こんばんは。
早速ですが、初診までの流れを書こうと思います。
前職である某知的障がい者施設についての概略を
大阪府内でも比較的給料が良かった前職場。
また、田舎であったため地域との関わりも多く、元々は保護者の方々が出資し設立された法人のため保護者ボランティアも充実していました
先輩方も優しい方が多く、同期の職員とも定期的にご飯に行くような良好な関係が築けていました。
ただ、休憩がなかった。。
正確には5分だけありましたが・・・
勤務体系、時間としては、早出(7:00~15:30)・準早(8:00~17:45)・日勤(9:00~17:45)・遅出(13:00~21:45)・準遅(9:00~19:00)・夜勤(15:00~翌10:00)
という変則勤務。夜勤以外の勤務はすべて休憩時間は5分
その休憩時間もタバコを急いで2本吸って終了という、全然休めないひと時の息抜き程度でした。
あ、利用者さんと関わるのは楽しかったです!
毎日が発見の連続でした!
そんな中、働き始めてもうすぐ二年目に突入する直前の今年2月。。
まさかの栄養失調で倒れました。
原因は自炊を全くせず、毎日のようにコンビニ弁当で済ませていた私
明らかな野菜不足に陥っていました。
先輩方からは苦笑い、同期からは「この飽食の時期になんで栄養失調になるん」
と言われ笑われました。
その後も生活習慣は変わらず、相変わらずコンビニ弁当の毎日。
そのまま時間が過ぎ、今年5月
気付けば体重は50キロを切り、当時付き合っていた彼女と変わらない体重に
仕事がハードすぎてカロリーが足りていなかったんですね。。。
夜勤が7回/月あった6月
完全に体調を崩し、1週間ほど寝込みました。
常に吐き気に襲われ、発熱、食欲不振、睡眠不足etc
この時初めて、「消えてなくなりたい」「死んだら楽になるかな」という感情(希死念慮)を抱きました。
誰にも相談できず、自殺の方法を考えたり、ネットで調べたりしました。
行動には移しませんでしたが・・・
何とか持ち直し?職場復帰。
この時はさすがに先輩方から「自己管理がなってない」と叱られました。
何とか仕事はできている(できてなかったかも)状態で7月も半ばになり
ある朝、出勤前の準備をしているとふと「あれ、仕事行きたくない」と思い、私が休んでも何とかなりそうな日だったため、職場に理由をつけ休みました。
その2日後
月末に彼女とデートの予定がありましたが、思い切って相談することに。
「なんか最近自分でわかるくらいおかしい」と伝え、一緒に心療内科へ行ってもらうことに
朝から叩き起こしてもらい、病院へ行きました。
その病院では、医師の診察を受ける前にソーシャルワーカーと面談でした。
6月から体調が優れないこと、仕事に打ち込めない、全てにおいてやる気が出ない、不眠気味であること、食欲不振、希死念慮があること。
現在の症状をありのまま話しました。
ソーシャルワーカーからの一言
「それは、、、重たい、ですね」(真顔)
このソーシャルワーカーの顔を見た瞬間、自分の症状の重さが初めて分かったような気がしました。
しばらくして医師の診察。
診察中、うつ病という言葉が出ていたにもかかわらず
診断書を書いてもらうと病名は
「適応障害」
なんぞこれ?
という気持ちでした。
続きは明日にでも