ramuo360さんのブログ -22ページ目

あひる来る

また来たよ あひるちゃん

これ持って いや乗って



預かってやる!乗り回してやる!


あと これ持って

家から出るのに通学路で危ないからと
言うでしょ 人を見かけで判断しちゃいけないってキイロトリ(ぽっ)2

速攻 製作








Android携帯からの投稿

『私的リーガル項』の悪名 を読んで

故田宮二郎さんをべた褒めしてた


で コメしたんだけど


『サインを何処へしまったかわからない』ってね


『石原裕次郎さんのサインはちゃんとしまってある』 とも書いた



昨夜 就寝前  裕次郎さんのサインが入った ジャージを出してみた


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こんなジャージ(前)


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(後)


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○○さんへ ってのは 書かないでいただいた


この際だし

経緯を書きまヒョ


1977年 『大都会PARTⅡ』


タイトルは忘れたが 当時 高校生だった俺


自転車競技に夢中になっていた俺


インターハイ東京都予選会当日 俺は 立川競輪場へ


改札のおっちゃんに元気よく挨拶した!


すると おっちゃんが

『今日は特別な日だな!思い出に残るぞ』って


   俺   『えっ なんすか??』


おっちゃん 『試合が始まる頃には 解るよ!!』


場内に入った途端


確かにいつもと違う空気



自転車競技は死と隣り合わせゆえ

救急車が2台待機しているのだが


その日は違った


救急車の他に [P・C](パトカーね)が数台止まっていた


赤灯に黒い布が被っていた


俺はピンときた


撮影だ!! とね



それでも 大事な予選会


早々にピスト(トラック競技用自転車)を調整整備し ウォーミングアップ開始


立川競輪場は 400Mバンク 30周もすれば温まる


クールダウンに数周



その時!


ロケバス等 到着


軽く流しながら ミーハー目線で車から降りてくるのは誰か? 見る


勇作さん だ!

哲也さん も!!


もしや


ちと 高級車に眼を細めると


おおおおおお


石原裕次郎さん!!!



いやいや 今日は大事なインターハイ予選会

動揺を隠し 試合に集中


1つの種目を予選・決勝と終え インハイ出場が決定!


少し気持ちが和らいだ


ふと 観客席上段を見上げると 裕次郎さん・・・


居てもたってもいられなくなり 駆け上がる階段


お付きの方が手をかざし 制止


当然だよな わけわからん高校生が走り寄ろうとしたんだから


『いいじゃん ○○君(お付きの人)』と裕ちゃん(失礼) 


『大事な試合の日に俺と話したいんだろ』と俺の目を見て 笑ってくれた


優しい 人懐っこい 眼


今でも焼きついている

目に 脳裏に



福生に生まれ育ったからか 芸能人になんの抵抗も感じなかった 俺


当たり前のように 隣に座った

付いてきた後輩を隣に立たせて


それまでに無い 感覚


そう オーラ だよ  すんげーオーラ


(証拠写真なんて 無いよ  知ってたら カメラ持っていってたよ)

(皆 見上げてたけど・・・なにやってんだ ハマさんって顔して)


裕次郎さんと話すこと 30分以上


『今日はどんな試合?』

「ゼ 全国高校総体予選会です」 から始まって


『君はどんな競技に出てるんだい?』

「1万メートルポイントレースと団体追い抜き あとは1000MTTです」

(細かく説明したよ!当然だよ 濃い話がしたかったんだよ

 ずっと聞いていてくれた 目をそらさずに)


『サンキュー 勉強になったよ』


『で 君 名前は?』


「○○と申します」


『はっきりしていて イイね!』

立て続けに裕次郎さん

『興味ある?』 『俺らみたいな仕事に』


勿論 即答 「あります!石原プロで小間使いさせて下さい」って

・・・

言わなかったんだよ そうは

「興味はあります!でも 自転車のフレーム作り職人になりたいんです」

「イタリアへ修行に行こうと思ってるんです。日本で少し勉強したら」


『夢 あるね!!ナルちゃんは』←ヤバいよ ナルちゃんだって 震えたね

『もし 気が変わったら 訪ねて来なさい』『皆にナルちゃんの事 話しておくから』

『なっ ○○君メモっといて』

『髪型だって渡を意識してるんだろ?』


(図星。当時の俺・・・角刈り・・・クラスじゃ黒さんとか 団長とか呼ばれてた)


「び ビンゴです!」

「有難うございます。こんな俺に優しい言葉をかけてくださって 有難うございます」


『なんだよ!ナルちゃん』『急にシャッチョコバッテ』

『でも いいな!スポーツやってるヤツは。言葉づかいもしっかりしてて』


浸ったね 何時間にも感じた

午後の試合が始まってるのも忘れて


団体追い抜き出場選手はゲートに集まってください ってアナウンスが無ければ

ずっと隣に座っててたね


「お話していただいて有難うございました。自分 次の競技に出ます。見ていてくださいますか?」


『おう!応援するよ!!チームユニフォームの色 覚えたから』

『あとさぁ、ナルちゃんが他の選手を応援してる声 使っていいかい?』

『マイク近づくと思うけど いつものように大声だしてみてね 何人かまとまった声がいいな』


「はい!了解しました!!」←その気になって 警官部下になって答えちまった

(笑えるよな。893映画見たヤツらが肩で風切って映画館から出てくるようなもんだな)


「もし宜しかったら サインを戴きたいのですが?」

「石原裕次郎さんのサインを」


『おう イイよ!どこに書く?』


「ここへ。」と広げたのが ジャージの背中部分

「お願いします」


『○○君 マジック』


『ほら しっかり広げて押さえてなきゃ 書けないよ』

『渡と勇作のもあげたいけど あいつらサインしないんだよなぁ ごめんな』


「とんでもありません。裕次郎さんのサイン戴けるだけで幸せです」


51年生きてきて この時だけだね 芸能人 って感じたのは


だから 一言一句 覚えているのだと思う



高校が調布撮影所の近くだったから

宍戸錠さん 田宮二郎さん ほか多数のサインを貰った

地元ではスタジオがあったこともあり 大滝詠一さん佐野元春さんなんかのも貰った(ナイアガラトライアングル)

マイク真木さんからも 蔵人なんて遊んでやった口だ(失礼2)


当たり前のように接してた・・・



最後まで 独りよがりを読んでくださった方 サンクスです!



ああ

思い出に浸るようじゃなぁ 歳かなぁ


でも 思い出させてくれた 西のリーガル乗り


ありがとな



三善英史さんの物欲しげな目も 思い出してしまった・・・

     ↑

わかる人はわかるよね



懐かしい画像 見つけた

yahooに生息してたころ


北海道のロードランナー乗りに頼まれて


いや


半ば押しつけで作ったブツ


それは


俗に言う 『プラーク』


ハイドロ君たちが ローライが 付けるアレ


赤に銀のラムバンさんが
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熱いホイルのパネルを作り

ランニングバードを調達


土台のフラッグ部を俺が
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2008年の話です