幸せはどこにあるのだろう?

考えると難しい。

いや、難しいと考えること自体おかしい。

不幸せならば、幸せのありかはすぐにわかる。

満たされていない、ということと、不幸せとは違う。

幸せってなんだろう。

夕刊の記事ではタレントの猫ひろしが、カンボジアのマラソン代表として選出されたことに関しての賛否両論が掲載されていた。

例えば、オリンピックを昔のように「参加することに意義がある」のなら当然、カンボジア人がカンボジア代表に選ばれるべきだろう。

しかし、長いこと商業主義でプロスポーツとアマチュアスポーツの境界線も認知することもままならないオリンピックにどれほどの「意義」を見いだせるものか。

猫ひろしが選出されたことはカンボジア人が、どう感じ、どう思うかだろう。

彼は日本代表に選出された訳ではなく、カンボジア代表に選ばれたのだから。

ただ、一つだけ。

「芸人の癖に」という人が少なくないようだ。

その人々に問う。

「芸人」はオリンピックに出場する権利はないのだろうか。


消費税増税、誰のため?

法案の閣議決定、もめるのは誰のため?

原子力発電所を稼動するのは誰のため?

ストレステストって誰のため?

電気代が上がるのは誰のため?

国会って、誰のため?

「絆」って誰のため?

みんな答は分かっているけど、国民と「誰かさん」のは違う。

明日からの将来を「希望」で照らしたい。

それすらも遮るこの国の政…。

ため息ばかりでもいられない!