夫と、普通に話が出来る日々が増えてきた。

普通に話す。
夫が笑う。
二人だけにしか通じない事を言い合って、
阿吽の呼吸で笑う。

これがどれだけ嬉しい事か...
自分の相談に夫が乗ってくれる事がどれだけ嬉しいか...

本当に生きていてくれてありがとう。

鬱病とは真っ暗闇の中手探りで進んでいるような状態だと、
私は本で読みました。

だけど本で読んで理解するのと、
一緒に住んでいる夫が
「真っ暗闇の中手探りで生きている」のとは
こんなにも隔たりがあったとは。

外傷がある訳ではない。だけど、
例えば目の前で子供が階段から落下しようが、
天ぷら油をかぶろうが、
助けることすら出来ない状態。

ということを理解すること。
頭の中でわかっているつもりでも、じゃあ実際
子供が夫の前で階段から落ちたらあなたは誰を責めますか?

そこで自分を責める。
ただ立っているだけの夫を責めるのではなく。
自分がそこまで注意が至らなかったことを責める。

それが「真っ暗闇の中手探りで生きている」人と一緒に過ごすということ。

そこで「何故子供を止めてくれなかった!?助けてくれない!?」と思うのなら
傷つくのは自分と夫。

鬱病への理解というのは
本当に一緒に過ごさないとわからない。

離れたところで見守る「理解」は
一生懸命勉強すればできるかもしれない。
一緒に過ごすための「理解」は
お互い傷つきながら覚えていくしかない。
でも絶対に「鬱病の人を責めないでほしい」
「なんでもかんでも病気のせいにしてはいけない」のではなく
本当に「なんでもかんでも病気のせい」

戦うべきは病気であり、その人ではない。


もっともっと鬱病患者を抱えた家族へ大声で言っていいと思う。


家族の団らんがしんどい。
家族の食卓がしんどい。

これは夫がしばしば言っていた事です。
今、昼間上の子が保育園に行く事になりましたが、朝準備のばたばたしているとき。
帰宅後の食事からお風呂夜寝るまでが本当にしんどそうです。

ふっと思ったのですが。
夫は律儀ではあるけれどまじめというのとはちょっと違って、普通に手もぬくし、いい加減なところもあるし、適当なところもあります。
そんな夫が「何故うつ病???」と本人も首を傾げていたのですが....

仕事に対し夫はとても誠実である。
人間に対し夫はとても誠実である。

(不誠実な人間には不誠実。攻撃的な人間には攻撃的ですドクロ見事なまで)
仕事の状況とかんがみて、それはストレスでうつにもなるだろうと言う環境だったのですが、もうひとつ。

夫は家族をとても大切に思っているという事。

子供に対して、こうしてあげたい、いうのが想像以上に強かったんだなと。
それは普通の人の何倍も強い思いだったのではないか。
本人も気がつかないくらいに。

自分の育った環境から、夫は
「家族より仕事を優先したくない。家族を仕事の犠牲にしたくない」
という強い思いがありました。
その理念のもと、仕事を選び、懸命に働き、その思いのもと、
妻である私と子供を思いやり、仕事を辞めて、仕事を選択してきました。

その中でのストレス。金銭的な困難。
家族のため..という選択が、金銭で家族を苦しませたというジレンマ。
自己破産から1年、逆に必死になっていた神経が持っていた方が不思議だったのかもしれません。

言葉にすれば陳腐な、夫の表面だけを自分勝手に解釈しているだけなのかもしれません。
ただ、「こうでありたい」というビジョンがあるひとほど、うつ病になりやすい。
夫のどこにそんな「こうでありたい」という「こだわり」があるの~~~~???
(失礼)と考えていた私にとって、ものすごく大きな「気がついた事」だと思ったのです。

夫、これを読んで不快になったらごめんね。

家族が大事。人一倍その気持ちが強いから、
今の夫は家族がとても負担なんだと思う。

家族の団らんなんて10年後だって20年後だって全然遅くないんだよ。
夫が家族が大事なように、私は夫がとても大事なんだよ。
だから決して自分がいらない人間なんだと思わずに、
どんな状態でも私の隣にいてほしい。
ケースワーカーさんから電話が入り、日時を決定し、訪問がありました。
間取りのチェック、育成歴等の簡単な確認、足りなかった書類の再確認。
夫は別室で横になっていて、途中挨拶、話し中は別室で喫煙し、
最後に再度挨拶。
ケースワーカーさんが気を利かせて「もう少し話そうか、大丈夫なら」と
受給できる予定の額を計算してくれた。
横目でハラハラ(パニック発作が出ないか)

1時間くらいはかかったろうか。
極度の緊張と夫へのハラハラで私が燃え尽き症候群.....

「生活保護を受ける事で卑屈になる事はない。病気が治ったときにきちんと税金を治めてもらって、返してもらえればいい」

卑屈になる余裕もなかった。
実際。
でも、税金で返せばいいって心が軽くなった。
うつ病の知識はあまりなかった方だったので、夫への対応でかなりハラハラしましたが、とりあえず好意的に見ていただけたと思います。

夫は薬を多く飲む事で乗り切った。

もう少し。
もう少しで一息つける。
本日生活保護の申請に行ってきました。
所要時間4時間。それでも全部終わらず持ち越し。
詳細は後日。
保育所に通える事になった息子。
私が高熱を出し、送り迎えもできず、義母に頼み、
夫実家から送迎してもらった。

「家に帰らない」
「ママがおむかえはいや。おばあちゃんがして」

家にいたら息子はいつでも三番目。
・・・四番目にしてるのかもしれない。
まだ赤子の娘。病気の夫。どちらかが一番で二番。
そして私自身がイライラしたら全部おじゃんだから自分自身がきっと三番目。
息子は最後だ。

そりゃあ帰るのいやだろう。
保育園に行く数日前から娘の昼寝の時間を
いつもは家事や雑用、申請の事に費やしていた時間を
息子と二人で使おうと思って意識してきた。

当然その他の事は何にもできない。

しかし今は優先順位を間違えてはいけない。

慎重にそのときの順位を見分けて、間違えてはいけない。

何よりもうつ病の夫が一番。

まだまだ私の意識が足りてないのだと思う。
うつ病患者さんがどんなことを言っても
「病気がその言葉を言わせている」
ということを知っているのと知らないのとでは大きく違うと思います。

つらいこともあるでしょうが、
「病気がその言葉を言わせている」のです。
1日に食事が1回しか入らなくなってしまった夫。

これには理由もあって、どうも鬱の発作の時間に丁度食事の時間が当たってしまっているようだ。
子供だけ先に食事させて、夫婦は後にしよう。
主治医に「どこまで食事を勧めていいのかわからないんです」と聞いたら
「強制は一切だめです」
とのこと。

鬱の本に「患者さんがいつでも食べられるように冷蔵庫に入れてあげましょう」
とありました。
食べなきゃいけない、となるとつらいのだと思います。

しかし、冷蔵庫の中で日にちが経ってゆく食事たち(;^_^A
準備の仕方が悪いのかもしれん...

そもそもご飯というのが入りにくいらしい。
ラーメンが一番入りやすいみたいだ。
しかし毎日ラーメンでいいのかとか....

うーむ。課題多し。

あと夫曰く「家族の食卓」という中に入るのが結構しんどいらしい。
生活保護を受けるにあたり、越えねば行けない山。
・対、役所
・対、夫両親
・対、自分の両親


すべて越えました......

心のつかえがとれました。

・対、役所
想像以上に丁寧に対応してもらい、その上勧めてもらいました(・∀・)案ずるより産むが易し。のいい例でした。てか自己破産してると説明が短く省けます....

・対、夫両親
最も時間がかかりました。嫁をもらった立場というのが大きいと思います。
生活保護以外に方法がないのか、延々と提案していただきました。
夫実家へ同居→高層階のため夫が飛び降りそうで怖いとの事
私のアルバイトの口の紹介→子供の保育所が決まるまで働けない
私の正社員の口の紹介→子供の保育所が決まるまで働けない

あとは「本当に支給してもらえるのか」「今時生活保護なんか適応させてもらえないのでは」等等。

いや、私たち来月から生きていけませんから。
その上働く当てもありません。
そして誰も一家4人を扶養する余裕はありません。


というまぎれもない事実を繰り返し納得していただきました。
いろいろな提案はまた状況が変わればありがたく受けていこうと思っています。

・対、自分の両親
嫁に行った立場で、このような事をうまく運べる人がいたらぜひ教えていただきたいw
と、弱気でしたが、まず病気の事を打ち明け、追って生活保護を申請したいと二段階に分けました。近しい友人でうつ病の人、うつ病を抱える家族がいたため想像以上にすんなりと受け入れてもらえた気がします。案
ずるより産むが易し。

世の中では係累が全くいなくても懸命に生きてる人がいる中、
両親が健在な私たちが生活保護を申請する事に関して、多大な後ろめたさがあったのは事実です。
しかし、

いや、私たち来月から生きていけませんから。
その上働く当てもありません。
そして誰も一家4人を扶養する余裕はありません。


これが現実です。

子供たちが保育所に入れたら、また私が働く事も可能になるでしょう。
病気が上向いてきたらまたいろんな選択肢も増えるでしょう。

「食べていくお米がない」

そうなる前に、生活保護を選択します。

次は書類の準備そして申請です。
夫の病院、子供の保育所関係でばたばたし、生活保護の件やっと少ずつ進めていきます。
まず私が参考にしたのはこのサイト
生活保護110番
ここで足りない分を書籍で補いました。

さて、保護の申請を出すと、親子兄弟に「扶養照会」というものが届きます。
「あんたの家族が保護申請してるんだけどあんたが援助してくれまへんか?」という書類です。
これに「うちかていっぱいいっぱいや、とても扶養できまへん」と返して初めて保護が受けられる訳です。
生活保護を申請するぐらい切羽詰まってる場合、援助できる係累がいrもんならとっくにしているので、福祉課もあてにはしていなく、今は形だけになっているそうです。
が、
この扶養照会されることがネックになり、申請できるはずなのにしない人がとても多いそうです。

生活保護受けるにあたり、夫両親がその書類を前もって見たいという事で福祉課の担当に電話し、FAXもらうことにしました。
「うちにFAXがないのでこちらにしてほしい」と番号伝えると、
「添付文章は入れた方がいいですか?なくてもよければ宛名等お効きしなくても良いのでそうしましょうか」
細かく気を使っていただきました(・_・;)

これは他自治体の様式ですが参考までに。
氷見市
第五条の下の部分です。