こんにちは、
まずは「障碍者スポーツの出合い」
ここから書かないと
いけないと感じましたので
宜しくお願いします。

尚、これから
「障碍者」・「健常者」
と言った表現を使うに当たり
説明を書かせていただきます。

私は、30才で
視覚に障害を持ってしまいました。
30才以降を

「障碍者」

30才までは見えていましたし
車も運転していましたので

「健常者」

と言った言葉を使わせて頂きます。


30才までの健常者だった頃、
仕事などで車を運転していても
杖を持って歩いている方や
車椅子など道路では
見ていたのかもしれませんが。
まったく記憶はありません。

それが、30才以降の障碍者となると、
すごい見かけるようになったと感じます。


話は代わりますが、
30才で目が見えなくなり
落ち込む日々を過ごしていました。

見えなくなって運動は出来るのか?
ましてスポーツなんて…
まったく出来ないと思っていました。

それが…
ちょっとしたきっかけで
「障碍者スポーツ」と出合いました。

見えていなくても
普通に楽しむことができ
すぐに障碍者スポーツにのめり込みました。

視覚が使えないため
なにを工夫するのかと言いますと
はい、簡単でした。
ただ、耳を使うだけでした。
音を頼りにするだけで
多くのスポーツができました。

それからというものは
とても毎日が楽しく
スポーツをすることで
日々、私生活が充実しました。


家の中にいるときは

「もう人生は終わりだ、ダメだ」
「なんにもできない」
「毎日つまらない」

それが、
障碍者スポーツとの出合いで

「毎日、楽しい」
「風を感じるのは久しぶり」
「太陽の陽が暖かい」
「汗が流れることが幸せ」
「体を動かすのが気持ちいい」
「今度は体のどこを鍛えようか」
などなどまだまだ沢山あります。

本当に
障碍者スポーツとの出合いで
私の人生は変わりました。
とんでもなく変わりました。


もう1つ大切な出合いも
ありますので書かせて頂きます。

それは、「人の温かさ」です。

障碍者スポーツを取り組むには
必ずといっていいほど
他の人の協力を頂ます。
自分ひとりではできません。

多くの皆様の暖かい気持ちと
優しい手助けがないとできません。

どの障碍者スポーツをしても
お手伝いして頂ける人が
いるお陰でできています。

私が現在こうして
楽しく障碍者スポーツが
取り組むことができるのも

すべて皆様方のお陰です。
ありがとうございます。


以上が現在50才となる
私の原動力となっています。
これからも続く原動力です。

自分が進まなければいけない道を
掘り起こしてくれるエネルギーとなりました。
まったくぶれずに進んで行けそうです。


次回からは、
私が体験した競技スポーツを
障碍者の立場から見させて頂き
感じた様々なことを
私なりに書かせて頂きます。

ほんと ちょっとした工夫で
楽しくスポーツをすることができるんだ
と考え方1つで変わることなど
この体験を通して
自分の人生の見方を
変えることができました。
本当に本当に感謝しております。
ありがとうございます。


*コツコツの継続は力なり。