐かしいまち。
晩秋の明石のまちに母しのぶ 英
冬空に昔の明石今はなし 英
人丸山の高台に月照寺と柿本神社が並んでいます。明石城築城のとき本丸の場所から移されました。歴史は古く、月照寺は811年に空海が真言宗の楊柳寺として建立。887年にこの寺の僧、覚証が柿本人麻呂の夢を見て祠を建て、寺の名を月照寺に改め、祠が柿本神社に。人麻呂は万葉集巻第三の羈旅の歌八首などに明石の歌を残しています。
天離(あまざか)る鄙(ひな)の長道(ながぢ)ゆ恋ひ来れば
明石の門(と)より大和島(やまとじま)見ゆ
「大和島」は海に浮かぶ島ではなく、都(飛鳥)のある大和の山々のこと。西国から都へ帰る船旅でようやく明石までたどりついた喜びを歌い上げ、こちらまで興奮が伝わってきます。
梅原猛氏は、人麻呂が晩年、讃岐に流され一時許されて都に帰るときの歌と想像し、その後再び筑紫・石見に流されて刑死する説をとっています。覚証も人麻呂の魅力に強く惹かれた僧だったのでしょう。月照寺は1575年に曹洞宗の寺に変わります。
木枯しが通り抜けるや寺町を 蛸地蔵①

月照寺の山門は、ほれぼれする重厚さ。徳川幕府が伏見城を廃城にした際、その薬医門を初代城主が拝領し御殿の正門に。明治15年(1882年)にこの寺に移されました。山門の脇に水琴窟があり、地中に太い竹筒をさしています。竹筒に耳を当てると妙なる調べ。石庭も美しく、眺望も抜群です。
水琴窟にかそけき秋の声を聞く つきひ①
秋深し水琴の音秘めやかに かをる②

澄む秋の水琴窟や月照寺 だっくす⑥
七五三 さまざまのこと思い出す桜かな(笈の小文)
隣の柿本神社の境内は七五三で大賑わい。「ヒトマル=火止まる=火除け」、「ヒトウマル=人生まれる=安産」の神様の柿本神社は、七五三のお参りにも人気があり、警備員が車の誘導に走り回っています。

七五三親も子も皆晴れやかに かをる
おすましがきれいなべべを七五三 ろまん亭②
人丸はおおにぎわいの七五三 英①
小春日の風に吹かれて七五三 見水①
七五三の句は難しいのか点が入りません。
筆柿の真青の空にたわわなる さくら①
陽だまりに赤き実探す老い雀 蛸地蔵③

境内には、指先ほどの小さな柿・筆柿のなる御神木や八房の梅、盲杖桜など伝説の木々や古い由緒ある石碑などが所狭しと並んでいます。この日は熟した筆柿が落ちていました。
階(きざはし)を一二一二の七五三 播町①

東側の石段は長くて急です。5歳、7歳の子供なら登れるけど、3歳児なら無理かも。昔は山陽電車人丸前駅で降りてみんなこの石段を上り降りしてお参りしたのでしょうね。
子午線 ほととぎす消え行く方や嶋一つ(笈の小文)
月照寺と柿本神社の間に、赤トンボの標柱があります。80年前の昭和5年(1930年)に子午線を示すために立てられたもの。昭和35年(1960年)に明石市立天文科学館が建つと、この塔が日本の子午線のシンボルに。昭和40~43年に松本清張が書いた推理小説「Dの複合」は、東経135度と北緯35度、浦島・羽衣伝説を絡ませ、柿本(人丸)神社や天文科学館が登場します。

子午線を探して歩く冬日和 蛸地蔵③
子午線の古びし標柱冬隣 だっくす⑤
子午線を跨いで立てり冬ぬくし りっこ③
上五に子午線を詠んだ句は、どの句もかなりの得点。子午線は目に見えないが、その上を毎日決まって太陽が横切っていくという宇宙の壮大なロマンを感じさせるからでしょうか。
子午線をtacoがよこぎる秋日和 播町③
子午線をまたいで天空秋日射す かをる⑥
子午線と橋と淡路に七五三 一風⑤

一風さんの句に、「言葉を並べただけのようだけど」との酷評もありましたが、堂々5点を獲得しています。
赤トンボ標柱に並んで、芭蕉75回忌に建てられた蛸壺の句碑があります。歌聖・人麻呂のそばに俳聖・芭蕉も置いたら、子午線まで来てしまいました。この位置から見る明石海峡大橋は、ほぼ真横からの姿。素晴らしい眺望に刺激されて、いい句ができています。

こがらしに海はれわたり淡路島 英①
神無月夢の架橋神走る ひろひろ①
秋惜しむ遠き目をせし同僚と つきひ③
明石天文科学館の展望台からの眺望でしょうか。
天文台秋の海峡広がりぬ だっくす①
峡を行き交ふ船や秋日和 だっくす③
春日のくにうみの島浮きあがる 播町④
熱烈な古代史ファンの弥太郎さん、今日はしみじみ明石の人麻呂を偲びます。
秋涼の明石海峡波白し 弥太郎②
万葉の水夫(かこ)たち偲ぶ秋の海 弥太郎
返り花人麻呂の弧悲(こひ)偲びけり 弥太郎③

九句選 日は花に暮れてさびしやあすなろう(笈の小文)
アスピア明石北館7階「あかし男女共同参画センター」の会議室が本日の句会場。14:00、投句締切時刻。句会の始まりです。

14名5句ずつの全70句を、順不同・作者不明で清書し、コピーを配付。各人15分間で他のメンバーの句を、今回はいつもの5句ずつでなく9句選び、うち1句を特選句2点に換算のルール。総点数140点という過去最大の点の争奪戦です。各人が5句なら秀句に得点が集中するが、9句ならちょっと気に入った句も選び、得点がみんなにバラけて面白くなるのでは、との読み。
各人選句を終え、つきひさん進行で選句の発表が始まりました。
獲得点数の結果は次のとおり。
優勝=だっくすさん・18点
2位=つきひさん ・17点
3位=りっこさん ・15点
上位組はいつもの面々。総点数140点の行方も、女性軍6名で80点、男性軍8名で60点、で女性軍圧勝もいつも通り。ただし、出句した5句すべてが得点するパーフェクトが、だっくすさん・つきひさん・播町さん・ろまん亭さんと4人も。2桁を獲得した一風さんとパーフェクトのろまん亭さんご満悦。
本日の高得点句です。
はふはふと蛸ほうばりて冬楽し 見水⑧

蛸は季語ではないので「冬」を入れてます。播町さんの句と似たのは偶然。
母に歩を合はせし日あり菊花展 つきひ⑨
菊花展を見て母との楽しい思い出を句にした感覚、誰もが共感します。
この感じ今も好きよと枯葉踏む りっこ⑨
「この感じ」で始まる斬新さに惹かれます。踏むのは落葉、舞うのが枯葉。
大橋を置きて小春の時の道 さくら⑧
高台から見える大橋を「置きて」と表現し、大・小の対比が素敵です。

句会のあと、書家・りっこさんの指導で、今日は自作のお気に入り句を色紙・短冊に書いて記念に。前回の龍野句会では初めての試みにとまどいましたが、今回はみなさんさっさと書き始めます。

りっこさんが「漢字は大きく、かなは小さく」、「色紙の三行書きは中の句を上に」などアドバイス。色紙・短冊・道具一式は、今回もりっこさんが全員分ご用意。
17:00、秋が深まり日の傾く時刻が早い。部屋の窓から見える天文科学館が夕映えに輝いています。
月の庵 扇にて酒くむ影や散る桜(笈の小文)
17:20、明石駅ステーションプラザ明石東館2階の和食「月の庵」に移動して表彰式と懇親会。司会は本日ごきげんのろまん亭さんです。
まず表彰式。今回の賞品は、老舗「分大」の最中・丁稚羊羹、干し蛸、明石のり、たこせんべいなど、明石の特産品。18点を獲得して優勝しただっくすさんから、勝因と感想。
「たまたま総合点で」と遠慮がちですが、月照寺の水琴窟や赤トンボの標柱、天文台など見所ポイント選びもパーフェクトでした。
乾杯のあと、つぎつぎ運ばれる料理を、みなさん年を感じさせない食欲で平らげ、ビールやお酒(冷やの地酒)が進む中、司会が全員を順に指名し、句会の反省や近況を報告。

つきひさんは大学は退いたがNPOに取り組まれる。弥太郎さんは奈良で次々と進む発掘に目を離せないが、足を骨折してさんざんだった。蛸地蔵さんからは「蕪村はわかりやすいが芭蕉は意味不明。自分は俳句より短歌が向いているのかも」の発言。播町さんからは「俳句の選考は、最初の上五でどれだけ興味をひくかどうかが勝負」など。話題は、政権交代や新型インフルエンザにも。
「次回の春の句会はRANDOM句会も第10回目。第1回の有馬句会に戻って、また有馬温泉でやりませんか」と播町さんが提案。①有馬、②篠山、③伊賀上野、④須磨、⑤伊丹、⑥石山寺、⑦飛鳥、⑧龍野、⑨明石、と続いたRANDOM句会を、ふりだしの有馬で?
つきひさんは「最初から比べると少しは俳句らしくなったけど、小さく器用にまとめた句にならないように。RANDOM句会は、先生が一方的に厳しく指導する句会ではなく、遊び心を大事にして、みんなでお互いに選句する自由な句会なので」と念押し。初心に帰るのも、いいかも知れません。
金泉に春愁の身を沈めをり だっくす
7年半前、第1回の春らんまん有馬句会で断トツの最高得点をとった、本日の優勝者・だっくすさんの句です。
「蛸焼き」で始まり「月の庵」で締め。芭蕉の句の「はかなき夢」のような明石句会は、無事終了。句会や懇親会の余韻に浸り、心地よく疲れて、それぞれ家路に着きます。お世話されたつきひさんとだっくすさん、りっこさんに心から感謝。そして、次回の句会に期待。
2009.11 写真/Romantei+Mimizu 文/Mimizu