「夜の真実」に登場する謎めいた女性…麗子。
この物語から、彼女の素顔を見ることはできません。
だけど、彼女も普通の、1982年に存在した普通の、46歳の女性。
横浜に住む麗子は、とても華奢な、見かけはちょっと弱々しいイメージがあるようです。
だけど、この物語の中での彼女は、年齢を感じさせない「凛とした強さを持った、芯のある女性として描かれています。
だけどそれはもちろん、彼女が持つ「一つの顔」側面ですよね。
誰にも二面性…なんてことはなくて、もう、何面もの顔を持っているはず。
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今日はそんな、麗子の一面をご紹介します。
実は彼女、とてもドライブ好き。
一人で考え事をしたいとき。
何も考えず、ただただ自分の世界に浸りたいとき。
ただ、自分の世界で自分と対話したくて。
しかも、車好きですから、夫婦用とは別に、真っ赤なオープンカーを所持いています。そして、ドライブ好きの彼女が選ぶコースはいつもほとんど同じ。
お気に入りのコースは、住まいの横浜から少し足を延ばして、真夏の夜の海辺を走ること。
目的地は、「湘南・江の島」橋を渡って左折した少し奥の“自販機”で、お気に入りのブラックコーヒーを飲む。ただそれだけ。
だけど、横浜の自宅前の駐車場に置いた愛車のキーを回した瞬間から、そこはもう彼女一人の世界になる。
そこからは、全ての道のりが、麗子のお気に入り。
特に、トンネルを抜けた瞬間に広がる、広大な湘南の夜の海が目に入った瞬間、胸が高鳴る自分が大好きで。
真冬や雨の日以外は、必ず幌を全開にして、夜だというのにサングラスをかけるのも彼女のお決まり。
いつも、カーステレオから流れる曲は決まっていて。
A面にオフコース、B面にサザンオールスターズ。
それに挟まれるように、4曲くらいの、杉山清貴。
横浜から、少し混雑した市街地を流しながら、オフコースの「さよなら」を聴くとき、何か自分と重なるわけではないけど、ボーカルの小田和正の澄んだ高い声に、ついつい麗子も口ずさんでいる。
鎌倉が近くなると、今度は打って変わって、B面のサザンオールスターズへとオートリバースする。
ここで、麗子の気分は一気にテンションが上がる。
いつも海に差し掛かったころ「匂艶 The Night Club」が流れると、気持ちは一気に上がって、口ずさむ…を越えて、もしかしたらすれ違う車のドライバーにも聞こえてる?と思うほど。
だけど麗子はこの瞬間が大好き。
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何も考えない、慣れた道。いつもの風にいつもの潮の香り。
「謎を纏った女」という印象しかない麗子だけど。
彼女には、こんな一面があることを、実は1ミリも描かれていない。だけど、それはこの物語の中での麗子に与えられた“役割”としての一面だけ。
他人には決して見せない、そして見えない一面は誰もが持つものだから。だけど、その側面を知って読む物語と、知らずに読む物語は、もしかしたら天と地ほどの開きがあるのかもしれない。
その一面は、もしかしたら彼女の「聖域」なのかもしれない。そこには誰も入ることが出来ない、彼女の駆る“深紅のオープンカー”の助手席には、きっと誰も座ることを許されない。
きっとその“深紅”は、「激情と孤高、自立」そのすべてを内包している特別な色なのだろう。麗子は、江の島からの帰途、制限速度を越えることはない。時々後続車からパッシングされたり、煽られたりすることもある。
だが、彼女はまったく意に介さない。
帰路は景色にも目が向かない。それは、これから現実という日常に向かう、アクセルとハンドルから伝わる荒れた路面からの振動だけが、彼女の五感を震わせる。
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実はこの頃、世の中は「松田聖子や中森明菜」が日本の音楽シーンをけん引している。だけど、麗子はその二人の、もしかしたら見分けすらつかないのでは?と、思うほど。
だけどむしろ麗子はこのことが誇らしいほどだった。
時々、夫とテレビを観ていて、
「この若い子は誰かしら?」
「おいおい、聖子ちゃんを知らないのか?」
こんな会話は日常だった。
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彼女が自宅前の駐車場にゆっくりとオープンカーを停めて、幌を元に戻し、エンジンを切る。
その瞬間、麗子はそれまでの穏やかな目が、誰が見てもキリっとなることがわかるくらいに、一瞬で「変貌」する。
それはもしかすると“本来の麗子に戻る瞬間”なのかもしれない。
▷ だけど、これも麗子のたった一つの側面に過ぎない。
あなたも、シフォンのワンピースを着て、Bar「KURONEKO」に現れる、まったく別の顔をみつけてみてくださいね。
きっと彼女もあなたの来訪を静かに待っています。
麗子は▽ここにいます。
---「夜の真実-YOKOHAMA-」の第一夜:爪の傷の秘密---
麗子の、ここにはない一面を是非、見つけに行ってみてください。