自己紹介という記事でも触れましたが、20代前半の私はお金を貯めては海外に一年のうち数ヶ月繰り出す、という生活をしていました。


当時は怖いものなしの20そこそこの女の子。

最初は英語も話せないまま、英会話ハンドブックなるものを当時のバイブル“地球の歩き方”とともに持ち歩いて、その本を見ながら店員さんや旅行者たちと会話していました。

 

英語がなんとか話せるようになったのは、そういう旅の繰り返しとその後のイングリッシュスピーカーたちとの生活による賜物なのですが、今回は語学のススメというお話ではなく。。

 

 

Facebookができてからというもの、旅で知り合った人たちと、特に連絡先の交換をし忘れていた人たちと、友人の友人リストなどから簡単に繋がれるようになりました。


そういう人たちからごくたまに「元気?」みたいな挨拶のメッセージがきます。

 

数年前に初めて連絡をくれたのは、

スイス出身の女の子、ユリア(仮名)。

ナチュラルボーンヒッピーという雰囲気の彼女は、当時21歳。花のように笑い、蝶のように動き回る、可憐な女の子でした。


1999年にタイとインドで彼女と彼女の親友、私と私の当時の親友、この4人でよく遊んでいました。

 

その時が3度目の長期海外旅行で、まだほとんど英語が話せなかった私と当時の親友。

私たちの外見はグランジといえば聞こえはいいけど、ホームレスに近いような薄汚れた感じで色気はゼロに等しかった(笑)。

 

対して、ユリアとその親友の外見は素朴ながらも本当に女性らしく、まさしくフラワーチルドレンといったやさしい空気感をまとっていました。二人とも美人すぎない美人で、生まれ持った気品が外見ににじみ出ていて、当然ながら周りの男の子たちに、すごくすごくモテていました。

 

ほぼ同い歳でありながら色香の有無がとても対照的なコンビ2組。

(これはもう、国民性の違いのせいにしたいw)

 

英語がほとんど話せないコ汚い日本人2人を相手に、二年越し、二ヶ月にもわたり、よくもあんなにたくさん遊んでくれたものだと、今でも思う。


帰国後も、あのトリコロールカラーの便箋の!懐かしの!!エアメール!!! (書きながら興奮)を、それも長文でくれたのはユリアでした。

辞書を引き引き、手垢まみれに読んだあの手紙は今でも大事にとってあります。

 


数年前にFacebookを通じて彼女から初めての連絡がきて、私が前にUPしてのちに削除した、彼女と私の映った写真を送ってくれないか? と言われていたのをオーケーよと空返事したまま、すっかり忘れていたのです。

 

やさしい彼女はそのことには触れずに、また最近「元気?どうしてるの? 私ね、今日ちょうどあなたのこと考えていたの!」

と連絡をくれました。


その日はちょうど、私と私の家族にとって辛いことがあった日で、さすがだな、ありがたいな〜と思いつつ返事が延び延びになり、やっとこさ返信出来たのは、それから1週間後のことでした。

 

彼女は筆不精な私を責めることなく、昔と同じく長文の返信を送ってくれました。

 

そこには、短期長期に関わらず彼女が今まで世界を転々としていたこと、最近ついに自国に戻ったものの、どうもうまく馴染めないこと、でも楽しく頑張るしかないわね、という独り言にも似た決意のようなものが書かれていて(だいぶ、はしょってます)私はとても切ない気持ちになりました。

 

私は思いました。

.......この、どこに行っても受け入れてもらえない孤独感.......。

美人でも可愛くもない私だけど、わかるよ。

 

美人でオーラがあって知的で、誰にも優しくてあたたかくて。

でもそういうことに、自分が持っているものにふさわしくないと罪悪感を抱いているかのように、うつむきはにかむ少女だったユリア。

それは40歳になった今も変わらないように私からは見えます。

 

受け入れてもらえない、理解してもらえない。

この悩みというか侘しさは、容姿や才覚に関わらず万国共通なんだなあと私は思いました。


というか、誰もが持ってるの???

.

(....それともこれは、流れ者特有の悩みなの?? でも、そう考えるのはなんだか選民意識のようでナルシスト的でちょっと嫌です)

 

光り輝いてる人ほど影が深くなるように、長所が多い人、欠点を探すのが難しいような人ほど欠点が目立ってしまいます。


彼女は特に魅力の塊のような人だから、少しの欠点を突かれやすいのだろうな〜と、なんとなくですが直感でそう思いました。

 

悩んだ末に私が送ったメッセージは、

「あなたが言ってること、わかるような気がする。2018年は私たちみんなにとってきっといい年になるよ。あなたはあなたのままでいてね、私もそうするからさ。お互いどこにいても、アウトサイダーのままでいようね!」


 理解してもらえない辛さ、孤独感や疎外感。

これについてはもう、話し出すと長くなるし一生答えが出ないようにも感じる。

なんにせよ、ないことにはできないものだから

私は抱えたまま生きていこうと思ってます。

 

これは余談ですが、私をはじめ心が近いごく少数の友人は、実の親にも宇宙人を見るような目で見られるような人たちばっかりです。

もうそうなんだから、そうなってしまったんだから、しょうがないこってす、と諦めよう(笑)

 

 

心を強く通わせた記憶を持つ、花のような女の子と初めて深く英語でチャットを交わしたら、


英語を話せなかった時から抱いていた印象通りの人だった=言葉はなくともやっぱり心は通っていたんだ!


20年という歳月を経ても、昨日の続きのように。

という事実に胸が熱くなったというお話でした。