バタバタしていたら時間があっという間に過ぎていました。。まとまりない文章ですが、今の気持ちを。






先日、祖母が亡くなりました。





7月に98歳の誕生日を迎えたところでした。




我が子(次女)と同じ誕生日で、96歳差やね、と話した3年前がつい最近のことのように思えます。








1年前のゴールデンウィークに会いに行った時に、鼻の横のかさぶたが治らないって話をしてて、




気になって調べるとガンと出てくる。。



心配性な私は両親にその事を話して、すぐ病院に連れて行くように伝えるも、



その後すぐ祖母が帯状疱疹になってしまい、父も母も鼻の治らないかさぶたの事を忘れていて





次に会ったときには、帯状疱疹で病院には通っているけど、鼻の瘡蓋の事についてはまだ先生に診てもらっていないと。かれこれ9ヶ月たっていました。





すぐ病院連れて行って、結果はすぐにわたしにもメールしてねと母に託し、関西に戻ったら皮膚の癌だったと母よりメールがくる。





その後手術で取り除き、その時97歳だったけどずっと畑仕事をしてた祖母だったので、足腰もその時は弱ってなくて、元気だった。




帯状疱疹や皮膚の癌が見つかって、そこから実家に移り住んだ祖母。母からすると義母になる為、そこからの3人の生活は、そこまで順風満帆とはいかなかったみたいだけど




手術は成功して、しばらく経ったある日



祖母が玄関前で転んで骨折してしまい、入院。





そこでステージ4の大腸癌が見つかる。腹水も溜まって、癌も転移してるのに、痛みが出てないのは不思議だと先生がおっしゃってたそう。





鼻の皮膚の癌とは、関係ないと思う、と父が言ってたけど、本当にそうかは今もわからないです。




入院した頃は、いつもの祖母。骨折のため歩けなくなってしまい、痩せてはいたみたいだけど






徐々に面会室に歩いてくるのがしんどそうになってる




寝たきりになって面会室に行けなくなってる




話すのがしんどそうになってる



ご飯が食べられなくなってる





入院したのはたった1ヶ月だけど、明らかに両親から聞く祖母の容態は悪くなってる。






わたしが最後に会った時の祖母は、一年前の元気な祖母だったので、どこか祖母のことじゃないように聞こえてた。





退院したら、家で診れるの?とか骨折が治ったら、とか、今思えば的外れな質問ばかり両親にしていたのだと思う。





母の、お盆までもつかわからないよという言葉にようやくハッとして、





たまたま三連休にしていたタイミングで、祖母の面会に行く事を決断し、子供2人を連れて電車で実家に。




面会は15分。子供たちは連れて行けないから、母に見てもらい、私たち姉妹と、父と一緒に会いに行く。





久しぶりに会った祖母は、寝たきりで動けない、喋れない、息が苦しそうな状態で痩せて、別人のようでした。





マスクを一瞬外して、わかる?と話して、目は合うけど、うなずくけど、分かっていたのかな。




誕生日おめでとう。98歳になったね。

わたしの子は、3歳と、、、5、、、





もうすぐ5歳になるよ、が詰まって出てこなかった。




泣いたらダメだ、と用意していた子供たちの動画をみせ、



動画の娘は、


『おばあちゃん、にゅういんして、いまだいじょうぶ?しんぱいしてるよ。だいすきだよ。ずっとずっとずーーっと、いっしょにあそぼうね。』




と上手にお話ししている。それをみた祖母が、うん、うん、と頷いて、少し声を出して返事をしていて





それもまた涙がでてきてしまって。





昔観た、宮沢りえさんの映画を思い出した。

もうダメかもしれない、というのはなんとなく、わかるんやね。






手を握っても握り返す力がなくなっていて、ただ冷たい手を優しく握るしかできなかった。





寝れてる?の問いかけには、強く首を振っていたので、しんどいんだなということがすごくわかった。



しんどそうだから、あまり話しかけるのを辞めようかなと思って


15分が短いようで、長かった。




またお盆に会いにくるからねと約束して、15分が終了。




帰り道は車で泣いてしまいました。



それから関西に戻り、3日後の朝に、祖母が亡くなったと母からのLINE。





次の日にまた実家に戻り、お通夜、お葬式と初七日も済ませて、また関西に戻ってきました。




実家に帰ったら葬儀屋さんがいて、祖母の体を綺麗にしてくれていました。お化粧をして、みんなで棺に入れて、白装束の上にワタを使って、着物を着ているようにしてくれました。




なんていうのか分からないけど、頭に被せ物もしてくれて、とても綺麗にしてもらえました。




母からのLINEを見た時から、子供はどうする?とか喪服のこと、仕事、帰る手段は?とか考えることが多すぎて、




お通夜もお葬式も、子供たちを見ながらとなるとやはり大変でした。そんな中、4歳の長女は本当にしっかりしていて、文句も言わず、長いお経やお坊さんのお話もしっかり座って大人しく聞いていて、本当に偉かったです。












それでも私は祖母にちゃんとお別れをできたかというと、あまり出来なかったです。







なんだか祖母が本当に寝ているように感じたし



ゆっくりしてね。最後には痛みも出てしんどかったようなので、痛みが取れて良かったね。という気持ちはあるのに




それでもまだそこに祖母がいるかのような感覚で不思議でした。




子供もいるし、ちゃんとしなきゃ、という気持ちで張り詰めていたので、あまり泣かずにいたからかもしれません。




今も悲しいけど、号泣するまでは泣けずにいます。





もう少し、早く会いに行けていたら良かったな。という気持ちもあるし





骨折が治ったら歩けないとね、とリハビリも頑張っていたって事、後に父から聞いた時はなんとも言えない気持ちになったり





さっきまで生きていたのに。なぜか全てのことが流れ作業のように感じて、心が追いつかなかったです。




棺に蓋をする前に、手の甲で祖母の頬に触れたのですが、



手のひらで触れたら良かった。と少し後悔してます。



気づいたら1週間たちました。


ふと思い出すと、胸がぎゅっとなります。






長女は、おおばあちゃんはお空から見てるんだよね、ずーっとみててね、おおばあちゃんニコニコと空に向かって話しかけたりしてます。




実家におおばあちゃんの骨壷と一緒に帰ってきて、手を合わせたけど、





まだまだ受け入れられない気持ちがあって、夢のような感じです。