最近、そう思うようになった。
昔は無意識にしたいことをしていたけれど、それがどれだけ感性を刺激することか、最愛の母の死で実感した。
母の死後1年は、物語の中に入るなんて、心が崩壊しそうで、絶対に無理だった。
なるべく感じないように、感性を刺激しないように生活することが、自分が生き延びる術だった。
当時、泣いてばかりいる私に本を読むのはどう?と、アドバイスをくれた人たちが何人かいて、みんなの優しさは理解したけれど、それは私には自殺行為でしかなく、本当にこの悲しみや苦しみは経験しないとわからないのだなぁ、と、思ったのを思い出す。
本当にここ最近、急に感性を刺激したくなってきた。
以前の自分が戻ってきたのかな…
何か美しいものを見ても、美味しいものを食べても、素直に感動できる。
少し前まで、母はこれを全て奪われたんだ、という絶望的な悲しみや、自分だけ生を喜べない何か罪悪感を背負っていたけど、それが少し、離れていったように思う。
本や映画を通じ、心がたくさん動いて豊かになったり、音楽を聴いて感情が刺激されたり、美味しいものを食べて幸せを感じる…生きてて良かったと思える瞬間をくれるのが芸術なんだ。
そして、それを受け入れることができる心であることは、前向きに生きている証なんだと思う。
悲しみや怒りに支配されていて、それを踊ることで誰かと繋がれたり、お互いが救われることもたくさんあった。
だから決して、悲しみも、怒りも忘れないし大切に向き合うけれど、生きる喜びにももっと触れていきたいと思えるようになった。
こんなこと言って渡航先で何かあったら笑えないw
読書の秋、何を読もうかな…
































