その日は在宅ワークで、家にいて、普通に始まった月曜日。
12:30頃、同僚へのチャットがなかなか送れなくて、
見たら、家のルーターの電気が消えていたから、ああ、停電ね、またすぐに復旧するでしょうと思って少し待ってみた。でも電気は戻らない。
家のブレーカーは定位置にあって動いていない。
ということは、アパートの問題かなと思って、廊下へ出たら、センサーで電気がつくはずの通路や階段に灯りが灯らない。ということはアパートの問題?
私は同じ建物の住人にメッセージを送ってみた。「アパート停電してるよね?待ってれば電気点く?」でもメッセージが送れない。
夫にもメッセージを送ってみる。送れない。
家での仕事が無理そうだから、オフィスに行こうと思って同僚にメッセージを送るもこれも送れない、おまけに電話もかからない。
どういうこと?
夫の仕事場が徒歩圏内なので、そこまで行って、そこから、オフィスに連絡をして、オフィスに行くと伝えようと、仕度をして家を出た。(その時点では電話が使えないのは家に問題があるかもと思っていた。)
それが始まりで、まさか国中、とポルトガルと一部フランスもに影響が出た停電だとはその時は思わなかった。
家を出てみると、道路は人が多いし、会う人会う人が、ヨーロッパ中停電とか、いや世界中だとか、いろいろなことをいう。
道路で会った隣の建物のおばさんには、「え?オフィスに行く?あんた馬鹿なこと言わないで家にいなさい。遠くへ行ったら帰って来れなくなるよ」と言われた。
でもこの時点でも、まだ状況はよくわからなくて、とりあえず、夫のところへ行くべく、歩いてみた。
大通りに出たら、信号も止まって、交通整理に人が出ているし、救急車が何台も行き来してるし、おまけに人々がみんな歩いている。
そこに、会社の人からの電話が入って、途切れ途切れであったけれど、何とか話ができた。
で、地下鉄も止まってるから、自宅待機、ということになった。
他にもその時に、電話の着信履歴が表示された。なので、連絡のあった人に電話をしてみた。何とか話ができて、彼女はオフィスから徒歩で家に帰るところとのことだった。
日本の弟からも、「スペイン、ポルトガル停電とニュース見たけど、大丈夫?」とラインが入った。
弟からのラインで、そうか、停電はイベリア半島なんだとなんだかわかった。
急いでオフィスに行かなくていいなら、今連絡が取れる時に取ろうと、近くの広場に座ってラインとワッツアップで連絡を試みた。
でも、送れたり、送れなかったりで何とも不安定な感じだった。
しばらく広場にいたけれど、不安定な通信状況だし、日差しは暑かった。
この日は家の中も、家の周囲の道路でも、通信は全くできなくて、何とか微弱ながらも通信ができたのが、家から少し行ったところの広場付近だった。
だから、念の為に1時間に1度くらい広場に行って、メッセージを送受信したりして、過ごした。
本当に、電気がないと何もできないんだと改めて実感した日。
家の中が暗いのは仕方がないとしても、通信もできないし、カード決済で日々過ごしていた私は現金の持ち合わせもない。買い物もできない、と言っても、多くのお店はシャッターを閉めてしまっている。建物によっては水道も使えなかったと聞いた。
病院なども発電を持つとしても、命を預かる場所なだけに大変なことだろう。。。
冷蔵庫の中身も心配になる。携帯も充電ができなくなる。調理もしにくい。
そして、外からの情報が入らないのも、心細い。
結局、我が家付近はその日の20:00過ぎに電気がついた。(場所によっては、もっと早く、または、もっと遅くの復旧だった。)
その時間も広場で送受信待機中だった私。ふと、後ろを見るとホテルのレストランに明かりがともり、お客さんを迎えているシーンが目に入った。その向こうのお店にも電気が点いていた。
もしや家も大丈夫かも?と家に戻ったところ、アパート玄関から自動に電気が灯った。そして家の中も電気が戻っていた。
そんなわけで、我が家の場合は8時間程の電気のない時間を過ごしたわけだけど。
(もっと復旧に時間がかかると思っていたから、早く戻って有難かった。)
今後のために、懐中電灯と電池、ラジオ、多少の常備食とお水、現金の用意などが必要なんだなと思った。あとは、連絡がつかない時に、家族とどこで落ち合うか決めておくとか。日本だったら当たり前なことだけど、スペインにいると気にもしていなかったことだった。
今後は準備しよう。
でも、スペイン人ってすごいなと思った日でもあった。
私が見た限りだけど、いつ電気が戻るかわからない状況であっても、
その場を楽しむ力がある人たちに思えました。
仕事場から徒歩で家に帰る人も、悲愴感とか辛そうな顔ではなく、同僚や友達とさざめきあいながら歩いている人がとても多かった。
開いているお店でも長い列を文句もなく並んでいたし。
こんな状況なのに、広場では、もともとあったイベントの一部がそのまま行われていて、屋台でパエリアやホットドッグを作って売っていた。人々はそれを買って、ビールも買って、広場で飲んで食べていた。(ビールが冷たかったかはわからないけど、パエリアはたぶん、ガスボンベで作っていたと思います。)
天気のいい日だったから、仕事もなくなったし、この際日光浴だとばかりに、芝生に寝そべる人もたくさんいた。
夫も、仕事から早く帰ってきて、家にいてもしょうがないからと、長めのウォーキングに出かけ、いつも多少の現金を持つ夫は、その後は行きつけのバルで、暗いお店の中、ぬるいビールを飲んで、バル友とおしゃべりをしたそうだ。
もちろん、もっともっと長い時間に及ぶ停電だったら、もっと混乱もあったかもだけど。
有難くも早く復旧してくれたから、個人的レベルとしては、今後への教訓になったなと思った停電事件でした。
地下鉄も止まってしまったので、歩いて帰るであろう人びと
でもなんだか普通に人出の多い日にしか見えないかも。

