ブログへのご訪問
ありがとうございます。

 

 

本来のわたしへと、
還っていく時間をひらく人


木村蘭です。


 

 

このブログでは、
私が通ってきた混乱や揺れの時間と、
そこからの気づきを、
少しずつ“いまの言葉”で綴っています。

 

 

 

前回は、


書くことが、
わたしに還っていく時間になっていた


というお話を書きました。




今日は、
そのときに自分の中で起きていたことを
少しだけ綴ってみようと思います。





書いているうちに、
心の奥でいろいろなものが
少しずつほどけていきました。



そんな中で、
ふと思い出したことがありました。




子どもの頃、
空想するのが大好きだったこと。



お姫様になったり、
歌手になったり、
妖精になったり。



イメージの世界の中で、
名前も変えて、
なりたいものになって、
ごっこ遊びをしていました。



自由自在に、
心から楽しんでいたあの時間。



じっと想像するというより、


その世界を、
そのまま生きている感覚。



なりきって、
走り回ったり、
踊ったり、
笑ったり。




そこには、


何の枠もなくて、
何の制限もなくて、
何にでもなれる。



そんな感覚がありました。

 



今思うと、あの時間は


何にも囚われていない
自由な私が、そのまま生きていた時間。


だったのかもしれません。

 





最近、


そんなふうにイメージして、
気持ちを体感する瞬間が
増えてきました。




「Bloom Up Me」の構想が
動き始めたときも、
 

きっと同じ感覚だったのだと思います。

 



この内なる旅を、
共に歩く人たちと語り合っている空間。



みんなの表情がやわらかくて、
どこか凛としていて、



それぞれが
自分の花を咲かせている。




しなやかで、
とても美しい光景。




それを思い浮かべていたら、



胸が熱くなって、
気づいたら涙があふれていました。




「あぁ、
 こんな場が生まれたら
 本当に幸せだ」って。







不思議と、

 

未来をイメージして
そのときの気持ちを感じていると、

 

 

「これ、叶うな」

 

 

という感覚が、
ふっと湧いてくることがあります。

 

 

根拠があるわけじゃないのに。

 

 

 

でも、


「そんなの無理でしょ」

という感じではなくて、

 

 

「あ、これ本当に起こりそう」

 

そんな感覚。

 

 

 

 

 

自分でも驚いていますが、

 

これはきっと、

子どもの頃に感じていた
あの感覚。

 

 


 

もしかしたら、

 

子どもの頃に空想していたあの時間と、
いま思い描いている未来は、

 

どこかで
つながっているのかもしれません。

 

 



自由に思い描くこと。

何にも囚われず、
感じたままに生きていくこと。

 

 

 

それが、

 

私にとっての
自己表現の原点なのかもしれないと

 

感じています。

 

 

 

 

 

自己表現って、

 

上手に発信することでも、
何かをアピールすることでもなくて。

 

 

 

本当は、

本来のわたしを生きること。

 

 

 

ただ、

 

自分の内側が喜ぶことを
大切にしながら、

感じるままに
存在していくこと。

 

 

 

それが、

 

自己表現なのかもしれない。

 

 

 

今は、
そんなふうに思っています。

 

 

 

 

 

今日はここまでにしますね。

 

また、続きをお届けします。

 

 

 

✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼

 

去年の夏からの混乱期のプロセスを、

メルマガで少しずつ

“今の言葉”で綴っています。


 

内側でのプロセスを

より深く

 一緒に感じたい方はこちらから♡

 

 

【本来のわたしに還るメルマガ】

 

 

 

今日も、
それぞれの場所で
今日のわたしを生きていけますように。

 

 

読んでくださって、ありがとうございます。

 

 

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私が通ってきた混乱や揺れの時間と、
そこからの気づきを、
少しずつ“いまの言葉”で綴っています。

 

 

今日は、
今の投稿のことを
少し書いてみようと思います。



実は、
年明けからお届けしている内容は、
もともとは自分のために書いていたもの
元になっています。



 

 

前回も少し書きましたが、


 

混乱期の中で、

 

溢れてきたもの。
ふと浮かんだこと。
言葉になる前の感覚。
気づいたこと。

 

それらを、
ただ書き留めていて

 

気づいたら、
ノートがたくさん増えていました。

 

 

そして、

 

「Bloom Up Me」の構想が
少しずつ動き始めたとき、

 

 

ふと、
こんな思いが湧いてきたんです。

 

 

「この混乱期で私が経験してきたことを
 一度、全部書き出して整理してみよう」

 

 

 

そうして、

 

自分が通ってきた出来事や、
そのときに感じていたことを

 

ひとつひとつ思い出しながら、

 

どんな出来事があって、
どんなふうに揺れて、
どんなステップを通ってきたのか。

 

 

メモしていたことを頼りに、
少しずつ書き出していきました。

 

 

 

 

書きながら、
不思議な感覚がありました。

 

 

これまで
バラバラだと思っていた
私のかけらが、

静かに、
ひとつに還っていくような感覚。

 

 

 

悲しかった私も。
悔しかった私も。
迷っていた私も。

 

 

どれも否定せず、
置いていかず、

 

 

そのまま
抱きしめ直していくような時間でした。

 

 

 

気づけば、
胸の奥があたたかく満ちていて、

 

 

「この私でよかった」
 

「よく生きてきたね」

 

 

そんな言葉が、
内側から自然に
湧き上がってきました。


 

 

 

書くことが、

 

 

自分のすべてを内包して
愛していくための統合の時間

 

 

になっていたんです。

 

 

 

 

そして今、

 

そのとき書いたものを
もう一度整理しながら、

 

 

こうして
ブログやメルマガとして
少しずつ届けています。

 

 

 

 

書くことを
何度も、何度も
積み重ねてきた時間が、

 

 

いつのまにか


自分を理解すること
つながっていて、

 

 

自分を受け入れていく時間
なっていました。

 

 

 

 

それは、

 

私自身を
深く癒してくれる時間でもありました。

 

 

 

 

そして、

 

「ああ、そうだったんだ」

 

と、

 

自分の人生が
腹の奥で静かに腑に落ちていくような感覚。

 

それを、何度も味わっています。

 

 

 

 

この私で、
ここから生きていくんだ。

 

 

そんな静かな覚悟を、
何度も感じています。

 

 

 

 

書けば書くほど、
しなやかになる。

 

 

書けば書くほど、
自分が愛おしくなっていく。

 

 

 

 

 

混乱のまっただ中にいたあの頃、
私がいちばん欲しかったのは、

 

「私は大丈夫だ」

 

という、
確かな感覚だったのかもしれません。

 

 

 

こうして
自分が通ってきた道を
ひとつひとつ言葉にしていくことは、

 

過去の私に
そっと手を伸ばし、

 

自分自身と
もう一度、丁寧に
出逢い直す時間でした。

 

 

 

 

書くことは、
わたしに還っていく時間になっています。

 

 

 

いつも本当に、
ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

今日はここまでにしますね。

 

 

次は、
子供の頃の空想の話を。


もしかしたら、

私にとっての自己表現の原点は
そこにあるのかもしれません。

 

 

 

また、続きをお届けしますね。

 

 

 

✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼

 

去年の夏からの混乱期のプロセスを、

メルマガで少しずつ

“今の言葉”で綴っています。


 

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少しずつ“いまの言葉”で綴っています。



ここまでの投稿では、


自分の気持ちに気づくこと。
感じること。
ゆるめること。
信頼すること。
観察すること。



そして、


「私は選べる」


と、少しずつ思い出していくプロセスを
綴ってきました。



ここまで受け取ってくださって、
本当にありがとうございます。



ここからは、

内側から外へ、
静かに流れ始めた時間について、
少しずつ綴ってみようと思います。





混乱期の中にいた私は、
 

「もう何もできないかもしれない」


そう感じていました。



やりたいと思っていたことに
心が動かなくなって、


このまま私は
どうなっていくんだろう、と。



そんな時間が、
しばらく続いていました。

 



いろんな想い。
いろんな役割。
いろんな「こうあるべき」。

 

それらを
ひとつずつ手放していく中で、
最後に残ったのは、



とても静かな自分でした。



何者でもない私。




でも、
たしかに存在している私。

 





その頃です。


内側の緊張が
少しずつほどけてきて、


気づけば
ノートが何冊も増えていました。



・感情ノート
・魅力ノート
・夢ノート
・ワークノート
・世界観ノート
・言葉ノート



溢れてきたもの。
ふと浮かんだこと。
言葉になる前の感覚。

 

 

整えようとせず、
正解を探そうとせず、

 

ただ、そのまま書き留めていた日々。



50歳までのビジョンマップも、
いつの間にか形になっていました。



 

そして、


一年ほど温めていた
「Bloom Up Me」の構想も、


あるときから
すっと動いた瞬間がありました。




子どもとの何気ない時間や、
日常のふとした出来事の中で、

 

「こんなことできたら、(私が)悦びそう」

 

そんな小さなひらめきに、
胸の奥がふわっと高揚する感じ。

 

 

そこから、
イメージがどんどん広がっていく。

 

 

 

 

ああ。


こんなふうに心が動くこと。
こんなふうに
溢れてくるものが、
 

まだ私の中にあったんだ。

 




それは、
本当に久しぶりに味わう感覚でした。




不安になっていた自分の奥に、

 

ちゃんとワクワクが
息をしていたこと。

 

 

ただ、
それがうれしかった。

 

 

 

少し驚きながら、
でも、とても愛おしくて。

 

 

 

静かに
その感覚を味わっていました。

 

 

 

 

 

 

今日はここまでにしますね。

 

 

次は、

書くことで、
もう一度わたしを知り直していったこと
を。
 

 

また、続きをお届けします。

 

 

 

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このブログでは、
私が通ってきた混乱や揺れの時間と、
そこからの気づきを、
少しずつ“いまの言葉”で綴っています。



ここ数日の投稿では、


私がずっと握りしめていた前提のこと。
「そうであってもいいのかもしれない」と
見え方が変わり始めたこと。

そして、
夫に自己開示をしたこと。


そんな出来事について綴ってきました。




今日は、
これらの体験の中で
私の内側に起きていたこと
綴ってみたいと思います。





これまでのプロセスを通して、
私は、ある感覚を体で知るようになりました。



内側の世界と、
目の前に広がる外側の世界は、
切り離されたものではないのかもしれない。

ということ。

 



何かが劇的に叶ったわけでもない。
現実が大きく動いたわけでもない。



でも、
確実に変わったものがあります。



それは、


出来事に対する、私の感じ方。

 



以前の私は、
外側の状態や反応に揺れて、


比べたり、
焦ったり、



「やっぱり無理なのかな」

 「私はこれで大丈夫なのかな」



そんなふうに、
簡単に怖くなっていました。




それは、今でもあります。



向き合い続けているからといって、


悲しくならなくなったわけじゃない。
恐れが消えたわけでもない。



ちゃんと悲しくなるし、
ちゃんと怖くなる。



「やっぱり足りない」と、
古いパターンに戻ることもあります。

 


でも、違うのは、
 

そのたびに、
わたしに戻れるようになってきたこと。



揺れても、
揺れの中に飲み込まれ続けなくなったこと。

 



 

「私はなぜ、
 この出来事にこの感情で反応しているんだろう」

 

 

「これは、
 どんな前提で見ている見方なんだろう?」



 

そうやって、

自分を丁寧に観察する。



その実践を、
日々、何度も、重ねています。





意識を外側から内側へ戻すと、
呼吸が深くなっていく。

 

 

出来事は同じでも、
見えている景色が
少しずつやわらいでいく。



 

私は、
反応するしかない存在ではなく、

選び直すことができる存在。




そんなことを、
少しずつ思い出していく感覚です。





それは、


新しく何かになるというより、


もともとあった場所に
戻っていくような体感。

 




でも、この感覚は
一度つかんだら終わり、ではありません。




何度も忘れる。
何度も外側に引っ張られる。




それでも、


前より少しだけ、
気づくのが早くなっている。



前より少しだけ、
戻るのが早くなっている。

 





一瞬で人生が変わるような変容ではない。



緩やかで、
ときどき痛みもあって、
とても地道なプロセスです。




正直、


「これって本当に意味があるんだろうか」


そんな疑問が湧く日もあります。




道は長く感じるし、
簡単とは言えない。

 





それでも。


内側に広がる安心は、
確実に深くなっています。




何かを成し遂げたからではなく、


ただ“在る”ことを
少しずつ許せるようになってきています。




感じながら、
安定していること。



存在しているだけで、
どこかに静かな悦びがあること。




それを、
私は知りはじめている。

 

 

 

 

 

 

劇的じゃなくていい。
 
ゆっくりでいい。

 

 

 

 

この道は、
派手ではないけれど、


とても美しい。





何度でも戻りながら、
私は、私をひらいていく。




その中で、


内側のワクワクやときめきが、
言葉になり、行動になり、
自然に流れ出していく瞬間がある。




今は、
それを確かに感じています。

 

 

 





今日はここまでにしますね。

 

また、続きをお届けします。

 

 

 

✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼

 

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前回は、
私の見え方が
変わりはじめたときのこと
綴りました。



今日は、
 「本当のわたしでいたい」と思い、
 勇気を出した日のことを。





以前のブログ

 

「子どもの頃の“あの感情”が、押し寄せてきたとき」
 

「“頑張る私”じゃないと、ここにいられないと思っていた」

 

でも書いてきたのですが、
 

夫と向き合う中で、
 
私は思いがけず
とても深い場所に触れることになりました。




「私が頑張らないと愛されない」

「支えることで、私には価値がある」



どこかでずっと、
そう思って生きてきたこと。



心の仕組みとしては
知っていたつもりでした。



でもそれは、
どこか少し距離を置いたままの
“理解”だったのだと思います。





去年の秋、
子どもの頃の感情を

頭ではなく、体で味わい直したとき。


胸やお腹の奥に、
 一気に落ちてくる感覚がありました。




あぁ。
私はずっと、
見せかけの私を生きてきたのかもしれない。




それは安心ではなく、
むしろ、深い絶望でした。



足元が崩れるような、
何も信じられなくなるような感覚。



でもその底で、
 同時に湧いてきた想いがありました。



___________________


もう、
見せかけの私で生きるのはやめたい。


私は、本当のわたしで生きていきたい。


___________________

 

 

 

その想いがあまりにも強くて、


怖かったけれど、
夫に話してみようと思いました。



うまく話そうとせず、
整えようとせず、



ただ、そのまま。




話し始めると、
涙が止まらなくて、
言葉にならないところもたくさんありました。




それでも、
自分の中で「当たり前」だと思っていた生き方を、
初めて言葉にしました。




夫は、
静かに最後まで聞いてくれて、



「話しにくいことだったと思うけど。
 話してくれてありがとう」



そう言いました。

 



そのとき、

胸の奥にあった緊張が
少しほどけていくのを感じました。





何かを証明できたわけでもなく、
何かが劇的に変わったわけでもない。




ただ、


力を抜いたまま
そこにいてもいい。



そんな感覚が、
 確かにありました。





あの日、私は


守るのをやめて、
戦うのをやめて、



少しだけ、
そのままで立ってみた。




それは私にとって


「私がひらく」という体験


だったのだと思います。





そこから、
パートナーシップを
もう一度見つめ直していく時間が
始まりました。




「私が頑張らないと愛されない」

「支えることで、私には価値がある」



その前提を
手放していく過程は、
今も続いています。




近い存在だからこそ、
難しさもあります。



安心を
相手の反応に預けたくなるとき。


価値を
証明したくなる衝動。


焦りや、
コントロールしたくなる気持ち。


依存や、
執着も顔を出します。




そのたびに、

役割に戻るのではなく、


わたしに戻る。


そんな練習を、
今も続けているところです。

 



 

 

今日はここまでにしますね。

 

また、続きをお届けしますね。

 

 

 

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