突然ですが、旅行系YouTuberの 「Bappa Shota」をご存知ですか?
彼は現在登録者数136万人を誇るYouTuberで、私も彼の動画をいくつか視聴したことがありますが、旅行系としては優良コンテンツで、世界各地の歴史や文化に根差した人々の暮らしを知るにはとても良い教材だと思います。
「Bappa Shota騒動」の概略
ところがつい最近、彼「Bappa Shota」(以下Shota氏)を巡り「中国当局に拘束されていたのではないか」といった憶測がネットを賑わせました。
きっかけは6月末に公開されたウイグル旅行動画と、その後の長い沈黙(実際は完全沈黙ではないのだが)。そして9月下旬に公開された釈明動画です。ウヨ系インフルエンサーやネトウヨは便乗し、政治的主張の燃料としてこの騒動を拡大しました。
本稿では事実を整理し、なぜこのような馬鹿騒ぎになったのかを検証します。
ウイグル旅行動画とその後の沈黙
Shota氏が6月28日に投稿したウイグル旅行動画は「中国ウイグル自治区と強制収容所の実態がとんでもなかった」という刺激的なタイトルでした。題名やサムネイルだけを見れば、西側諸国で喧伝されている「悲惨で過酷なウイグル」を想起させるものに思えます。
これはShota氏の動画の特徴なのですが、彼は題名やサムネイルで「危険な所・普通じゃない所に行ってみた」という印象付けをしがちです。しかし実際の動画内容はその地で暮らす人々に寄り添い、理解しようとするものがほとんどなのです。
今回の動画の内容も、首都ウルムチでは近代的で世俗的な生活を謳歌する若者達、西部の都市カシュガルでは伝統が失われつつあることを嘆く年配者、それぞれ立場も考え方も違うウイグル族の人々にスポットを当てています。なおShota氏は「日本で語られるイメージと違いすぎて驚いた」と動画内で語っています。
Shota氏は「どちらが正しいか分からないけど、西側の情報だけで判断しては駄目じゃないかと思う」と動画の最後を結んでいますが、如何にも彼らしい言葉だと私は感じました。
そしてこの動画以降、Shota氏の投稿は突然途絶えました。SNSでは簡単な近況を報告していたものの、YouTubeの更新は2カ月以上無いままで多くのファンの不安は増幅。これを受けて「中国当局による拘束説」が急速に広がったのです。
釈明動画と憶測、もしくは陰謀論の拡大
様々なインフルエンサー、ネット民がShota氏に関する様々な推測・憶測を巡らせました。その間、彼等はSNSでの本人による数度の“生存報告”も「中国当局によるフェイクでは?」と疑い、「Bappa Shota拘束説」を増強し続けたのです。
特に“女ほんこん”として名高いフィフィが「更新が止まるのは不自然」と投稿した件は象徴的です。根拠のない言葉がネトウヨ層で一気に拡散し、騒動を増幅させました。
その最中、ついにShota氏は約3カ月ぶりの9月20日に釈明動画を公開しました。
なおこの動画内でshota氏は「最後の投稿(6/28)から2カ月」と述べているので、撮影時期は8月下旬~9月初頭頃と推測されます。編集も凝っているので投稿まで時間を要したのでしょう。
しかし、この動画が更なる疑念を呼ぶ事態に発展しました。
・「表情が硬い」
・「声に元気がない」
・「背景が簡素すぎる」
こうした印象論から「中国国内で監視されながら動画撮影を強要されているのでは?」との説が浮上したのです。
ところが動画投稿の翌日には検証により「新宿の某レンタルルームで撮影された動画」と特定されました。家具やドアノブやその他の要素が新宿に実在のレンタルルームと完全に一致したのです。
それでも一部の人は「言わされている感」を拠り所に「撮影場所が日本でも中国の工作員によって撮影を強要されたのでは?」と憶測を続けました。ここまでくると完全な陰謀論です。【陰謀論者は常に自分が思い描くナラティヴに見合う解釈を試みる】この言葉そのもの。陰謀論者は恐ろしいです。
Shota氏の言葉と「分断」への懸念
釈明動画でShota氏は、投稿が途絶えた理由を率直に語っています。簡潔に纏めると以下のような事を彼は述べました。
・動画制作と旅行の繰り返しで自分を見失った
・しばらくネットからは距離を置いた生活をしていた
・自分の発信が「分断を招いたのでは」と不安になった
・自分の影響力が怖くなり、SNSやYouTubeを開けなくなった
私はYouTuber業界に少しだけ噛んでいるのですが、毎日を動画制作に追われて疲弊し、メンタル不調に陥るYouTuberがいることをしばしば耳にします。一見華やかで気楽そうですが、本業にするには過酷な一面もある職業のようです。
特にShota氏は常に世界中を旅し続け、様々な人との出会いと別れを繰り返し続ける活動がメイン。実は「孤独に苛まれていた」という彼の感覚も理解できます。
そして「分断」を懸念したという発言。これは単に視聴者同士の対立だけではなく、ウイグル動画をきっかけにした中国への一方的な嫌悪感情の拡散も含んでいるに違いありません。だからこそ敢えて「分断」という語句を用いたのでしょう。
世界各国を旅してきた彼だからこそ、自分の発信が偏見や憎悪を助長してしまう危険に敏感だったはずです。動画内でも「一方的な視点で語るのは間違いでは?」と述べるほど彼はフラットな思想の持ち主。彼の懸念は彼らしい真っ当なものです。
ところがウヨ系インフルエンサーやネトウヨは、この誠実な懸念を完全に無視。「やはり拘束されたのだろう」「今も中国の監視下にあるのでは?」と勘繰り、冷静なコメントを「中国の工作員」と罵倒する輩も出る始末。
結果的にShota氏が懸念した「分断」は、彼自身のせいではなく、無理解で無責任な便乗者たちによって現実化され、生産され続けたわけです。
動画を観てすぐ気付く「中国当局の拘束説」の無理筋さ
そもそも拘束説を裏付ける根拠は存在せず、むしろ矛盾だらけです。
私は騒動勃発後に例のウイグル動画を視聴したのですが、観始めてすぐに「拘束されたとか馬鹿じゃね?」と呆れました。
以下に「“拘束説”が如何に荒唐無稽か」を論拠を上げ説明します。
1. 映像の季節感
・動画内の街路樹は枯れており、人々もまだ肌寒い春先用の服装。動画撮影時期は3月〜4月上旬頃と推定できる。ウルムチやカシュガルでの6月撮影ではありえない風景。
2. 長期間拘束されたら投稿はできない
・ 撮影直後に長期間拘束されてたなら動画は公開できないはず。だがウイグル動画を撮影したとみられる3月~4月以降も6月下旬まで定期的に動画投稿がなされている。
3. 中国国内からのYouTube投稿の困難性と監視リスク
・中国国内では通常回線でのYouTube接続は不可能。利用するにはVPN接続が必須だが、VPN接続は不安定で大容量の動画投稿は困難。また中国国内のVPN接続者は監視・摘発対象になり得るためリスクが高い。敏感な地域から敢えて直接投稿する合理性は低い。
4.観光ビザで数カ月間にわたり、合法的に中国国内に滞在する事は不可能
・観光ビザの有効期限は概ね30日間。ゆえにShota氏が中国国内に3~4月から6月まで中国国内に滞在して撮影&配信活動を続け、ウイグル動画を投稿した直後に当局に拘束されたという仮定自体も非現実的。
5. Shota氏の投稿頻度はそもそも低く、撮影~投稿間隔が数カ月空くのも普通
・Shota氏の動画更新頻度はもともと月1~2本程度が基本。今回は3カ月近く空いたが、その理由は本人が直接釈明している。
・彼はセキュリティや動画の質を考慮して、どの国でも基本出国後に編集と投稿を行うらしい。ウイグル動画も撮影から投稿まで2~3カ月程度の間が空いているのは確実で、高水準な編集を考えればその程度空くのは当然。
6. ウィーン条約に基づいた日本外務省への通達は一切なし
・ウィーン条約に基づき、中国当局が邦人を長期拘束する場合は必ず日本外務省に通達する。一般会社員ですら長期拘束は報道されるので、有力YouTuberなら確実に報道されるだろうが、その事実はゼロ。
7. 釈明動画は新宿で撮影されたことが確定的
・動画撮影時(2025年8月下旬?)はすでに帰国済みであることが明白で、本人も「日本に帰国しています」と動画内で説明。また中国当局がShota氏に釈明を強要する理由もないし、日本国内で強要する術もない。
8. 未だウイグル動画が削除されていない
・中国当局に拘束され動画を問題視されれば削除を強要されるはずだが、今でも視聴可能。動画はタイトルこそ刺激的だが、内容は中国の安全保障上の脅威になるものではなく、ウイグルの人々の生活を中立的な旅行者視点でレポートしたもの。
9.インスタグラムの位置情報は必ずしも“現地からの投稿”を意味しない
・フィフィや一部ネット民が「shota氏のインスタ位置情報が“China”のままだ」と指摘し、これを根拠に「中国国内に滞在中(拘束中)では?」との憶測が広がったが、インスタ位置情報はGPS連動の自動付与機能は無く完全に手動設定。単に“China”
に手動設定したまま放置していただけの可能性が濃厚。
・なおインスタも中国国内では通常回線での閲覧・投稿は不可(VPN接続必須)。Shota氏は2025年3月~4月中旬までインスタ投稿は皆無で、これは先述したウイグル動画の推定撮影時期と概ね一致。 そして2025年4月下旬からはインスタ投稿が再開されている。
・・・以上の推論を総括すれば、ウイグル動画は3月~4月上旬頃に撮影され、編集を経て、日本を含む中国国外から6月下旬に投稿されたと考えるのが妥当です。
彼がウイグル滞在中に当局から短時間の拘束や取り調べを受けた可能性はありますが、時系列を考えれば数か月に及ぶ長期拘束を受けたなどはありえず、寧ろ遅くとも4月下旬頃にはすでに中国を出国済みだったはすです。
こんなの普通はすぐ気付くと思うんですがね。偶々最後の動画が中国関連だったってだけで、荒唐無稽な憶測や陰謀論を招いたとしか言いようがありません。
総括~ウヨは自分の動機のためになんでも利用する~
Bappa Shota騒動は、個人の活動休止がウヨ系インフルエンサーとネトウヨの憶測によって不必要に膨らんだ事件でした。
当初のShota氏は少し休むつもりだけだったのかもしれません。しかしウヨを始めとする外野連中が「彼は中国当局に拘束されたんだ、中国は恐ろしい国だ」と勝手に騒ぎ立てているのを観て、自分の影響力の大きさと、自分が伝えたかった事と真逆の事が拡散されていることに驚愕し、怖くなって益々ネットから距離を置きたい衝動に襲われ、結果的に“消息不明状態”が長引いた、それが真相のようです。
「ウイグルの実像は日本に伝わっているのと全く違った、一方的に決め付けるべきではないのかも」というShota氏の想いを踏みにじり、自分達の政治的動機(中国叩き)のために彼を利用したウヨ共の浅ましさは軽蔑に値します。
しかしShota氏がそんな連中を直接的に批難しなかったのはなぜか?彼はインフルエンサーとしての地位が揺らぐことを恐れたのかもしれません。下手に批難すれば連中は「Shotaは中国に洗脳された、中国の犬になった」と今度は彼を叩き始めるでしょう。現に釈明動画を観て「Shotaは洗脳されてるっぽい」とコメントする奴も現れています。
こういう連中には何を言っても無駄だろうが、せめて伝わる人にだけは伝えたい、そんな面持ちの釈明動画だったのかと思えてなりませんね。