
移民船冬空へ旗ちぎれ飛び 播水
10月の後半、台風が続けて来たあとに、こがらし1号。慌ただしい秋・冬の到来です。
第26回神戸RANDOM句会は、「神戸開港150年句会」。前回、神戸の山手を歩きましたが、今回は神戸の港を巡ります。
神戸の開港は1868年1月1日。今年2017年は開港150年の大きな節目です。
遊び探しの高齢者予備軍のわがメンバーも、みなと神戸へくり出します。
みなと神戸をめぐる――――――――
本日の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、どんぐりさん、へるめんさんの女性5名。男性は一風さん、蛸地蔵さん、稲村さん、播町さん、英さん、見水さん、ろまん亭さんの7名で総勢12名。欠席のひろひろさんから3句、弥太郎さんから1句投句をいただいています。
句会の11月6日(月)は抜けるような秋晴。集合は午前9時30分、JR三ノ宮駅コンコース。ラッシュのピークは過ぎても、まだ通勤客の多い中、参加者の到着を待ちます。
シティー・ループバス

「ループバスは混むので、お先にどうぞ。ポートタワーで集合します」
早く着いた5名のメンバーを9時27分のバスで送り出します。
濃い緑色の車体に赤のラインの入ったレトロな「シティー・ループバス」は神戸の観光スポットを巡回するバス。後発の7名は9時57分のバスに観光客と一緒に乗り込みました。
ループバスは、フラワーロードを南へ。ガイドさんの案内を聴きながら、市役所北の花時計前を西に曲がります。かつての外国人居留地の北東の角です。
神戸開港

NHKの人気番組ブラタモリで、今年2月に「神戸の港~神戸はなぜ1300年も良港なのか?~」、「神戸の街~神戸はなぜ“ハイカラ”なのか?~」が放送されました。とり囲む急峻な六甲山地が冬の季節風を防ぎ、水深の深い天然の良港、大輪田の泊・兵庫津は、遣隋使・遣唐使に始まり、日宋貿易・日明貿易の港で、江戸時代には全国の物資の集まる商業都市・大阪の外港として栄え、国内航路の要港でした。
1858年、幕府が結んだ日米修好通商条約により、1859年に箱館・神奈川(横浜)・長崎が、新潟は遅れて1869年に開港します。
兵庫は1863年の約束が朝廷の反対などにより5年延期し、1868年1月1日、兵庫津から東に3.5kmの漁村・神戸村に貿易港を開港。幕府の軍艦奉行・勝海舟が1864年に「海軍操練所」(約5.7ha)を設置した場所でした。
幕末の騒然とした時代で、操練所は翌年1865年に廃止。海舟の弟子で操練所の設置に奔走した坂本竜馬は、その後、亀山社中(海援隊)を作り、薩長同盟を成し遂げ、大政奉還を見届けますが、神戸開港目前の12月10日に暗殺されます。
開港場には計画的に外国人居留地が造られます。外国人居留地は、東を生田川(現在のフラワーロード)、西を鯉川(現在の鯉川筋・メリケンロード)、北を西国街道に囲まれた26haの区域。貿易の拠点、西洋文化の入口として発展していきます。
外国人居留地

新しい風は、いつも、みなとから―
神戸市は、開港150年のイメージキャラクターに地元出身の女優・戸田恵梨香を起用。ホームページには、「コーヒーも映画も はじめは 港からやってきた」をキャッチフレーズに、サッカー、神戸牛、マラソン、ジャズ、コーヒー、洋服、ゴルフ、神戸家具、オリーブ、バナナ、ラムネ、水族館、映画、洋菓子、ボウリングの神戸発祥物語を紹介しています。
居留地は自治機構で運営され、合理的な街並や自由で豊かな西洋文化は、日本人を魅了します。
1895年の日清戦争後にはアジア最大の港として、世界に名を知られるようになり、1899年に居留地は日本に返還されます。
居留地が手狭になった場合の「雑居地」もあらかじめ決められ、南京町や北野・山本の異人館街は雑居地に造られました。
ループバスは、かつての西国街道を西に向かっていますが、大丸の北東の三宮神社の前で、開港直後に神戸事件が起きます。
神戸事件と伊藤博文

開港直後の1月3日に王政復古の大号令(新政府の樹立宣言。戊辰戦争の始まり)が発せられ、それまで幕府が担ってきた外交は、新政府に交代します。
1月27~30日に鳥羽・伏見の戦いがあり、新政府から西宮の警備を命じられた備前藩の500人の兵は、開港に合わせて幕府が完成させた迂回路「徳川道」を通らずに西国街道を進み、2月4日、フランス人水兵らと遭遇。隊列を横切った水兵らを負傷させ、居留地予定地にいた欧米諸国の公使たちを射撃。米・仏・英の軍隊と銃撃戦になりました。死者は出ませんでしたが、新政府初の外交問題に発展しました。
事件後すぐに、27歳の伊藤俊輔(博文)は、大坂にいた外国事務総督・東久世通禧を伴って駐日英国公使・パークスと会談。1ヵ月後、備前藩の滝善三郎が全責任を負って各国外交官列席の場で切腹。一歩誤れば内戦に乗じた外国の軍事介入をも招く事態を収拾し、伊藤は神戸開港場外国事務一切委任の辞令を受け、まもなく初代兵庫県知事に任命されます。
賑やかな大丸、元町商店街の入口を南に折れ、神戸中華街、栄町通を見て鯉川筋・メリケンロードから海岸通の国道へ。前はもう海です。300m東の京橋に神戸開港100年に建てられた「神戸海軍操練所跡碑」が残っています。
神戸開港100年
開港100年を祝う「神戸開港百年祭祝賀式」は1967年でした。
戦後もアジア最大の港として日本の高度経済成長を支えましたが、この年、神戸市長・原口忠次郎は、東京で開かれた「国際港湾協会」総会の議長を務め、神戸での祝賀式に皇族や総会を終えた各国代表を招き、シアトルおよびロッテルダムとの姉妹港提携式も行いました。
1967年には摩耶埠頭に日本初のコンテナターミナルも完成。1973年~1978年、神戸港はコンテナ取扱個数世界一の港でした。1968年に日本はGNPで西ドイツを抜き、世界第2位の経済大国になりました。
その頃、神戸創業の経営者が着実に事業を伸ばしていました。スーパー・ダイエーの中内㓛(1922―2005)です。ダイエーは70年代・80年代に全国展開、店舗の業態も多様化させ、ホテル、大学、プロ野球にも乗り出し、神戸の街がダイエー一色になった時期がありました。1995年の震災では中内は自ら指揮し、被災したダイエー各店舗をいち早く開け、生活必需品や屋根覆いのブルーシートなどを大量に提供しました。
国民的作家も登場します。司馬遼太郎(1923―1996)です。
1961年創刊のタウン誌「月刊神戸っ子」の第2号から司馬のエッセイ「ここに神戸がある」が連載されました。1959年「梟の城」で直木賞を受賞して作家になったばかりの司馬は、まだ髪の毛も黒く、神戸っ子の編集者が有馬の老舗旅館に電話で「作家の司馬」で予約したところ、「作家の志賀」で伝わり、玄関先で怪しまれて足止めを食うエピソードも書いています。司馬は、当時「海軍操練所」の図面が神戸市の図書館にあることも調べています。1962年から「新選組血風録」「燃えよ剣」「竜馬がゆく」の執筆が始まり、1968年からは「坂の上の雲」が連載され、空前の大ベストセラーになります。
国道2号線を越えるとメリケンパークの一角。ホテルオークラの前を抜け、中突堤を走り、海洋博物館、スターバックス、メリケンパークオリエンタルホテル前で折り返して、ポートタワー前で下車。
ポートタワー

神戸ポートタワーは1963年に完成し、現在54歳。ブラジル移民船や摩耶埠頭へのコンテナ船の初入港、ポートアイランドや六甲アイランドの建設、ポートアイランド博覧会、阪神・淡路大震災の被災と復興、神戸空港の造成…神戸港をずっと見守り続け、今も神戸のシンボルです。
高さは108m、最近の高層ビル・高層マンションと比べればそう高くはありませんが、青空の下、鮮やかに赤く塗られ曲線の美しいタワー、近くで見るとやはりカッコよく、圧倒されます。
高齢者証などを提示して入場券を買い、エレベーターで展望台へ。半年ぶりのメンバー集合、本日の会費もいただきました。
時間があるので、今では珍しい回転展望台に座ってコーヒータイム。色づき始めた六甲山系、神戸の街・海をゆっくり眺めます。
1995年の阪神・淡路大震災で神戸港は甚大な被害を受けましたが、国の強力な支援も得て2年で全面復旧。震災を記憶するため、メリケン波止場のあった一角を「神戸港震災メモリアルパーク」として震災当時の状態で保存しています。
艀溜り

メリケンパークの場所は、埋め立てられる前は、艀(はしけ)溜りになっていました。
だっくすさんが子供の頃には、艀で生活している同級生がいたそうです。
神戸市の中央市民病院長も務めた俳人・五十嵐播水(1899-2000)は、「港の播水」といわれ、艀を詠んだ句もあります。
旗立てて街なす艀初凪げり 播水
日盛りの艀溜りの動くなし 播水
艀呼ぶ旗が揚りぬ時雨中 播水
BE KOBE
メリケンパークの海沿いに、「BE KOBE」の白い立体文字を見つけました。今年4月に開港150年記念に設置され、話題を呼んでいます。平日でも少し人だかりし、白い豪華客船のようなメリケンパークオリエンタルホテルを背景に入れて写真を撮っています。
「誰から誰へのメッセージかわからない。アムステルダム名物の「I am・sterdam」の立体文字のパクリでは」の酷評もありますが、神戸市の説明によると、震災を乗り越え、神戸市民であることを誇りに思い、これからの150年に向けての出航の意志を表す、神戸っ子の決意表明のモニュメントです。
開港150年を締めくくるイベントもメリケンパークで。富山県の樹齢150年のあすなろの木を船で神戸に運び、高さ30mの世界一のクリスマスツリーを立てるプロジェクト。ルミナリエに合わせて進行中です。
午前11時。そろそろ遊覧船乗り場の中突堤中央旅客ターミナル「かもめりあ」に移動。どんぐりさんは「歩いて降りるわ」と元気よく階段へ。476段あります。
神戸港遊覧

幹事の一風さんが全員の乗船券を買ってお待ちでした。
神戸港遊覧船は、帆船型の「オーシャンプリンス」と豪華クルーザーの「ロイヤルプリンセス」が交替で発着しています。
11時15分出航の「オーシャンプリンス」に乗船します。客室もありますが、天気がいいので全員眺めのいいデッキに上がります。コースは時計と逆回りに港を一周します。
目の前に舳先あらはれ舟遊び 信子
まずは、観覧車のある神戸ハーバーランドのモザイク。ここは「高浜岸壁」といいますが、江戸時代には北前船の「船囲場」の浜。海の荒れる冬の間、北前船をこの浜に引き上げておおいをかけ、翌年の航海にそなえました。神戸ハーバーランドができる前の煉瓦倉庫や信号所も残しています。
隣は1887年創業の川崎重工。今日は鯨のような潜水艦が陸上に上げられ修理中です。続いて兵庫突堤。西側には兵庫運河や中央市場、最近は「イオンモール神戸南」がオープンしています。
「兵庫運河、懐かしいなあ」
稲村さんを案内役に、ほぼこのメンバーで兵庫津を歩いたのは14年前。昨日のことのようです。
平清盛が大修築した大輪田の泊、後の兵庫津です。
巨大なドックが見えてきました。1905年創業の三菱重工業です。かつて神戸は大型船舶を建造する先端産業の街として人々が集まり発展をしました。


遊船に一里来し海顧る 誓子
ふり返ると、ポートタワーや海洋博物館、ビル、街並み、六甲の山々が「起こし絵(夏の季語)」のよう。
和田岬と、釣人もいる第一防波堤の赤い西灯台の間を抜けると、外海です。波は静かで空はまっ青なのに、冬霞がかかっていて、淡路島もぼんやり。明石海峡大橋も残念ながら見えません。
空港島にゆっくり近づいていきます。時間を合わせているのか、西の空から旅客機が降りてきました。
遊覧船は空港島の手前で転回し、ポートアイランドⅡ期の岸壁に沿って港に戻ります。

「神戸港」の文字の書かれた白い東灯台を見ながら、ポートアイランドⅠ期の岸壁へ。
1981年完成した海上文化都市ポートアイランドはどこかの外国のような島でした。中央部分は緑の中に個性的なファッションタウンのビルが建ち並び、国際会議場・市民広場・ホテル・展示場・ホール・スポーツセンター、お洒落なマンション群やレストラン街。外周のコンテナターミナルにはずらり並んだガントリークレーンが次から次とコンテナを積み下ろしし、活気に満ちた若々しい街でした。
あれから35年、街は震災に遭い、樹木はたくましく生い茂っていますが、ビルも住む人々も齢を重ねました。
コンテナ船が大型化して、ポートアイランドⅠ期西側にあったコンテナターミナルは水深の深いポートアイランドⅡ期や六甲アイランドに移り、跡地には3つの大学が新築移転され、学生たちで賑わう美しいキャンパスに生まれ変わっています。
遊船の人に手を振り答へ見る 立子
遊覧船に手を振ってくれる女子学生たちもいます。
窓辺に戸田恵梨香がたたずむ白いみなと異人館、赤い神戸大橋を横目に見て、新港突堤、メリケンパーク、中突堤に戻り、かもめりあの桟橋に帰港。デッキで立ちっぱなしの45分間でしたが、楽しい船旅でした。
ゆるやかに帆船はひりぬ秋の汐 虚子
神戸ポートキッチン
ちょうどお昼。昔のまま残っている中突堤中央ビルの横を抜け、12時15分、予約をしていた神戸ポートタワーホテル2階の「神戸ポートキッチン」へ。バイキング・ランチです。
平日ですが客でいっぱい。中国からの旅行者らしい団体客の賑やかなこと。わがグループの席は窓際です。
地元産の野菜などを使った和・洋・中の出来たての料理は美味しそう。茹で蟹もどんどん厨房から運んでいます。各自セルフで皿に盛って、飲物を注文。港巡りで冷えた体に「温め酒」、の句を考えていましたが、今日は予想はずれ。幹事さん、メンバーに確認して、
「瓶ビール6本、お願いします」

作家・村上春樹のデビュー作は、1970年夏の芦屋・神戸らしい街を舞台にした1979年の「風の歌を聴け」。丸谷才一や吉行淳之介の高い評価で群像新人賞を獲得しましたが、バタくさい、アメリカの翻訳小説のようと、芥川賞は逃しました。いまや世界の村上春樹となり、この小説も現在までに200万部ほど売れているようですが、評価は、「よくわからない」「ビールを飲むシーンが多いので、ビールが飲みたくなる」…。
神戸は彼が高校生活を過ごした街で、地元には熱烈なファンがいる一方、「村上春樹はまったく読まない」と、そっけないのも神戸っ子。芦屋の中学校の後輩、映画監督・大森一樹は、1981年に神戸の街や港でロケし、「風の歌を聴け」を映画化しています。
ビールでほろ酔いの昼の宴に、つきひさんから近況報告。
ひとつは、親しかった元同僚の遺句集のこと。もうひとつは、ご自身の郷里、美作に建てた句碑のこと。句碑に選んだ句は、
ふるさとの みどりの中の 熟睡(うまい)かな
満腹し、昼寝をしたいところですが、句会の時間が近づいてきました。デザートと濃いコーヒーをいただいて、句会場に移動。
栄町・元町
ホテルを出て北に歩き、今回の句会場のまちづくり会館のある元町通4丁目に向かいます。
元町通の手前が栄町通。最近はマンションが目立つようになりました。栄町は1873年の神戸築港計画により整備された街。1910年には一面御影石の舗石道路に改築され、神戸市電が通り、銀行や商社、船会社が建ち並ぶビジネス街。前に国際貿易港、後ろに兵庫県庁、東に居留地、西に神戸駅、湊川神社、裁判所、神戸市役所(当時は相生町や橘通にあった)。まさに神戸のメインストリートでした。
神戸開港から50年後、今から100年前の1917年には、神戸に三井、三菱を凌駕する巨大企業ができあがっていました。総合商社・鈴木商店です。鈴木商店の本店はかつて栄町3丁目にあり、鈴木の本宅も栄町4丁目。作家・城山三郎は1964~1966年、大番頭・金子直吉(1866―1944)と鈴木商店の栄枯盛衰を描くノンフィクション「鼠―鈴木商店焼打ち事件」を書きました。
初夢や太閤秀吉奈翁(ナポレオン) 白鼠
生きのびる心に生きぬ秋の風 片水
1918年に全国で米騒動が起きます。8月に神戸の群衆は湊川公園から新開地へ向かい、鈴木旧本宅と東川崎町1丁目の元ミカドホテルに移転していた鈴木商店本店を焼打ちします。焼打ちの後、鈴木商店は最盛期を迎えますが、9年後の昭和の大恐慌で倒産。神戸製鋼所・帝人・IHI・昭和シェル石油・双日などは鈴木商店の流れを汲む会社です。
1914~1918年に第一次世界大戦、1917年にロシア革命、1921年に神戸で川崎・三菱造船所争議が起きています。神戸には社会運動家・賀川豊彦や多彩な顔を持つ実業家・松方幸次郎がいました。
城山三郎の「鼠」には、金子直吉の詠んだ俳句も登場します。初め「白鼠」、後に「片水」の俳号に変えています。
開港150年句会――――――――――

午後1時30分、元町4丁目の商店街に面したこうべまちづくり会館に到着。6階の第2会議室が今日の句会場。西面と北面に斜めのガラス窓のある明るいペントハウスのような小部屋です。
午後2時までに、各自5枚の句を書いた短冊を提出し、短冊をばらして選句表に清書します。
清書した選句表を、受付の事務所で人数分コピーします。
この間に、つきひさんから差し入れていただいた栗入り餡餅と蛸煎餅、自販機で買ってきた飲物が配られ、一息入れます。
全員に選句表を配付し、午後2時30分から15分間で、今回は各自、自作以外の気に入った6句を選びます。特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者12名の総点数84点の争奪戦です。
午後2時45分、つきひさんの進行で、特選句から順番に選んだ理由も挙げながら発表。64句全部に点数が付けられて作者が明かされます。
獲得点数により順位が決定。句会は午後4時過ぎに終了しました。
選句の発表
今日できた名句を一挙ご紹介。句の数字は句会での得点、◎は特選句です。
一風
秋の日にどの入口でも老人証 ②
タワーから海をみつめて秋惜しむ
船の上おしゃべりはずむそぞろ寒 ①
鼓塔抱いて聳える秋の山
ブラジルへ発つ人も見た秋の空 ⑤◎
さくら
六甲の紅葉より濃しタワーの朱 ②
短日の光集めし朱のタワー ③
秋光や港の歴史遊覧船
冬温し潜水艦は陸上に ②
初物の蟹お代わりすランチかな
蛸地蔵
山みどり港はブルー街は秋 ②◎
山脈(やまなみ)の裾に広がる街の秋
震災を遠くに偲ぶビイコウベ ①
秋日和船旅思い波止場行く
潮風をかすかに留め秋湊 ①
だっくす
秋天を突くかに聳ゆポートタワー ②
冬霞六甲の山ぼんやりと
秋日和ドックに休む潜水艦
秋の海船行く先に波光る ②
セーターに残る潮の香余韻かな ②
つきひ
秋日濃き立体文字のBE KOBE ①
冬ぬくしレトロに動く展望台 ②
起こし絵の街引き離し出航す
秋晴や水平線はばら色に ③◎
海上都市飛機着陸す秋日和 ①
稲村
ループバス元町みなと秋を行く ①
秋の空タワー赤色海の青
秋うらら今日は海路の句会かな
ベイクルー航跡光る秋の海 ①
時は秋商店街は冬モード
どんぐり
秋うららクルージングは帆をたたみ ⑤
潜水艦一部覗かせ冬近し ④◎
六甲山縦走起点冬霞 ②
秋潮の縦横無尽長長し
頬被して突堤に魚釣る ③
英
身にしむや喪中葉書突然に
秋晴れにポートタワーつっ立てり
秋みなと行きかう船とさざ波と
秋みなと潜水艦が休んでる
降りてゆく秋のみなとに飛行機が
播町
タワーほど足長き人霧笛呼ぶ ②◎
ついきのふの艀溜りに冬鴎 ④◎◎
港のむかし鳥瞰すれば鳥渡る
今朝の冬波にちゃぷちゃぷ遊覧船
望郷も追慕も秋の港ゆえ ⑧◎◎
ひろひろ
秋雨よ夜に降れよと運動会 ①
最高だ船々異人神戸秋
神戸開港百五十秋深し
へるめん
桐一葉海岸通りのわが青春 ①
秋うららポートタワーの下に立つ
爽やかや舳先の集いランダムに ②
なめらかに瀬戸の潮路や秋惜しむ ⑤
遺句集や海には海の秋の声 ⑥◎◎
見水
BE KOBEメリケンパーク小春風
遊船の客の後追う冬鴎
寄港地の街の背山薄紅葉
茹で蟹の殻山盛りに昼の宴 ③
元町に波止場のなごり冬温し ②
弥太郎
秋の海昭和を語る信号所 ②◎
ろまん亭
いくせいそうポートタワーで赤か朱
べーコウベ何するやらしない秋
秋日和150年神戸みなと
バイキング君も満ぷく我も秋
カニしゃぶり句ができないし昼寝あと
高得点句

本日、高得点を獲得した句は、
望郷も追慕も秋の港ゆえ 播町⑧◎◎
齢を重ねるたびに望郷や追慕の思いが深まります。
遺句集や海には海の秋の声 へるめん⑥◎◎
遺句集の話を聴けばなお一層さみしい秋です。
ブラジルへ発つ人も見た秋の空 一風⑤◎
神戸の絶景を目に焼き付けたことでしょう。
秋うららクルージングは帆をたたみ どんぐり⑤
いい天気に恵まれ、快適な港めぐりでした。
なめらかに瀬戸の潮路や秋惜しむ へるめん⑤
防波堤の沖に出ても波静かな秋の海でした。
ついきのふの艀溜りに冬鴎 播町④◎◎
はしけ溜りがあった頃の港が懐かしい。
潜水艦一部覗かせ冬近し どんぐり④◎
修理中ですが不安もよぎるご時世です。
表彰式

表彰式です。優勝は同点3名で、どんぐりさん(14点)、播町さん(14点)へるめんさん(14点)。優勝者3名で総点数84点の半分を獲得しました。
他のメンバーの得点は、一風さん(8点)、さくらさん(7点)、つきひさん(7点)、だっくすさん(6点)、見水さん(5点)、蛸地蔵さん(4点)、稲村さん(2点)、弥太郎さん(2点)、ひろひろさん(1点)、ろまん亭さん(0点)、英さん(0点)。
今回の賞品は、幹事さんがポートタワーの売店で選んだ神戸のお土産です。
1位 開港150年記念賞 メリケン焼酎
1位 中突堤賞 牛肉ちりめん詰合せ
1位 ハーバーランド賞 神戸の味詰合せ
4位 開港150年コーヒー+神戸北野カレー
5位 開港150年コーヒー+神戸北野カレー
5位 当日敢闘賞 神戸牛肉味噌
7位 開港150年コーヒー+神戸北野カレー
8位 開港150年コーヒー+神戸北野カレー
9位 開港150年コーヒー+神戸北野カレー
10位 ―
10位 開港150年コーヒー+神戸北野カレー
12位 ―
13位 ブービー賞 神戸牛肉味噌
13位 開港150年コーヒー+神戸北野カレー
女性軍対男性軍では、女性軍5名の得点が48点、男性軍7名の得点が36点で、女性軍に軍配。
午後4時30分、会場を出て、夕暮れの元町をぶらぶら歩き、散会しました。
冬凪にタンカー波を立てず航く 播水

今回の事前準備と幹事の一風さん、お疲れさまでした。
来年は兵庫県が7月に県政150年、国も10月に明治改元150年を迎えます。NHK大河ドラマも「西郷(せご)どん」。
来春のわが句会はどこに行きましょうか。候補地募集中です。
2017.11 写真/romantei ,文・イラスト/mimizu
